映画「カンダハル 突破せよ」(DVD)…かくもイスラムは不可解. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



原題:Kandahar 製作年:2023年
製作国:イギリス 上映時間:119分


作年春に観落としてしまった作品.レンタル屋の新作棚に並んだので早速観賞.
本年度累積79本目に観たのはイギリス製のCIA工作員の物語.
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ジェラルド・バトラー主演で、アメリカ国防情報局の職員ミッチェル・ラフォーチュン
がアフガニスタン赴任時に体験した実話をベースに描いたアクション.

イラン国内で核開発施設の破壊工作に成功したCIA工作員トム・ハリスは、CIA
の内部告発による機密情報漏洩で全世界にその正体が明らかとなってしまう.

ミッションを即刻中止し、中東からの脱出を図るトムは、30時間後に離陸する
英国SAS連隊の飛行機に搭乗するため、アフガニスタン南部のカンダハルに
あるCIA基地を目指す.

しかし、イランの精鋭集団・コッズ部隊、パキスタン軍統合情報局(ISI)、さらに
タリバンの息がかかったゲリラ、金次第で敵にも味方にもなる武装集団など、
トムをめぐる追跡劇は敵と味方が入り乱れる混沌としたものとなっていく.

「エンド・オブ・ステイツ」「グリーンランド 地球最期の2日間」につづき、
バトラーと3度目のタッグとなるリック・ローマン・ウォーが監督を務める.

以上は《映画.COM》から転載.
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冒頭でイラン核施設を暴走させメルトダウンさせる工作という只事では
済まされない設定で緊迫感いっぱいのシーンから始まる.
トム:ジェラルド・バトラーは核施設爆破の任務のすぐ後にイランを去るよう
上司に指示されていた.ところがアルバイト仕事を引き受けて出発を遅らせた.

本作は主人公たちの家族環境も描いてその背景との絡みをも見せてくれる.
トムの妻は17歳の娘アイダの卒業式に出席するように再三要求して、かつ
離婚をも請求する.トムが長年のCIA任務が家庭生活と両立せず、良き夫にも
良き父親にもなれない現実が見え隠れする.

そしてアルバイトの報酬のドル札束で、娘アイダの医大進学のため、バイトに
欲を出して、寄り道した結果イラン脱出が遅れる.その間に情報仲間の英国
ジャーナリスト ルナ:ニーナ・トゥーサント=ホワイトがイランに捕まり、トムの
名前と顔が世界中に報道されてしまう.

そこからは一転して地道な逃走劇がスタート.アフガニスタンのカンダハルに
ある軍事基地まで、見渡す限りの荒野地帯を初老の通訳者モハメド(モー):
ナヒド・ネガーバンとともにひたすら約600Kmの距離を横断していく.

トムの“生存条件”は、30時間以内に、約600Km先の救出地点から飛び立つ
飛行機に乗ること.休憩も睡眠も十分にとれず、車か徒歩で、そんな距離を
進まなければならない.

当然、敵がトムを執拗に追ってくるが、敵も敵で一枚岩ではなく、背景も信念も
目的もばらばら.一概に“イスラム”とは言い切れない中東のイスラム状況の
一端を覗き込むこととなる.これは複雑だ….

核施設を爆破され、国家の威信をかけてやってくるイスラム革命防衛隊の
精鋭集団・コッズ部隊.絶好の“金づる”になるトムの捕獲に乗り出すパキスタン
軍統合情報局(ISI).さらにはタリバンの息がかかったゲリラ、金次第で
なんでもやる武装集団まで…危険な奴らが代わる代わる(しかもノンストップで)
襲来し、ときに敵同士が戦い、敵が味方になるなどすさまじいことになっていく.

主人公のトムとモーは、カンダハルまでの旅路を車でひた走るが、追っ手が
常にいるため、基本的にはずっとカーチェイス状態が続く.
国家を背負うコッズ部隊のファルザド・アサディ:バハドール・フォラディが無数の車
やヘリで、クールなISIエージェント・カヒル:アリ・ファザルがバイクで、トムたちの
行く手を阻む.
 

 

カー&バイクチェイス、空中戦、銃撃戦がノンストップで畳みかけられ、
あらゆるフィールドが戦場化しているのが特徴.サウジアラビアで撮られたという
この作品、砂漠や山岳地形、そしてその間に存在する小さな町と魅力的な
背景で戦闘が繰り広げられる.
 

 

なかでも圧巻なのは、トムたちが闇夜にコッズ部隊の武装ヘリと繰り広げる死闘.
本作ではあえて闇夜の奇襲を描き出し、暗視スコープ映像を挿入することで、
観客もヘリに狙われているかのような究極の臨場感を演出している.

本作で特筆すべきなのは、トムやモーや敵達までを人間味たっぷりに描いている点.
彼らにはそれぞれ背景、信念、目的、立場、家族があり、戦う理由がある.
トムは「仕事のために家庭を犠牲にしている」というよりは、「この生き方しか
できないのに家庭を持ってしまった哀れな男」のように見える.
それでも娘の大学卒業を見届けるために、この地で死ぬわけにはいかない.

トムと運命を供にせざるを得なくなった通訳者モーは、テロリズムと悪どいビジネス
により、息子を殺された憎しみを、その枯れかけた体の奥底に宿している.
トムとモーは自身の境遇を語り合ううち、次第に絆を深めていくが、彼らが象徴する
テーマは実のところ“報復の連鎖”である.

映画の中盤、ふたりはひょんなことから、モーの息子を殺害した勢力に匿われる
ことになる.いつでも寝首をかける距離に、何度も殺してやりたいと思った宿敵がいる.
その宿敵はそれを知りモーに銃を与え自らを殺せと問う….もちろんその周りには
ずらりと機関銃が並んでいるのだが….

葛藤の後、モーは銃を降ろす.モーは許すと.息子が殺されたのに復讐せず許すと
して報復の連鎖を止めたのは感動的なシーン.ここに本作の本質が在ると信じたい.
“報復の連鎖”を止めれば少なくとも今の世の中の戦争は半分には減ると思う.

なぜ完全に無くならないかというと、戦争=民族紛争の原因は宗教のいがみあい
にあるのだが、また反面経済的側面からも戦争は必要とされるから.
紛争地帯で戦争をビジネス(生業)として生きている多くの人間たち.
戦争を経済的景気浮揚の一端としている大国.
所謂、武器商人とそこに投資する投資家たちの莫大な富を得るために戦争は
決して無くなる事はないのだ.

逃げるトラックの中でトムとモーが話す.
今の戦争は勝って戦利品を得ても終わらない.けっして終わりの無いのが戦争だと.

本作珍しいのは敵側にも家族がったり、愛するもの、守るものがあるという部分も
ちゃんと描かれているのは特筆すべきかもしれない.コッズ部隊のアサディ:
バハドール・フォラディには現場に於いてもスマホで早く帰ってと電話してくる妻も
居れば、バイクでトムたちを追うISIエージェント・カヒル:アリ・ファザルは砂漠での
仕事に飽き飽きしていて上司に欧州転属を希望していた.

それぞれの信条、仕事への状況で、逃げ、追い、殺しあう訳なのだが、
そのため、何を憎み、倒すべきなのかの本質をもっと考えれば…という気持ちに
させられてしまう.

米軍は2021年8月でアフガニスタンから撤退した.20年間に及ぶ軍事作戦が
終了を迎えても平和がもたらせれたどころか混迷を深めただけの状況が描かれて
いる本作.

国家意識よりも自分たちの集団、部族の利益不利益で行動し、そこに金が絡み、
加えて、殺された殺したの感情が強烈に入ってしまって、全く収集が付かない  
神にも、人にも見放された不幸極まれない国、アフガニスタンの悲惨なストーリー.

アクション作品を建前に本音はイスラム地区の複雑さを描がいた秀作と思った.