早いもので、もうすぐ発覚して1年


忘れ去る前に、これのつづき↓



約1年前まえに遡る


『緊急入院してから手術まで』

2024/11

主治医からの説明


『おそらく膠芽腫と言われる予後が悪い脳腫瘍です』


『とにかく、一刻も早く手術をしないと脳ヘルニアをおこしかけてて非常に状況がよくないので、まずは脳圧を下げていく薬を投与し、早々に手術ができる様調整します』


『このまま何もしなければ、1、2ヶ月しか生きられません』



ということだった



手術のやり方、術後の進め方など話をきいたけど、

とにかく内容が濃すぎて


これは現実なのか、もう何がなんだかだったので、不仕事泣くことは一切なかった


今考えると、手術か無事終わり、退院して、少し体調が落ち着いた時のほうが悲しみに明け暮れてた



そんななか、

入院してから手術するまでのダンナさんはというと…、


→左の空間を忘れてるので、車椅子で、常に左にぶちあたりまくり、左足、左手、左空間に意識がなく、手足ダラーンだったり、何をするにも常に左側がおかしな状態に

※食事でいうと左側だけ手つけずで残ってるか、左側のお皿は落としてた



→へんな元気があり、外に散歩へ行きたい!/タバコ吸いたいと一生言ってた

※頭が正常でないから、我慢できずそのうち、病室とかトイレでタバコ吸うんじゃないかと段々心配になってきて、そっとタバコは持ち帰った



→トイレが間に合わずお漏らし💦

その後おむつ投入

※基本、尿瓶と看護師さんサポートありの車椅子に乗ってのトイレ



→謎な日本語のLINE、英語のLINE(渋すぎてイミフ)が送られてくる日々

※基本ダンナさんからの一方通行連絡になっていった



→タブレット、スマホ使いこなすことができなくなっていき、とうとうパスコードが本人の記憶から消滅不安

結果、ロックがかかった

※自宅に持ち帰り、鑑識ごとく、毎夜毎夜指紋の跡を解析

そして、解読成功!我ながら、すご!

以降、パスコードはシェア!グッ



→なんだか、ダンナさんが別人じゃないか説……

なんて言えばいいのか、前のダンナさんとはなにか少し別人なんだよな...

これは、わたしにしかわからないみたいだった



→みかん🍊のことを普通に『タコ焼き』呼ばわり

これには、さすがに『まじかーガーン』となりました

脳ってほんと不思議だわ





とにかく、

私、入院してから手術して退院するまでの約3週間、テレワークしながら、毎日✕毎日病院に通った

※余談。先生の勧めで、手術後10日後には退院した。放射線治療は毎日自宅から通った



朝イチ、自宅で仕事からの車で病院にむかう


からの


だんなさんの着替え、体拭き、かたづけ、ペットボトル・テレビ/冷蔵庫のカード補充、食事のサポート


書類かく、看護師さんないし先生の話がある、、などで病室待機など


からの


ダンナさんとバイバイ、

車に乗って帰宅

からのまた自宅で仕事… の繰り返しの日々



ほんとは、面会時間が15分しか無理だけども、

足元まったくおぼつかない、本人の思考がしっかりしてなさすぎて、とにかくとにかく手がかかる



少なくともご飯やトイレのサポートがマストな状態になってしまった



看護師さんがほんとかなり大変そうで、私も、なんやかんやとやったりして長居することが多々な日々



本人が、いまひとつよく分からん状態の中、無事に手術日を迎えるために、私が、帰る時は、ベットのセンサー、カメラなど駆使し、監視してくれてた



こんな生活、3週間やからなんとかできた



これからどうなるのか不安しかない中、

なにがなんだか状態でとにかく日々をこなしてた



冗談抜きで、あの3週間+αの期間でどっと老けた

世間はクリスマス、ニューイヤーに向けて賑やか✨️

クリスマスなに食べる?年末年始どう過ごす?とか、ネイル、美容室、サロン行かないと!なんて、キラキラした世界とは無縁な毎日


みんなと同じ時間が流れてるとは、到底思えなかった



そして、

いきなりこんなことになり『お金ヤバい?』てことに気づく……魂


速攻、保険会社にといあわせ!

とりあえずは、事なきを得た (ほっ)

※だんなさんは、術後、意識朦朧としながら『お金いける?』って言ってた。(笑)



そして、

家族がひとりこけると、

経済的にも精神的/心理的にも日常のリズムもなにもかもが狂って、こんなことになるんかと身を以て体験した次第


何もないってほんと幸せなんだね



そして、

膠芽腫が判明して、手術するまでの2、3週間程度で、ほんとに恐ろしいスピードで悪化していくのを目の当たりにした

これが、この病気の怖さなんやなと学びました

……再発を考えるとほんとつらいな




そんなこんなで、

どうなるのかとヒヤっヒヤしたけど、

主治医、病院の皆さんのおかげで、なんとかかんとか脳ヘルニアをおこすこともなく、無事に手術日を迎えることができた



つづく