【連載第1回】『僕がヨガインストラクターになるまで』
たまたま『ヨガインストラクター』と名乗ってご飯を食べさせてもらってますが、自分をヨガの先生とは思えません。まだまだ学び足りないし、だいたいインド人でもないし。それでも、いまヨガインストラクターをしているのには、なんかワケとか繋がりがあると思うんです。40代後半のおっちゃんの昔話をブログでするのはどーかねーとも思ったりもしましたが、いまヨガを教えるなり伝えるなりしてらっしゃる方や、これからヨガインストラクターになろうとしてらっしゃる方に、なんか役にたつこともあるかもなーと信じて、恥をしのんで連載をはじめることにしました。基本毎日、お昼に投稿します。たぶん話の背景の、時代はブンブンぶっ飛びます。
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高校生の頃、ミュージシャンになりたいと思っていました。もっと言うと、歌手になろうと思ってました。ライブをすれば、そこそこ人を呼べたし、なんとかなると思ってました。
僕の通っていた高校は、いわゆる進学校で、みんな、まだまだ10代なのに『競争』のまっただ中に、いつでも放り込まれていました。僕も僕で、幼稚園の頃からいわゆる英才教育みたいのを受けていて、それはそれで今でも役にたっているところはあるのだけれど、中学お受験に(いわゆる)失敗した後、それでも大学の付属ではない進学校に進んだあとの頃には、正直僕もすっかり疲れ果てていました。
そんな、僕と同じように疲れ果てた中学生や高校生を対象に、学校の文化祭などでLIVEをしてみると、これがホントに盛り上がる。みんな、どこかに『空気孔』が欲しいわけです。その空気孔の役は、別に僕でなくても良かったのだろうけれど、僕は、シンプルにその必要を感じました。だから、音楽とLIVEの力を信じて、それを仕事にしたいと思いました。
いわゆる(しつこいな)進学校ですから、担任の先生に「そんなわけで僕、歌手になろうと思うんです。必要があると思うんです。」と言うと、とうぜん先生は「へ?なに言ってんのお前?」となります。僕は「この競争から卒業しよう!」とか分かってるような分かってないような事を演説して、高校一年生の時に生徒会長になっていましたが、正直学校にもあまりいかない生徒でしたから、ほとんど説得力もありません。競争社会へ放り込む事を使命とさせられている進学校の先生からみたら、ただの怠け者の、敗者です。それでも文化祭のLIVEをみた後に、正直あまり仲良くなかった担任の先生が「お前を友達の音楽プロデューサーに紹介したい」と言ってくれた時は、少し泣きました。(どうでもいい人には本当にどうでもいい投稿なのを承知で、続く)
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高校生の頃、ミュージシャンになりたいと思っていました。もっと言うと、歌手になろうと思ってました。ライブをすれば、そこそこ人を呼べたし、なんとかなると思ってました。
僕の通っていた高校は、いわゆる進学校で、みんな、まだまだ10代なのに『競争』のまっただ中に、いつでも放り込まれていました。僕も僕で、幼稚園の頃からいわゆる英才教育みたいのを受けていて、それはそれで今でも役にたっているところはあるのだけれど、中学お受験に(いわゆる)失敗した後、それでも大学の付属ではない進学校に進んだあとの頃には、正直僕もすっかり疲れ果てていました。
そんな、僕と同じように疲れ果てた中学生や高校生を対象に、学校の文化祭などでLIVEをしてみると、これがホントに盛り上がる。みんな、どこかに『空気孔』が欲しいわけです。その空気孔の役は、別に僕でなくても良かったのだろうけれど、僕は、シンプルにその必要を感じました。だから、音楽とLIVEの力を信じて、それを仕事にしたいと思いました。
いわゆる(しつこいな)進学校ですから、担任の先生に「そんなわけで僕、歌手になろうと思うんです。必要があると思うんです。」と言うと、とうぜん先生は「へ?なに言ってんのお前?」となります。僕は「この競争から卒業しよう!」とか分かってるような分かってないような事を演説して、高校一年生の時に生徒会長になっていましたが、正直学校にもあまりいかない生徒でしたから、ほとんど説得力もありません。競争社会へ放り込む事を使命とさせられている進学校の先生からみたら、ただの怠け者の、敗者です。それでも文化祭のLIVEをみた後に、正直あまり仲良くなかった担任の先生が「お前を友達の音楽プロデューサーに紹介したい」と言ってくれた時は、少し泣きました。(どうでもいい人には本当にどうでもいい投稿なのを承知で、続く)