【連載第4回】渋谷ヨガの8年
さて、2時間15000円という、
たっかいレンタルフィーを払いながらのヨガクラスを
始めることになって、しまった。
始まってしまったら、
ともあれ成立させねばならん。
だいたい人生もそうだけど、締め切りがなかったら僕らは何かをするのだろうか?
そんな哲学っぽい問いなど今はどうでもいい、まずは生徒さんを集めなければ。
『広告費』なんて発想すらなかったし、だいたい資金ないし、可愛い女の子でもイケメンでもないから、スポンサーなどどこにもいない。
日本語のブログ環境もイマイチの時代だったから、ホームページをブログ的にひたすら更新するのが、ほぼ唯一の広告活動。
はんぱなくテキスト書いて、はんぱなく更新する。
しかない。
「テキストを書けば書くほど検索で上位に上がる、らしい。」
って知ったのは、ずいぶん後だったけど(今はどうか知らない)、ポーズの練習すると、いろいろ内側から吹き出してしまうようなタイミングだったから、ヨガマットの横にMacBookをおいて、シャバーサナもそこそこにキーボード打ちはじめることも多かった。
あとは、支援してくれた人達が、お店とかにチラシを置かせてくれた。
立て掛けられる年間カレンダーにもなって満月新月もバッチリわかります、サンスクリットや日本語の数字も12までだったら覚えられます(当時は外国人の生徒さん多かったから)、CD/DVDケースにもなってます的『徳用』自作フライヤーを最初にトイレに置いてくれたのは、当時ヨガクラスに時々来てくれてた岡本太郎美術館の館長さん。あれが自信になって、飛び込みチラシ営業できるようになりましたm(_ _)m
しばらくしてヨガがブーム的になりだして、たまたまタイミングがあって、渋谷のヨガクラスは、はじめて1ヶ月くらいで運営が軌道にのった。まぁー、告知作戦以外にもいろいろ試行錯誤はしたのだけれど、これはおいおい書いていこう。
クラスの数も少しずつ増やしていって、それと共にスタジオのレンタルフィーも交渉して値切れるようになっていった。それでもお昼のクラスが採算ベースにのるまでは、けっこう時間がかかった。
当時、まだ個人でやってた僕の収入は、今の10倍近くある月もあった。お金使う習慣もあまりないし子供もいないし、そんなんでお金が残ったから、その一年後、ヨガスタジオを渋谷につくることになった。2004年の7月。
渋谷辺りで物件を借りるには法人組織であることが必要なケースが多くて、会社組織にした。会社にしたら社会に貢献しないとだから、お金の余裕があるうちにフリーペーパーYOGAYOMUもちゃんとやることにした。
・・・・・・・・・・・
渋谷に来て8周年なので、渋谷でヨガスクールをすることになった経緯を自分用に残しとこうと思って今回のブログ連載は書き始めたんだけど、なんか「ヨガのポーズの練習もいろいろ教えてくれるけど、普通に生活したり誰かと集ったり仕事したり経営したり、『生きている』ことの方が、結局教えてくれたことは多かったのねん」的な方向になりつつあるので、そんな感じで続けてしまいます。というかすでに結構書いてしまってます。
次回からは『ヨガスタジオをつくるということ』あたりについて、
つづく
・・・・・・・・・・・
→TOKYOYOGAの『8月のまつり』についてはこちら
→年に一度の『ヨガのおまつり』9月ヨガフェスタ横浜のchama担当クラスについてはこちら
→15日間集中で全米ヨガアライアンス取得可能!9/11~25『シンディ・リー OMヨガ・ティーチャーズトレーニング』の詳細はこちら
たっかいレンタルフィーを払いながらのヨガクラスを
始めることになって、しまった。
始まってしまったら、
ともあれ成立させねばならん。
だいたい人生もそうだけど、締め切りがなかったら僕らは何かをするのだろうか?
そんな哲学っぽい問いなど今はどうでもいい、まずは生徒さんを集めなければ。
『広告費』なんて発想すらなかったし、だいたい資金ないし、可愛い女の子でもイケメンでもないから、スポンサーなどどこにもいない。
日本語のブログ環境もイマイチの時代だったから、ホームページをブログ的にひたすら更新するのが、ほぼ唯一の広告活動。
はんぱなくテキスト書いて、はんぱなく更新する。
しかない。
「テキストを書けば書くほど検索で上位に上がる、らしい。」
って知ったのは、ずいぶん後だったけど(今はどうか知らない)、ポーズの練習すると、いろいろ内側から吹き出してしまうようなタイミングだったから、ヨガマットの横にMacBookをおいて、シャバーサナもそこそこにキーボード打ちはじめることも多かった。
あとは、支援してくれた人達が、お店とかにチラシを置かせてくれた。
立て掛けられる年間カレンダーにもなって満月新月もバッチリわかります、サンスクリットや日本語の数字も12までだったら覚えられます(当時は外国人の生徒さん多かったから)、CD/DVDケースにもなってます的『徳用』自作フライヤーを最初にトイレに置いてくれたのは、当時ヨガクラスに時々来てくれてた岡本太郎美術館の館長さん。あれが自信になって、飛び込みチラシ営業できるようになりましたm(_ _)m
しばらくしてヨガがブーム的になりだして、たまたまタイミングがあって、渋谷のヨガクラスは、はじめて1ヶ月くらいで運営が軌道にのった。まぁー、告知作戦以外にもいろいろ試行錯誤はしたのだけれど、これはおいおい書いていこう。
クラスの数も少しずつ増やしていって、それと共にスタジオのレンタルフィーも交渉して値切れるようになっていった。それでもお昼のクラスが採算ベースにのるまでは、けっこう時間がかかった。
当時、まだ個人でやってた僕の収入は、今の10倍近くある月もあった。お金使う習慣もあまりないし子供もいないし、そんなんでお金が残ったから、その一年後、ヨガスタジオを渋谷につくることになった。2004年の7月。
渋谷辺りで物件を借りるには法人組織であることが必要なケースが多くて、会社組織にした。会社にしたら社会に貢献しないとだから、お金の余裕があるうちにフリーペーパーYOGAYOMUもちゃんとやることにした。
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渋谷に来て8周年なので、渋谷でヨガスクールをすることになった経緯を自分用に残しとこうと思って今回のブログ連載は書き始めたんだけど、なんか「ヨガのポーズの練習もいろいろ教えてくれるけど、普通に生活したり誰かと集ったり仕事したり経営したり、『生きている』ことの方が、結局教えてくれたことは多かったのねん」的な方向になりつつあるので、そんな感じで続けてしまいます。というかすでに結構書いてしまってます。
次回からは『ヨガスタジオをつくるということ』あたりについて、
つづく
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→TOKYOYOGAの『8月のまつり』についてはこちら
→年に一度の『ヨガのおまつり』9月ヨガフェスタ横浜のchama担当クラスについてはこちら
→15日間集中で全米ヨガアライアンス取得可能!9/11~25『シンディ・リー OMヨガ・ティーチャーズトレーニング』の詳細はこちら