こんばんは。

「終わらないケアを抱えて働くということ」を模索中のchallenging-50です。

もう少し親しみやすい、名前がいいかなー。

今回は
「主語は自分」
そう聞いた瞬間、ハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。という話。


え?
私の人生の主語って、今だれ?
いつまで私は“自分”を主語にして生きていたんだろう。
そして、いつから“自分じゃなくなった”んだろう。

振り返れば
大学を卒業した当初の目標は
「自分は自分で養う」だった😃

あの頃の私は、間違いなく自分を主語にしていた。
どう働くか、どう生きるか、自分で決めるつもりだった。

でも現実は、正社員歴11年。
それ以降は、ほとんど働かずに過ごしてきた。
気づけば私は、名前よりも
「○○ちゃんママ」と呼ばれる時間の方が長くなっていた。
もちろん、母であることは大切だし誇りでもある。
でもいつの間にか、
「私はどうしたい?」より
「母としてどうするべき?」が優先になっていた。

主語は
「子どもが」「家庭が」「周りが」になっていた。
なんとかしたい気持ちは、ずっとあった。
だから自営業にも挑戦した。
駅前でチラシを配った。
イベントにも参加した。
笑顔で立ち続けて、
「興味あったらぜひ」と声を出して。

帰り道、今日は何人に渡せた、と自分を励ました。
でも本当は不安でいっぱいだった。

集客にはなかなかつながらない。
うまくいかない理由なら、いくらでも並べられた。
タイミングが悪い。
場所が悪い。
子どもがいるから帰らなきゃ。

言い訳は、一人前だった。
でも心のどこかで分かっていた。
私は本気で“自分の人生”を取りにいっていただろうか?

「決める権利は自分だけにある」
そう言われたとき、
清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟を迫られた気がした。
雷に打たれたような衝撃だった。

だってそれは同時に、
「決めてこなかったのも自分」
と言われた気がしたから。

環境のせいにしていたけれど、
本当は“決めない”という選択をしていたのは私だったのかもしれない。
挑戦しているつもりで、どこかに逃げ道を残していたよね。

本気で覚悟を決めることから、逃げていた。

でも、気づけた。
私は目標を失っていたわけじゃない。
見失っていただけだった。
大学卒業の頃に持っていた
「自分は自分で養う」という想い。
誰かのせいにせず、
自分の足で立つという覚悟。
ちゃんと、心の奥に残っていた。
「主語は自分」
この言葉は、責めるための言葉じゃなかった。
取り戻すための言葉だった。
母である前に、
誰かの妻である前に、
私は“私”。
○○ちゃんママと呼ばれてもいい。
でもそれは役割であって、私のすべてじゃない。
私はどうしたい?
私はどんな働き方をしたい?
私はどんな人生を選びたい?
その問いから、もう逃げない。
今の環境も変えたい。
でもまずは、小さくてもいい。
「私はこうする」と決めること。
主語を自分に戻す練習を、ここから始める。
道はまだはっきり見えていない。
でも、探すと決めたのは私。
決める権利は、私だけにある。