皆さま
人は皆、大切な尊い時間を
使って、この世の中を生きています。
いろいろな体験を通して、様々な
感情を味わっているのです。
親子関係は、たくさんの感情を
味わう機会に巡り合います。
たまには親子関係を思い出してみて、
あー、いろいろな学びがあったんだなあと
振り返ってみると、面白いものです。
詳しくは本文をお読みください。
本日もよろしくお願いします。
【自己紹介】
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「たまには親子関係を思い出してみる物語」
~ステーキが親子をつなぐ~
ずいぶんとお話しをしなくなった
二人がいました。
それは、紛れもなく親子です。
親は母親、子どもは高校生の
息子でした。
訳あって、二人で暮らすようになり、
どうしても二人は心通わせることが
できずに、いつからかまったくもって
口を利かなくなってしまったのです。
もう、どちらからも言葉を切り出すことは
ありませんでした。
黙って食事が出てきて、黙って
食べて、黙って食事を終えます。
そうして、息子は別の部屋に
行ってしまうのでした。
もう、それは周囲が簡単に理解できるほど
浅はかな問題ではなくなってしまったのです。
実は高校生の息子は、就職活動を
行っていました。
それは、同時に就職をしたら、この家を
出ていくということでもあるのです。
そのことは、息子もわかっていましたし、
母親も薄々感じているのです。
このまま話しもすることなく、大切な
息子と離れ離れになることを
とても辛く悲しく、母親はそう思っていました。
母親は、本当は昔のように息子と
お話しをしたいと思っています。
だから、もう別れが近づいているのなら、
話しかけたいとも思っているのでした。
でも、それがどうしてもできないのです。
実は、何度かは息子に話しかけたことが
ありました。
でも、もう息子の反応はなかったのです。
それはそれは、母親はショックでした。
だけれども、毎日、息子の前に
食事を出し続けるのです。
もう、離れ離れになるのも時間の
問題でした。
息子の思いも本当は複雑です。
もう、就職をしてひとりで暮らすこと
これしか自分には選択肢はないと
そう思い込んでいきました。
大切だったはずの母親と、もうこんな
話すことのできない状態、間柄が
もうたまらなく辛いのです。
だから、ここから旅立とうと息子は
決めたのでした。
そうして、息子は就職試験を
受けています。
母親もそのことを静かに感じていました。
母親もとても複雑な想いを抱いて
います。
大切な息子を応援したいのです。
でも、就職試験に受かれば、もう
このまま話すことなく離れ離れに
なってしまうのです。
母親は、いつまでも母親でした。
息子が第一志望にしている
会社への試験が翌日に控えて
いることを知ったのです。
それは、母親の長年の勘からでした。
息子に熱が入っていることが、近くの
部屋から伝わってきていたのです。
母親は、本当は離れ離れになるのが
悲しくてしかたありませんでした。
でも、母親は、やっぱり大切な息子を
心から応援してあげようと決めたのです。
でも、きっと話しかけたって、手紙を
書いても、きっと息子は嫌がるのではないかと、
それに、大切な就職試験の前に、水を差すことを
したくなかったのでした。
だから、母親は、息子とのことをじっくりと
思い出すことにしました.
息子が、まだ自分に向かって、無邪気な
笑顔を浮かべていたあのころ、母親が
丁寧に焼いてくれたステーキを美味しそうに
食べていたあのころ、
母親が息子とのことを思い出すと
いつもそのシーンが、じんわりと
思い返されるのです。
息子が通っていた野球チームで、
試合がある前の日は、そうやって
母親はステーキを焼きました。
試合に勝とうが、負けようが、
活躍をしようがしまいが
母親はステーキを焼いてくれました。
それを息子は無邪気過ぎる笑顔で
うれしそうに、おいしそうに、幸せそうに
不器用にステーキを切り分け、食べるのです。
母親は、そんな大切な就職試験の前日、
勇気を出してみて、ステーキを焼くことに
しました。
これなら、何も話さなくていい、息子に
負担をかけることもないし、きっと、
息子は何かで満たされ、きっとうまくゆく、
そう願って、母親はステーキを焼くことに
したのです。
ステーキに下味をつけながら、
母親は、まだ帰ってきていない
息子を思い、昔を思い出し、
涙を一粒ステーキ肉に落として
いました。
じゅわーっと音を立てて焼かれる
ステーキ、ずいぶんと色づいてきたとき、
玄関が無言で開き、足音が聞こえてきました。
食卓に並ぶステーキ、黙って
向かい合うふたり、もしかしたら
もうこうして向かい合ってご飯を
食べることもなくなるのかもしれない、
どちらがそう思ったのかもわかりません。
子どものときより、ずっと器用に
ステーキ肉を切り分ける息子、
それを食べる表情には、やっぱり
あの無邪気な笑顔はありませんでした。
でも、息子は噛むほどに、何かを思い出すかの
ように、表情を変えてゆくのでした。
母親も息子も同じことを思い出して
いたのかもしれません。
ステーキを噛みしめながら、息子は
何かに耐え切れず、食べるのを
止めてしまいました。
目からは大粒の涙が食べかけの
ステーキ目掛けていくつも落ちて
ゆきます。
母親が調理中落とした一粒の涙を
上から重ねるように、息子が大粒の
涙を落としてゆくのです。
母親が息子の涙などを見るのは、
どれくらいぶりのことでしょうか。
息子は、本当に久しぶりに
母親に対して口を開いたのでした。
「おかあさん、おいしいよ、ありがとう」
そう言って、息子は、母親の顔を見ずに、
食べかけのステーキを食卓に残し、
部屋を後にするのです。
こうして、ふたりの間にあった、なにか
見えないのに、どうにもならない壁なのか
山なのか、障害物は溶けるように
小さくなっていきました。
「明日の試験、がんばってね」
母親が息子の背中を見ながら、
精一杯に一言だけ声を掛けたのでした。
【終わり】
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執筆依頼なども承っております。
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この物語を読んで何か一つでも
感じていただけたら嬉しく思います。
想いを乗せて書いています。
皆さまよろしくお願いいたします。