映画「オールド・フォックス 11歳の選択」…静かなる秀作. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



原題:老狐狸 Old Fox 製作年:2023年
製作国:台湾・日本合作 上映時間:112分

 

 

台湾ニューシネマに門脇麦が出演していると聞き、柏のキネマ旬報シアター
まで出かけて観てみた.本年度累積170本目は台湾製ヒューマンドラマ.
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台湾の名匠ホウ・シャオシェン製作のもと、台湾ニューシネマの系譜を継ぐ
俊英シャオ・ヤーチュアン監督が、バブル期の台湾を舞台に正反対な2人の
大人の間で揺れ動く少年の成長を描いたヒューマンドラマ.

1989年、台北郊外.レストランで働く父のタイライと慎ましく暮らす11歳の
リャオジエは、いつか父とともに家を買い、亡き母の夢だった理髪店を開く
ことを願っていた.

しかしバブルによって不動産価格が高騰し、父子の夢は断たれてしまう.
ある日、リャオジエは「腹黒いキツネ(オールド・フォックス)」と呼ばれる
地主のシャと出会う.シャは優しく誠実なタイライとは違い、生き抜くため
には他人を見捨てろとリャオジエに言い放つ.現実の厳しさと世の不条理を
知ったリャオジエは、父とシャの間で揺らぎ始める.

「Mr.Long ミスター・ロン」のバイ・ルンインがリャオジエ、「1秒先の彼女」
のリウ・グァンティンがタイライ、台湾の名脇役アキオ・チェンが地主シャを
それぞれ演じ、「怪怪怪怪物!」のユージェニー・リウらが共演.
また、経済的には恵まれているが空虚な日々を送る人妻ヤンジュンメイ役で、
門脇麦が台湾映画に初出演を果たした.

以上は《映画.COM》から転載.
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亡き妻の夢だった理髪店をいつか持つため、レストランのウエイターと内職で
地道に働き11歳の息子リャオジエ:バイ・ルンインと質素に暮らす父タイライ:
リウ・グァンティン.
 

 

当初は素直でおとなしい性格のリャオジエだったが、老獪な地主のシャ:
アキオ・チェンと出会い距離が近づくことで、次第に心のあり方が変化していく.
父とはまるで正反対の生き方で成り上がったシャに感化され、目つきと表情が
変わっていく過程や、大人たちの間で揺れ動く心模様をバイ・ルンインは
見事に体現してみせる.

困ったときや苦しいときに助け合う、片親の子は地域や職場で見守ると
いった昔ながらの美徳が、自分の成功や幸福のためなら他人を利用したり
見捨てたりしてもかまわないといった利己主義に押されていく流れは、
当時の台湾のみならず、日本や他の国々でも近現代のどこかの時代で
経験してきたはず.

そうした社会の縮図としてごく少数のキャラクターを配置し表現した脚本
は素晴らしい.物語を1989年に限定した一点で描くのではなく、フォックス:
シャが育った時代、少年の優しい父親:タイライが経た時代、それから
少年自身の時代という、価値観や意識が異なる3つの生き様を交錯させて
いるのが上手いと感じさせる.

世代間の差異が自ずと台湾の現代史、精神史を浮かび上がらせる.
加えて、失われゆく美徳へのノスタルジックな眼差しもまた、古き良き
台湾、いや古き良き日本をも思わせるのが素晴らしい….

ストーリーの盛り上がりという意味ではそんなに抑揚はなく淡々と進んで
いく印象だが、リャオジエがさまざまな価値観に触れ、社会の不公平に触れ、
もどかしい想いを抱きながらも少しずつ、確実に11歳の少年の心が変化して
いく様が伝わってくる.

タイライ・リャオジエ父子にからむ女性が二人描かれる.一人はFOX:シャの
敏腕助手リン:ユージェニー・リウ.父子の世話を小まめに見てくれるのは、
父親への恋慕があるからなのだろうか.
 

 

もう一人はタイライが働く中華料理店の上客、有閑マダムのヤンジュンメイ:
門脇麦.どうやらタイライの元彼女らしいふうがあるが、いつも大量に注文し、
その残りをタイライはリャオジエの夕食に持ち帰る.門脇麦の台湾語は
そつなく聞こえた.随分練習したのであろう.

二人の女性は雇い主と主人にそれぞれ顔を殴られ、目に痣を作って、
どちらもタイライに泣きついてくる.貧乏父さんであっても、情を持つタイライ
の魅力と言うべきか.金持ち父さんのシャに無い何かが在るように見える.
 

 

ラストシーンが短いのだけど、雰囲気が良く伝わる作りであった.
おそらく30年後の台湾の建築オフィスにて、成人したリャオジエがクライアント
とのやり取りをしている.同時にPCでも会議をしているようで、その顧客への
配慮の細かさとか、環境周囲への配慮、そして大胆な決断力と…Old Foxと
父親の両良質を持ち合わせた人間へ成長していた….

やや地味だが、忘れがたい味わいが沁み出すラストシーン.
観る者を深く穏やかに包み込む秀作の感有り.

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