術後2日目、本格的に母児同室がスタートし、一日のほとんどを一緒に過ごせるようになりました。

朝、検温を終えて新生児室から次男がコットに乗せられてやってくると、そこからほとんどの時間を抱っこして過ごしました。

傷の痛みや後陣痛なんて気にならないくらい、そんなのどうでも良くなる程に、三男との母児同室は幸せな時間だった。


来て直ぐにまず母測(赤ちゃんが飲めている母乳量を計測すること)のために、三男の体重を測りに行って、授乳が待ちきれなくて大泣きしてる三男と部屋に戻って授乳して、おなかいっぱいになったらゲップさせて、三男の体重測って、授乳前との体重の差で母乳何グラム飲めてるか計算して、すやすや眠る三男の写真とかムービー撮ったり、ぐずり始めたらオムツ確認して授乳して、またゲップさせて、ご機嫌でキョロキョロし始めたら沢山話しかけたりほっぺぷにぷにしたり、手足を優しくモミモミしたり、三男と見つめあったり……そんなことを繰り返しながら1日過ごした。


私のシャワーの時間とか、ちょっとのあいだ離れないといけない時は新生児室に預かってもらって、それ以外の時間は母児同室。

自分のご飯が来ようと三男優先で居られる特別な時間。


帝王切開当日よりも、三男と過ごす時間が《三男と離れたくない‼️一緒にいたい‼️養子縁組なんてしたくない‼️》という思いを強くして行った。

ついに産後3日目には子供家庭センターの担当CW(ケースワーカー)さんに“やっぱり特別養子縁組を進めたくない”と伝えていました。


翌日(産後4日目)に子供家庭センターのCWさんが病院まで来て下さることになり、面会室で特別養子縁組をどうするかの話をすることに。

もう既に、特別養子縁組の引き取り先候補の人も目星が着いている段階であるという話も聞いた上で「まだお母さんの気持ちが最優先になる時期ではあるので、どうしても特別養子縁組は出来ないというのでしたら、特別養子縁組を白紙に戻すことは出来ます」と仰ってもらい、『三男と一緒に過ごして、やっぱりこの子は私が育てたいって、どうしても離れたくないって思ってしまいました。特別養子縁組にした方が幸せになるかもしれないけど、私は長男と次男と三男と家族になりたいです。』と伝えました。

離れたくなかった。

CWさんから「特別養子縁組は白紙の方向で行きましょう。」と言っていただけて嬉しかったけど、現時点で私は無職、産後8週たたないと仕事も再開出来ない。

そう考えたら今すぐ一緒に帰るのも難しい話で……


「入院前に何回かお話を伺っていた段階で、多分お母さん(私)は最初、特別養子縁組の方向だったので、お家の環境として、赤ちゃんを迎え入れる状態になっていないと思うので、一旦は乳児院でお預かりして、環境が整った段階で引き取っていただくことにしましょうか。」とお話を頂いた。

里親制度の聞いたが、里親さんと赤ちゃんのマッチング期間は赤ちゃんが混乱したら困るので2-3ヶ月は面会禁止になると聞き、会えなくなるということがすごく嫌で里親制度は利用せず、乳児院入所の方向で、面会を重ねて環境が整い次第、迎えに行く方向になった。


もし私が無職じゃなかったら、経済的に余裕があったら、孤児院も断って連れて帰れたかもしれない。

それはすごく後悔してる。

本当は乳児院にも入れたくない。

でも、気持ちだけで子育てできるほど世の中甘くない。

子育てするには気持ちも体力も経済力も必要。

今の私には経済力が絶望的にかけている。

長男と次男と三男、みんな幸せにしてあげたい。

家族4人で笑顔で過ごすためにも経済力が必要。

それがわかっているからこそ、自分の気持ちはおしこめて三男には乳児院に入って待っていてもらうことにした。

乳児院だったらお腹を空かせて泣くことは無いし、暖かい部屋とお世話してくれるスタッフさんがいる。

面会もできるから、全く会えなくなるなんてこともない。

『乳児院に入所でお願いします。環境と就職がどっちも整い次第、三男を引き取れるように私も頑張ります‼️』と伝え、退院日に子供家庭センターの方が三男を迎えに来てくれるその日まで、母児同室ができる今だからこそ三男を沢山抱きしめて沢山愛してることを伝えて私が与えることの出来る限界以上の沢山の愛情を注いであげるんだと決めて三男と過ごしました。


特別なことは何もしていないけど、沢山抱っこして、抱きしめて、目を見て話をして、ミルクを足さなくても足りるほど授乳して……

あっという間の入院期間だった。


ついに迎えた退院日。

私は10:00退院、三男は13:00に子供家庭センターのCWさんがお迎えに来ることになっていた。

私は三男と離れたくなくてずっと抱っこしてた。

事情を知っている助産師さんが「今日は入院予定もないから、赤ちゃんのお迎えの時間まで一緒にお部屋にいてもらっていいですよ。」と言ってくれた。

お昼ご飯も出せると言ってくれたけど断って、ご飯食べる暇があるくらいなら三男を見つめていたかったから。


13:10頃、助産師さんが来て「子供家庭センターのCWさんこられたので、お母さん一緒に赤ちゃん預けに行きましょうか」と声をかけてもらい一緒に行くことに。

面会室について、退院のためのお着替え。

「お母さんが赤ちゃんのお着替えされますか?」と言って貰えたのでCWさんが持ってきてくれた黄色のお洋服に着替えさせて……

親バカだけど、三男はお鼻が高くてクリクリの二重のおめ目で顔立ちがハッキリとしてるイケメン君だから何着ても似合う‼️

お着替えした三男を抱きしめて、三男を離したくない思いを押さえ込んでCWさんに預けた。

「乳児院まで安全におくりとどけますね」との言葉を最後にCWさんと面会室を出ていく三男を追いかけたくなりなる気持ちを押さえ込んで見送った。

三男が部屋を出た瞬間から涙がこらえきれなくて……

助産師さんが話しかけてくれたけど何も耳に入ってこなくて、『ごめんなさい』と繰り返しながら泣いた。


助産師さんに、励ましてくれたのに笑顔になれなくて『ごめんなさい』

三男に、一緒のお家に帰れなくて、1人乳児院に入らないといけない状況にしてしまって『ごめんなさい』

自分の気持ちに、自分の気持ちに正直に過ごせる環境になくて、無職で『ごめんなさい』


自分に謝る必要なんてなかったと思う。

でも、それでも謝ることで自分を保とうとしたんどと思う。

初回の面会日までまだ1週間以上……

寂しくて、辛くて……

涙が止まるまで助産師さんが付き添ってくれた。


涙を止めて、顔を洗って、泣いていたあとを消して、何とか笑顔を作って荷物をまとめた。

ナースステーションに声をかけて挨拶をすると、担当の助産師さんがエレベーターホールまで見送ってくれた。

エレベーターに乗って、そこからは他の患者さんもいたから気を張っていられた。

涙を流さずに居られた。

表面は笑顔を浮かべて、心の中は大雨だった。

退院の迎えに来てくれた彼(三男パパ/友達以上親友未満なので“彼”という表記が正しいかは謎/私が出産のために入院したことは知らない)にいつものテンションで『お迎えあざーっす!待たせたな☆』と笑顔で言えたつもりでいた。

「体調悪いの?顔死んでるよ。心配だからとりあえずうちで療養しな。子供達も居ないんでしょ?1人の時に死なれたら困るし(笑)」と言われてしまう……

私の外面のクオリティ下がったかな?なんて考えながら彼宅に向かう。

長男と次男は実家で預かってもらっており、私が実家に合流するのは初回の外来受診(産後2週間検診のこと)を受けたあとの予定だったのでそれまでは彼宅でお世話になることに。

家族以外の人といることで気を張っていられるのでなく時間は少なかったと思う。

それでも心が晴れることは無かった。


退院から10日近くたって、今日までに彼に『あなたの子供を出産しました。乳児院に居ます』と何度か伝えようかとも考えたけど、伝えていない。

別に彼に嫌われたくないとかじゃない。

彼の生い立ちや複雑な家庭環境を知っているから同情して…とかでもない。


出生届(出生届を提出した話は別ブログで)の父親欄も白紙で出した。

子供家庭センター(児相)のCWさんにも、市の保健師さんにも『三男の父親はもう連絡がつかない』と話してある。

多分世間的には私は批判されることをしているんだろうなと思います。

本来なら彼にも妊娠出産を伝えて、どんな結果になろうと三男がいつか父親を知りたいと思った時に教えてあげられるようにしておかないといけないんだと思う。

でも、彼に真実を伝えたところで幸せな未来が見えなかったから。

真実を伝えることで彼が悩む未来と、三男の養育をめぐって三男に不利益を与えてしまう可能性しか見えなかった。

私は長男と次男と三男と4人で暮らして行けたらそれでいいし、父親なんていなくてもその分、長男と次男と私でたくさんの愛情をかけて三男を育てていける根拠はないけど揺るがない自信があったし、彼と友情関係が崩壊しても構わないと思えるほど気持ちの全てが子供たちに向いているから。

三男がパパの事を知りたいなら教えてあげるけど、会わせてあげられないと思う。

それでも、三男のために彼に子供がいることを打ち明けようとも思わなかった。

その気持ちは今も変わらない。


今はとにかく、自分の環境を整えなければ。