「人生設計」などと表題を書いてしまうと大袈裟ですが、要は60歳以降をどう
過ごすかということです。
私の場合は、仕事上や人事上の関係から53歳で銀行を飛び出して、とある上場
会社の再生に飛び込み、とんだ経緯から上場廃止を経験しました。
その後、とある先輩が声を掛けて下さって今の会社に嘱託として働いています。
昨今の新聞などを読むと、公的年金は75歳から、75歳まで働け、医療費も自己
負担などと書かれています。
高齢者が増えて、若い方々に多くの負担が掛かりそうな中、一方でやむを得ない
事とは思うものの、会社で40年も宮仕えしていると、やる気が削がれていく
のはやむを得ないことだとも思えます。
「40年も家族や自分の生活の為に働いたんだからもう良いでしょっ」と思う人が
いてもおかしくありません。
そういう私もそうです。
この後はやりたいこと、やってみたいことをやりたい。(あればですが…)
かといって、それで収入を得たいかと言えば、私の場合はNOです。
趣味とは言わないまでも、自分のやりたいことで収入を得ようとすると、何時
しか義務化され、また苦痛にもなり得るから。それに気ままにやりたいし…
働きたい人は働けば良いし、収入がある分、公的年金が減るのは仕方ない
ですが、自分の年金が減る分、拠出する費用も減らして…とも言いたいですよね
昔は、歳を取れば、子供らの世話になって、生涯を終えるって当たり前だった
のに、今は、老後、子供の世話になることが犯罪のような言われ方も一方で
あります。
「老後は、老人ホームで…。」友人らとの会話で必ず出てくる言葉です。
でも、老人ホームってどうなのでしょう
入所費用も掛かるし、日々のコストも掛かる。既存のコミュニティーの中に
また何らかの努力をしつつ入って行かないと、いる場所がない。
結局お金がないと何も解決しないなんて世の中何か間違っていませんか
だからといって、よぼよぼな痴呆老人を「子供ら、面倒見ろ
と強制」する
つもりはありません。当然のことながら…
最近、「定年後(中公新書)」や「孤独のすすめ(中公新書)」などを読んで
いろいろ考えさせられることが多いです。
元気に仕事して、スパッと仕事辞めて、痴呆や病気になる前にさっさと逝くのが
理想ですね
(当たり前か
)
医療の進化は、難病などの解決に注力して頂いた方が良いのでは
何となくの独り言でした…。