記憶の場所
たぶん、ここだ。
ちがうかもしれない。
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東京で、高度成長期に生まれた僕は、小さな頃から勉強ばっかりさせられてきて、ほとんど自然と触れずに育った。
6才の時、事故で頭蓋骨を骨折してから、外に出ることもあまりできなくなり、自然は僕から、もっと遠くなった。
でも小学校の時の夏休みは毎年、親父が、自分が生まれ育った石巻・渡波に僕たち家族を連れてきて、渡波の親戚や知り合いと一緒に過ごした。
でも渡波の自然の記憶は、僕にはあまりない。
あるのは、同い年の、親父の親友の息子と、夏休みの終わりに離れる時のせつない気持ちと、渡波の漁港の、風景と匂いだけ。
震災から7ヵ月と少したって、やっと渡波にこれた。松島のあたりを観光していて、遅くなってしまって、着いたら夜になってしまった。まっくらだ。
海の方へ歩く。道路の脇に、牡蠣の殻が、綺麗に重なっている。あ、これなんとなく覚えてる。
道を渡ると、たぶん漁港だ。僕はあの、漁港の匂いが、好きではなかった。
でも足を踏み入れると、代わりに、瓦礫が錆びた匂いがした。
もう少し中へ踏み出すと、うっすらと重油のような匂いがする。
もっと進むと、舗装された漁港から、アスファルトの匂いがたちこめた。
僕の記憶の場所は
たぶん、ここだ。
でも暗いから、
ちがうかもしれない。