帝王切開当日は術後0日目、赤ちゃんも同様に、出生日を生後0日目として数え始めるので、1日目は私も赤ちゃんも帝王切開やの翌日。


その日の夕方まで絶食で点滴に繋がれながら目を覚ましました。

いつの間にかウトウト寝れていたようで、まだ眠気は若干あれどそこまで痛みを感じずに朝を迎えられました。

日が昇る前に助産師さんが採血を取りに来ていたのは何となく記憶にあったけど、その時にはウトウトしていたらしく、採血の痛みなどは覚えていないかんじ。

まだ外来が始まる前、朝の8:30くらいだったかな?主治医が採血の結果をもって訪室。

「Hbが6.4まで下がっているんですが、貧血のような症状は出てないですか?」と……

《え⁉️!!!Σ(゚ロ゚!(゚ペ?)???そんなに貧血進んでたのか私⁉️》とおどろきつつ『いや、別に何にも体調悪くないですけど???』と返すと「Htは基準値あるので、多分血が薄まっているだけという印象なので、鉄剤出すので内服してもらって、今日の離床は様子を見て午後からゆっくりやって貰ってください」と……(´・ω・`)

「あと、術後というのもあるのですが、CRPという炎症反応の値が4を超えてますが、WBCはそこまで高くなってないので、そこは気にしなくても大丈夫かと思います。腎臓の値も肝臓の値も基準値内で以上は見られないので、食事開始は予定通り今日の夕食からお粥が出ます」とのこと。

そこまで話すと主治医は退室。


その後、助産師さんが入れ違いで朝一赤ちゃんを連れてきてくださいました。

「初乳、あげてみますか?」と言って頂き『ぜひ‼️』と思ったより大きな声が出てしまった(ฅωฅ//)

ベッドをギャッジアップして起き上がり、授乳クッションをもらい、赤ちゃんは助産師さんに抱き上げられて私の腕の中へ。

柔らかくて暖かくてまだ目のあかないかわい子ちゃん♡

長男と次男も完母で育てた私のお乳はもう既に張り始めていたので、刺激したら直ぐに母乳がにじみでてきていたので赤ちゃんの口に近づけるとすぐに大きなお口を開けてくれる賢い子♡

助産師さんに「お母さんもさすが3人目だと慣れてますね‼️赤ちゃんも大きなお口上手‼️」とお褒めの言葉を頂いてちょっと嬉しくなりながら久しぶりの授乳に幸せを感じていました。


「貧血も酷いみたいだし、夜も2時間くらいしか眠れてないようなんで、授乳後は赤ちゃん預かりますね‼️」と、ものの10分ほどで赤ちゃんは新生児室へ

寂しくなりながらも、特別養子縁組をする予定であることを思い出し、寂しさが湧き出てくるのを感じながらも手紙を書き始めました。


手紙は退院後から離れ離れでもう会うことが出来なくなってしまうであろう愛しい我が子への手紙。

妊娠に気づいてから出産した今日までのこと、なぜ特別養子縁組をすることにしたのか、私の“産みの親”としての赤ちゃんへの思い、2人の優しいお兄ちゃんたちがいること、そして、三男の名前に込めた思い。

書き始めてすぐから涙が止まらなくて、視界が滲んであまりよく見えていない状態で、気づいたらA4の便箋7枚分にもなる手紙を書いていました。

きっとに文章としてまとまっていないであろう手紙。

手紙を書きながら、特別養子縁組を選んだことに後悔と《この子のために特別養子縁組の制度を選んだという体にしたいだけで、実際は子供を捨てる親と同じなんだろう》という罪悪感、そして乳児院にすら預けたくない・一緒に同じ家に帰りたい・私が育てたいという思いが全て交じって複雑な気持ちになりながら書き終えた手紙を仕舞いました。


前述のブログにも書いたかと思うのですが、仕事柄、感情を隠すのが得意な私。

分かりやすく言うと外面が良い奴な私(笑)

涙を吹きら呼吸を整え、目薬をさしたら元通り(笑)

複雑な気持ちはそのままに助産師さんたちと会話していましたが、正直、何を話していたかほとんど覚えていません( ˙ᒡ̱˙ ®)

気持ちと表情が噛み合っていない時って、コミュニケーションをもっていても右から左に流れていっている感じ。

とりあえず何かを話してすぐに助産師さんは退室していきましたが、水の入った紙コップをもってすぐに戻ってきました。

どうやら飲水が先にOkになったようで(¯―¯💧)

「水分取って、気持ち悪さとか感じないようだったらベッドの端に腰かけてみましょうか‼️」とのこと。

時間見たらお昼すぎ……

《あ、離床してみる時間ってことか》と思いながら、傷を刺激しないようゆっくりとベッドの端へ。

足を床に下ろしてベッドに腰かける体制になっても気分不快や目眩のような貧血症状は感じなかったので、点滴台を支えにいざ立ってみることに‼️

助産師さん見守りの中、ゆっくりと立ち上がる。

立ち上がった直後はちょっとふわっとするというか、酔い始めくらいの感覚?位だったのが、1歩踏み出そうとすると吐き気に変わり、でも離床が遅れたら赤ちゃんとすごせる時間が減ってしまうと感じ、助産師さんの「気分大丈夫ですか?」の問いかけに笑顔で『大丈夫です!』と咄嗟に返事。

その時らナースコールが入り呼ばれた助産師さんが「一旦座って待っててくださいね‼️」と私を再びベッドに座らせて退室して言ったので気分不快が改善するのを深呼吸しながら待つことに。

幸い、すぐに気分不快は治り、助産師さんが戻ってきた頃には何事も無かったように取り繕っていました。

大部屋のベッドからトイレまでの数mの往復がふらつくことなく歩けることを確認した助産師さんに尿道カテーテルを抜いてもらい、少し身軽になった私は「赤ちゃんとはいつ同室出来ますか⁉️」と少し食い気味に助産師さんに声をかけていました。

特別養子縁組をしなければいけないと自分に言い聞かせていたこともあり、少しでも一緒にいたい、抱きしめて与えられるだけの愛情を注ぎたい、と赤ちゃんのことしか考えられなくなっていました。

「お母さんが傷の痛みとか眠気とかで辛くないならお連れしましょうか?」と言って貰えたので連れてきてもらうことに。


それから夕飯までの3時間ほどを同室で一緒に過ごしました。

長男と次男の時は当たり前のように一緒に帰って家族として過ごすことが分かっていたので赤ちゃんは預かってもらう時間の方が多かったのですが、三男は退院と同時に離れなければいけないと自分自身に思い込ませていたのでできる限りくっついていたいと、3時間ずーっと抱っこして授乳したり、寝顔を見つめたり、抱きしめたり、『愛してるよ』と声掛けたり、頬を撫でたり、小さな手に私の指を握ってもらったりしながら過ごしていました。

本当に幸せな時間。


夕食が運ばれてくるころに夜勤の助産師さんがきて赤ちゃんは一旦新生児室へ。

「明日から母児同室できるので、今日は明日からの赤ちゃんとの同室に備えてしっかり寝てくださいね‼️」と言われましたが『できるだけ一緒にいたいし授乳も沢山したいので、赤ちゃんが起きたらいつでも連れてきてください‼️』と伝え、夕食のおかゆを食べ始めました。