最初のアイピローができるまで。 | chamaのヨガのブログ★ちゃまぐ

最初のアイピローができるまで。

リストラティブ・ヨガの創始者であるジュディス・ハンソン・ラサター先生の講座やワークショップでは、会場のどこかで必ず『ちいさめのアイピロー』が販売されています。

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今回の講座でもジュディス先生は、大きな重いアイピローを目にのせることが顔を圧迫しすぎることの弊害を論じたり、(リストラティブヨガではボルスターをリクライニングチェアのように使うことがあることがあるのですが)顔の向きが斜めの時に大きなアイピローだと落ちやすい→安定しない→落ち着かなくなる、という話に結構時間を使っていました(大きめのアイピローを胸の下や首の後ろに置いたり、といった使い方はよくします)。

2009年、ピッツバーグでのリストラティブヨガTT会場で、この小さなアイピローを初めて見つけた時、僕はこの小さなアイピローを商品化することを決めました。日本で売ってなかったからです。その後、何個も試作品をつくりました。

最初は奥さんに、家にあった余りキレを使ってつくってもらいました。シルク系の生地をつかったり、コットン系の生地でつくったり、寸法違いをつくって、実際にシャバーサナしたりリストラティブヨガの時に使ったりして何度も使用感を試しました。中にいれる材料も、ゴマいれてみたり、麻の実いれてみたり、「日本で広めるんだからなぁ~」って米いれたりもしました。10年前も、僕にヨガアクセサリーやヨガマットバッグを作らさせられた奥さんは、「またはじまったか」という顔をしながらも結構たのしんで作ってました。

その頃、ちょうど僕はヨガのブランドを立ち上げようとしていました。この企画は後にsamavsmとなるのですが、この時はブランドの名前も、正直商品展開も決まっていませんでした。ただ『実際にヨガをしている人間の経験と、ヨガの現場からのフィードバックを活かして、これから必要になる、TOKYOらしいモノをつくる』という自分としてのコンセプトだけは固まっていたので、僕はこの小さなアイピローを、そのヨガブランドの最初の商品にしようと思いました。

でも、社内でも最初は『なにこれー、売れないでしょー』。何か新しいことを始める時のこの手の周りの反応は、ヨガアクセサリー、ヨガTシャツ、ヨガ手帳をはじめた時とかにも何度も経験しているし、だいたい「ヨガインストラクターになる」とか「下町にクラブつくる」って周りに言い始めた時よりはよっぽど抵抗勢力としては楽勝なので、あまり気にはしないのですが、一緒につくってくれる人達が共感してくれないとモノはつくれないので、毎度のことですが、しばらくアツく語り続けるのにはエネルギーを使いました。

samavsmの立ち上げの時には、いまも生地提供してもらったりいつもお世話になってるTOKYOHEMPCONNECTIONの伊豆のオフィスに、あしげく通って相談にのってもらいました。彼らはヘンプを通して、僕はヨガを通して未来と向き合っている。だから職種はちがくても、同じことをしている意識はありました。僕もTOKYOYOGAって看板に東京つけてるし。モノづくりについては素人の僕には、話すこと全てが新鮮で、しかも厳しい世界だと教えてもらいました。

THCのヘンプ生地で、アイピローをつくってみました。アシュタンガのような汗をかく系の練習をしたあとに使っても、シルク生地のようにはペトつかないし、寒い時期につかっても冷たくない触れ心地、けど軽快な使用感で、ヘンプ生地をつかうことに決めました。

最初は「ヨガってこんなのも使うんすか」なんて言ってたTHCの関村さんが「メガネみたいなカタチがいいっすよ」とアイデアをだしてくれたのをいただいて、はじめは「つくるの大変だなぁ」と思ったけど、斜め姿勢になっても落ちづらいし中に入れる素材ミニマムでいいし、だいたい可愛いし、さすがプロだなぁっ感じで、それをカタチにするまでの生産関係にもいろいろな方々にお世話になりながらいったりきたりして、またいくつも試作品つくって、最初の着想から一年以上かかって、やっと商品化できました。

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販売開始から2年目、次第にこのアイピローの良さを感じてくれてる人が増えてきているのを、いろんなヨガの現場で感じています。

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