映画「ニューヨーク・オールド・アパートメント」…この邦題の陳腐さは愚劣だ. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



原題:The Saint of the Impossible 製作年:2020年
製作国:スイス 上映時間:97分



柏キネマ旬報シアターでふと見つけた小品、なんとスイス製作品であった.
ニューヨークを描いているのに?本年度累積52本目の鑑賞は疑問符から
始まった….
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大都会ニューヨークの片隅で懸命に生きる移民家族に訪れた悲劇と成長を
優しいまなざしで描いたヒューマンドラマ.

安定した生活を求めて祖国ペルーからアメリカへ渡り、ニューヨークで不法
移民として暮らすデュラン一家.母ラファエラはウェイトレスの仕事をしながら
2人の息子を1人で育て、息子たちも配達員として家計を支えている.

街から疎外された自分を“透明人間”だと憂う息子たちは、謎めいた美女
クリスティンと出会い恋に落ちる.一方、ラファエラは白人男性からの誘いに
乗って飲食店を開業するが…….

2人の息子役にはオーディションで選ばれたペルー出身の双子アドリアーノ&
マルチェロ・デュランが抜てきされ、「悲しみのミルク」のマガリ・ソリエルが
母ラファエラを演じた.

短編「ボン・ボヤージュ」が第89回アカデミー賞短編映画賞にノミネートされた
マーク・ウィルキンス監督が、オランダの作家アーノン・グランバーグの小説
「De heilige Antonio」を原作に長編初メガホンをとった.

以上は《映画.COM》から転載.
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監督がスイス出身だったんだね、疑問氷解.資本もスイス中心だった模様.
扱っているテーマは、移民.どこの国でも抱える問題だけど、やはりアメリカが
一番表現しやすいし、訴求力もあるよね.

原題は「The Saint of the Impossible」で“不可能の聖人”. 劇中で主人公
兄弟が毎晩祈りを捧げる“聖リタ”を示す言葉.なぜ邦題がこうなってしまうのか
全く不可解だ.配給会社の非を問いたい.

理由は分からないが母ラファエラ:マガリ・ソリエル、息子のポール:アドリアーノ・
デュラン、とティト:マルチェロ・デュランの親子3人は、祖国ペルーを捨てて
ニューヨークに移り住んでいる.
 

 

彼らは不法入国者であり、生活はあまりに厳しくラファエラはウェイトレスをしながら、
二人の息子は語学学校で勉強しながらも配達の仕事で家計を支えている.
まるで誰からも見向きもされない透明人間のような存在の彼ら….

特に若いポールとティトはニューヨークで自分の居場所を見つけ、何か存在を
認められる何者かになりたいと望んでいた.そんな彼らは語学学校で同じく
クロアチアからの移民クリスティン;タラ・サラーと出会い、恋に落ちる.
 

 

彼女には服役中の恋人がおり、彼女は彼を釈放するためにコールガールを
しながら金を稼いでいた.そんな闇を抱えた彼女に恋をしてしまった二人.
どこまでも純情な彼らはやがてその恋によって追い詰められることになる.

同じく母ラファエラもエドワルドというスイス人作家に恋をしたことで人生の歯車
が狂わされていく.エドワルドは彼女をウェイトレスの仕事から解き放つために
デリバリーのブリトーの店を作る.

日々の生活に疲れていた彼女は簡単にエドワルドの言葉に乗ってしまうが、
やがて彼は口先だけで人を支配しようとする小者であることが分かってしまう.
彼女がすがりついた希望は、家族を切り離す絶望への入口だった.

アメリカは自由の国、そして移民で成り立つ国家だと思っている.それを白人を
優遇するMAGA(Make America Great Again)を叫ぶ狂人が大統領に再び
なろうとしている.“もしトラ”が実現すれば一方的な移民排斥が強まるのであろう.

本作でも後半では、主人公兄弟は警察で事情聴取している最中に移民局が
あっと言う間に二人を拉致して、その日の内にペルーへ強制送還してしまった.
こんな事が日常茶飯事になってしまうのだろうと思うと心が痛む.

移民の成り上がりで出来上がった国家アメリカの根幹を、一人種であるWASP
(White ,Angro-Saxon,Protestant)だけに占めさせる理屈はありえない.
アメリカがゆえに、自由闊達な移民政策を運用すべきであろうに.
 

 

一見ワルに見えるクリスティンもクロアチアからの移民.双子からは高貴に見えて
いたかしれないが、彼女は彼女で居場所探しに必死だったのだろう.
クリスティンは、ふたりを差別なんてしていない.別性の男ではあるが、戦友の
ような気持ちを持っていたのかもしれない.生きてきた境遇・教育からも影響が
あったのかもしれない.

それでも、クリスティンは自分を裏切った男が許せずナイフで滅多刺しして殺して
しまう.その事情聴取において兄弟は移民局に目を付けられ国外追放に.
一方母ラファエルは、デリバリーの食品店が配達人のポールとティトが居ない
せいもあり、あっと言う間に行き詰まる.

 そして、息子達と交流があったクリスティンが起こした出来事を知り、友人から
許可証を借り、彼女に会いに刑務所へ行く.そこでクリスティンと二人の出来事の
経緯を聞き取った母ラファエルは「愛を与えたつもり?」と尋ねる.
クリスティンの「(2人は)もともと愛でいっぱいだった」との答えが胸を打つ.

その後、ラファエルは移民局から隠れ住みながらも兄弟が通っていた英語学校へ
通い始める.ある日勤め先であるレストランにペルーに飛ばされた兄弟たちから
“生きている”と電話が入る….

どこまでも前向きな三人の親子たち.映画の中で問題はひとつも解決しないが、
それでも自分を信じて生きている限り、いつかは光が差し込むのだと希望を
持たせてくれるような終わり方.

この3年後の三人を描く作品があっても良いかなと思った.