わたしは、不器用にしか生きられないなと思うことが多々ある。
いや、ちゃみさん、器用だってー。
外側からはそう見えるかもしれないけど
わたし、違和感をどうしても見逃せない自分に出会ったとき
「不器用だな~」って自分のこと思う。
だけど、自分の中に生まれる小さな違和感は
見逃していくと、やがて大きなシミになっていく気がするのね。
じっわーと、小さかったシミが広がっていく、その前に
誰からも理解されなくても
わたしだけは、わたしが感じ取った違和感を承認していくの。
それは、とても孤独な作業であったりする。
人は自分の世界を、ほかの誰かと分かり合いたいと思いながら
決して、お互いの世界を分かり合うことなんてできない。
わかったようで
それは、その人本人の世界地図でしかなくって
ときどき、思いっきり、孤独を感じるのは、このことで。
わたしの中に生まれる小さなシミを
どう対処していくかは
いつもいつもわたしにしかできない、孤独な決断である。
違和感は、わたしという宇宙に生まれた、小さなズレであり、影であり。
それを、そのままにしておくと
わたしから見える景色がズレ始める。
曇ってくるの。
世界が曇って見えるということは
わたしは、また、愛を受け取れない世界に行っちゃうってことだから
そこだけは
そこだけは、と
慎重に曇りを取り除いていくんだよ。
いつだって、ひとり
だけど、世界に溢れている愛を
ちゃんとちゃんと
まっすぐに受け取りたくって
孤独な作業は続くんだな。。。