映画「バティモン5 望まれざる者」…移民受難の物語. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
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原題:Batiment 5 製作年:2023年
製作国:フランス・ベルギー合作 上映時間:105分



5年前のパリ郊外の荒れ具合を描いた映画「レ・ミゼラブル」は衝撃的であった.
同じ監督の作品と聞いて、封切り館で観てみた.キネマ旬報シアターで本年度
累積120本目の観賞はフランス発の社会問題作品.
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パリ郊外で移民家族が多く暮らす地区を一掃しようとする行政と住民たちの
衝突を緊迫感たっぷりに描き、大都会パリの知られざる暗部を浮き彫りにした
社会派ドラマ.

労働者階級の移民の人々が多く暮らすパリ郊外の一画・通称「バティモン5」
では、再開発のため、老朽化が進んだ団地の取り壊し計画が進められていた.
そんな中、前任者の急逝により臨時市長に就任したピエールは、自身の信念
のもと、バティモン5の復興と治安を改善する政策を強行することに.

住民たちはその横暴なやり方に猛反発し、ケアスタッフとして移民たちに
寄り添ってきたアビーらを中心とする住民側と、市長を中心とする行政側が、
ある事件をきっかけについに衝突.やがて激しい抗争へと発展していく.

監督・脚本は、同じくパリ郊外が抱える問題を描いた2019年製作のフランス
映画「レ・ミゼラブル」で高く評価されたラジ・リ.

以上は《映画.COM》から転載.
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2024年夏季五輪を控える花の都パリではなく、その郊外で起きる物語.
タイトルの「バティモン5」とは、移民家族たちが多く暮らしているエリアに
ある団地群の一つの建物の名前.仏語“Batiment”は“建物”を意味する.

冒頭は、ある古びた建物を爆破破壊するシーンから始まる.その爆破力が
強力すぎて、立ち会っていた市長が心臓麻痺を起こして死んでしまう.
そして、小児科医師であるピエールが臨時市長に選出されてしまう.
 

 

その後カメラは、10階建ての5号棟「バティモン5」の全景を映し、内部
へと侵入していく.大家族が狭い部屋で暮らし、エレベーターは動かず、
水漏れが絶えない.“10階建てのスラム”とも表現される住環境が
映し出される.

場面はヒロイン、アビー:アンタ・ディアウの祖母が亡くなる所に切り替わる.
悲しみに暮れながら、死体が入った重たい棺桶を、上階から1階へと
降ろすシーンに驚かされる.エレベーターは動かないので、当然人力だ.

大人数が狭い階段を、押しつぶされながら運んでいく.疲弊した住人の
「こんなの人が生き死にする所じゃない…」という溜め息交じりの言葉に、
この住空間への諦めと苦しみが集約されている.

このバティモン5には大半はアフリカ系の移民、そしてシリアからの難民が
住む.ご多分に漏れずフランスは移民は多いのだけど、地域性が強いと
言うか、パリ近郊の町に固まって住居を持つ.

在仏時に、妻子を先に帰国させようとしたその日にシャルル・ド・ゴール空港
で娘の具合が悪くなり、パリ近傍のGosneという町の総合病院に緊急入院
したことがある.結局1週間ほど滞在したのだが、この町がアフリカ系移民の
町であった.行けども、いけども黒人ばかりで、この地がフランスとは思えない
土地柄であったことが印象深い.当然安全性も低いし、種々のリスクに
まみれている土地柄であった.

フランスは“自由・平等・博愛”を説く国柄、パリの一点集中集権の様に
見えるが、その実は各県や都市に相当の権力が与えられている.
その地域によっては、自由・平等・博愛の念が薄い所もあるのだ.
本作のバティモン5のある架空の都市も行政の権力が強いという設定に
なっている.

そんなバティモン5内で行政から隠れて、こっそり違法食堂が稼動している.
なぜそんな事態になっているのか? 何度出店申請しても書類不備で却下
されるからと店主は言う.行政の不備、不寛容が目立つ….

食堂は、住人たちの憩いの場となっているようで、出てくる食事が全て
美味そうだ.取り締まる行政側であるはずの副市長ロジェ:スティーブ・
ティアンチューも、普通に食事をとっている様子には驚かされる.

やがて、この“違法食堂”が文字通り発火点になって、行政と住民の間
の緊張が、さらに高まっていくことになる.なんと厨房から出火事故を
起こしてしまう.

それを機に行政側ピエール市長代理は、建物の老朽化、崩壊の可能性
を楯に“即時”立ち退き命令を出す.即時というのは文字通りで、住人たちは
一切の猶予なく、ドア越しに突然「最低限の荷物で、すぐに5分後に
家から出て行け」という非情な通達を受ける.

持ち出すおもちゃを選ぶよう言われ、悲しそうな子ども.5年ローンで
やっと購入した冷蔵庫を抱え、やっとのことで階段を下りていく男たち.
行政の強制的かつ不条理なやり方に、住人たちの生活が無残にも
破壊され、胸の痛む光景が続く.果ては、住人たちが窓から家財道具を
放り投げ始める事態となり、悪夢のような状況に.

観客がその場の喧騒に巻き込まれているかのような臨場感に満ち、
絵作りも非常に生々しく、パワフルな映像だ.バティモン5を舞台に、
行政と住民が両極に分かれて怒りの感情を衝突させる様を、明確な
対立構造を炙り出してみせる.
 

 

血も涙もなく政策を推し進める臨時市長と、住民らの状況を見るに
見かねて動き出した代表者という、両陣営を率いる二人を旗印にした
人間ドラマもスリリングに展開する.

移民の多い国家の暗部を観せつけられた感がある.権力から暴力へ移り、
もう収拾のつかない顛末で、解は見えない.
判ったような素振りを見せていても、人種や宗教など「移民と暮らす」と
言うことの本当の意味なんぞ日本人には理解できない気がする.

ラストはあまり納得がいかない展開であった.
無慈悲な行政のやり方に感情を抑えきれなくなったアビーの友人ブラズが、
最後に市長宅を襲ってしまうのだが、狂気一色でただただ怖いだけ.
知性も理性もない行動でしかない.暴力で物事は解決しないのだから.

最後はアビーが説得して、市長宅に火を付けるを止めさせてエンドマーク.
このクライマックスへの展開には感情がまるでついていかなかった.

権力×抵抗×暴力の危うい、いつ崩れてもおかしくないバランスの物語.
フランス地方自治行政の理不尽な仕打ち、移民居住者たちが受難に
耐える姿や、住民達の怒りが炸裂する姿を描き出してはいるが、
その解は与えてくれない作品.