パンクスとしては、ヨーロッパに戻るか、私のところに居座るか。
究極の選択だったのだろう。
私も徐々に状況が見え、遂に言ってしまった。
「ヨーロッパに行かないで。ここにいて。」
その言葉で決心させてしまった。
一旦ヨーロッパに戻り、身辺整理をしてから、
居候先の荷物と共に我が家に引っ越してきた。
これで塞ぎ込む事も無いだろう。
毎日ふざけ合って楽しい日々。

が、そう上手くも行かないのが現実。
私のお金が底を尽きてきた。
仕事をせねば…
やっぱり作り手の現場仕事をしたいな。
専門学校に就職相談に行き、たまたま空きがあった印刷会社に勤める事となった。
これで安泰だ。
ウィキペディアをひたすら読みふける。
そしてベッドに戻って遠い目をする。
たまに口を開くと、ネガティヴな事を言って塞ぎ込む。
ハイテンションだった姿はどこにも無かった。
ウィキペディアで調べてる言葉はバンド活動に必要な情報なのだろう。
ヨーロッパでバンドしたいんだろうな。
でも、行ったらもう戻ってこないんだろうな。
さすがにそれは寂しい。

きっとパンクスも同じ感情だったのだろう。
しかし、それにしたって1日中遠い目をしてネガティヴな事言うのはちょっと…
居候先の人に電話して聞いてみた。
「やけに落ち込んで、1人で怒って、ひたすらボーッとしている。」
「単刀直入に聞くと、この人は大丈夫なのか?」
その答えは、
「そういう人なんだよ。でも大丈夫。よろしくね。」だった。
大丈夫…なの?
おそらくそう言うしかなかったのだ。
この時既に、居候先が無くなる事が決定していた。
パンクスの拠点はヨーロッパという事は常に頭にあった。
向こうでバンドをする予定で動いていたらしい。
我が家に来る事が多くなったある時、
パンクスはベッドに寝転がり、数時間考え事をしていた。
ひたすら一点を見つめ、ひたすら無言。
さすがに数時間も経つと心配になってきた。
声をかけても生返事。
動いたと思ったら、タバコを吸ってbeerを飲み、
私のパソコンで必死にウィキペディアを見てた。
どうやら我が家で初めてインターネットに触れたらしい。
ものすごい勢いで調べていた言葉は
「アナーキー」「革命家」「暴動」「ファシズム」etc…
まず一般的に口にする事はないであろう言葉が並んでいた。