【渋谷8周年連載・第1回】渋谷ヨガの8年 | chamaのヨガのブログ★ちゃまぐ

【渋谷8周年連載・第1回】渋谷ヨガの8年

渋谷でヨガクラスを始めて、なんやかんやで8年たちました。


2001年、今のTOKYOYOGA青山のほんとすぐ近くのマンションで、バンコックのカオサンの安宿で知り合った宮田さんと、そのマンションのオーナーでお医者さんの塩谷さんの3人で、中国茶のビジネスを始めたんです。中国茶と、その文化が好きだったから。

そのマンション(いつも僕と宮田さんで、ピカピカに磨き上げてた場所)に、宮田さんの友人のケンハラクマ先生が、いまはオスローを拠点にアシュタンガヨガを教えているバーシャと一緒にきて、

「ここでヨガ教室をしたい」

ってことになりました。


で、はじまって、僕は最初クラスの集金係。

ずいぶん前に赤坂のヨガスタジオ(道場だな)に通ってたことのある僕は「あの頃のとずいぶん違うなー」「欧米的だなー、生徒も外国人ばっかだぞーセレブかー」なーんて思いながらそのアシュタンガヨガとやらを観てたけど、そのうち、親父の介護でギリギリになっていった僕をアシュタンガヨガが救ってくれたりしはじめて、いつのまにかケンさんのアシスタントをしてた。


ケンさんは当時、毎年インドのマイソールに年末行ってたから、年末になるとクラスが開けない。


僕も、ヨガにハマってからは、インドに行ってアイアンガーヨガのティーチャーズトレーニング受けたり、インドや海外でいろんなヨガの先生を渡り歩いたりはしてたけど、多いときは1日7,8時間練習してたけど(暇だったんだな)アシュタンガヨガは教えられないなー、と思ってた。マイソールにも行ってなかったし。


でも「ヨガはいいもんだ」と思ったから、少なくとも僕はそいつに救われてたから、ヨガを普及する仕事で生計を成り立たせたいと思って、ヨガラグとかヨガマットの販売をネットを使って始めた。オリジナルのヨガマットバッグやヨガアクセサリーを作り始めた。わけもわからず僕の妻や義理の妹やらその旦那まで、それに巻き込まれていった。

当時は東京をヨガマット背負って移動してても「ご旅行ですか?」ってノリだったから、ウチワとか速いモン好きの人以外には、全然売れなかったけどね。


2002年の末、ケンさんがマイソールに行った。クラスがなくなって、当時ケンさんのクラスに通ってた生徒さん達から

「クラスがなくなると、困る。ケン先生がいない間、チャマが教えてクラスを続けられないの?」

とお願いされた。

いろいろ考えて、インドのケンさんにメールをした。

ケンさんからは

「クラスをしてもいいけど、お金はもらってね。」

と返事がきた。

うん、今思えば、しごくケンさんらしいお返事だ。
いまでも僕は、そのメールをプリントアウトして取ってある。

そこから僕は『職業としてのヨガインストラクター』をはじめた。


つづく

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