「売り手よし、買い手よし、世間よし」
「売り手よし、買い手よし、世間よし」僕はヨガ講師だけど、今はヨガの会社の経営者もしてるから、ヨガの普及を目的としたこの会社が、いつかは世の中に貢献できるように、健全な状態で続いていけるように、いろいろ考えたり行動したり交渉をしたりもする。毎日「先生」の顔や頭と「経営者」の顔や頭を、何回かいったりきたりする。最初は無料のヨガスタジオを作るのがビジョンだったけど、経験して考えて方向変えたり、いまだに月1回位は「先生だけやってたら楽だったよ!」なんて1人で呟いたりしながらも、10何年か経った。でもこれは、別にヨガだから先生だからどうこうって話ではなくて、誰だって普通に、いくつかの顔や頭を切り替えたり悩んで考えて生きてるもんだ。でも、なんだか「ヨガの先生」となると、なんだかピュアの極致でないと名乗るも恥ずかしいみたいなモードにされやすかったり、その方がサバイバルしやすい側面も確かにあって(「ビジネスっぽい側面を外に出して良い事なんて何もないですよ!」と何人もの方にアドバイスされてきました)、結局「お金とか仕事」的なビジネスっぽいパートは、先生じゃない誰か違う人が(泥をかぶる、といったら語弊があるけど)分業なりマネジメントしているケースも、まま多い。これはこれで、僕からすると「そーゆーのOKにできるハートの強さ、羨ましい!」し「ビッグな人は違うねぇー」なんてヒガミも入ってしまうので^^; あまりなんやかんや言えないけれど(給料払って雇用うんでるならなおさら言えない)、時に都合の良い時だけ「ヨガ」を持ち出して「それってヨガっぽくないですよね?」という交渉手段(笑)を持ち出してくる方もいらっしゃる。それはそれで、まー仕方のない所もあるんだろうけど、世の中もっと大きなバランスってものがあって、特定の人だけがイイトコドリできないように、ちゃんとなってるもんだとも思う。近江商人の行動理念にはいろいろあるようで「利真於勤」や「陰徳善事」は「カルマヨガの教えかっ!?」と思わせるけど、もっとわかりやすい「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしの考え方は、これからもっと様々な方々や層に拡がっていくだろうヨガに、仕事としても関わっていく僕たちにとって、大きな指針を与えてくれると思う。少なくとも僕はグルじゃないし、僕たちがヨガに救われて、ヨガが好き、ならばこそ。そんな風に考えられなくなったら、初心にもどって、仕事さがして趣味でタダでヨガ教えよう。