バリで感じた 日本のミライ。 | chamaのヨガのブログ★ちゃまぐ

バリで感じた 日本のミライ。

バリのタイ料理屋さんとヨガスタジオでの話。

いつも西洋人の方々で混み合ってるタイ料理さんに入ってみた。

僕はタイに行ってもいつもソムタム(パパイヤサラダ)とパッタイ(焼きそば)ばかり食べるのだけど、最初にきたソムタムが西洋風の味付けで妙になじめない。

ピーナッツはうまい。

近くに座った日本人のカップルも、期待に胸ふくらませてた顔が料理が来てすぐに顔がマジ顔になった。

煽られたのか欲をかいてここに来た意味をつくりたくなったのか、唐辛子を沢山いれすぎて僕は翌日お腹を壊した。

スタッフのインドネシア人の皆さんのサービスは悪くないし、あとからあとから西洋人のお客さんはくる。

とあるヨガスタジオに行った。

日曜のちょっとしたイベントの最中で、沢山の人がトランス系や四つ打ちの音楽に合わせてフロー系のヨガをしてたすぐ後に、ギター弾きながらのマントラ・コール&レスポンスなノリになってすっごく盛り上がってて、年齢層は20代から子供連れ、70歳位の男女と幅広いのだけど、ほぼ100%欧米人でバリ人どころか東洋系の人もほとんどいない。スタッフは皆さんインドネシア人の方々。

その時の僕は、なんだかそこにはノレなかった。

20年ちょっと前に初めてニューヨークで暮らした時、英語があまり得意じゃなかった僕は、海外に行くのも初めてだった僕は、なかなか欧米人のコミュニティに入れず、少し無理して気取って自分を入れ替えて根性いれて、そう言葉と民族のコンプレックスをねじふせるように大きな人達の中に身体をいれこんでいったけど、今回バリで感じた違和感は、もうコンプレックスの延長ではない、のは分かった。

もちろん西洋のカルチャーや歴史やヨガを否定するつもりも揶揄するつもりもないし、様々な時代の中で、西洋がヨガやヨガの教育に関しても様々な影響や貢献をしてきたことは承知している。

ただ22年ぶりのバリで、僕の中の昭和がまた1度再構築されて、これからの時代の日本人は、また新しい次元で世界とのコミュニケーションをしていくんだろうな、ってことに希望をもてそうな感覚だった。

時間はかかるかもしれないけど、きっと日本ならではの新しいムードとシーンを編みあげていくんだろう。それは世界に出ていくかもしれない。

もともとインドにはアシュラム的な大きなヨガ施設しかほとんどなくて、日本の柔道や剣道などの道場システムが元となってヨガ道場という仕組みが日本で生み出され、それが本場インドにも輸出されて現代のヨガスタジオの原点となった、という話を僕はけっこう信じてる。

新しい時代の"日本経由のヨガ"が編みだす未来へのポテンシャルには、ワクワクどころかゾクゾクする。

僕らの旅は、いつでもまだ始まったばかりだ。