映画「PERFECT DAYS」…2023年を締めくくる名作. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



原題:PERFECT DAYS 製作年:2023年
製作国:日本 上映時間:124分



役所広司の演技を観たくて公開初日に近所のシネコンで観賞.
本年度累積303本目の鑑賞.
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「パリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩」などで知られるドイツの名匠
ビム・ベンダースが、役所広司を主演に迎え、東京・渋谷を舞台に
トイレの清掃員の男が送る日々の小さな揺らぎを描いたドラマ.

2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、
役所が日本人俳優としては「誰も知らない」の柳楽優弥以来19年ぶり
2人目となる男優賞を受賞した.

東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山.淡々とした同じ毎日を
繰り返しているようにみえるが、彼にとって日々は常に新鮮な小さな
喜びに満ちている.

昔から聴き続けている音楽と、休日のたびに買う古本の文庫を読む
ことが楽しみであり、人生は風に揺れる木のようでもあった.そして木が
好きな平山は、いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き、自身を重ねるか
のように木々の写真を撮っていた.
そんなある日、思いがけない再会を果たしたことをきっかけに、
彼の過去に少しずつ光が当たっていく.

東京・渋谷区内17カ所の公共トイレを、世界的な建築家やクリエイター
が改修する「THE TOKYO TOILET プロジェクト」に賛同したベンダースが、
東京、渋谷の街、そして同プロジェクトで改修された公共トイレを舞台
に描いた.

共演に新人・中野有紗のほか、田中泯、柄本時生、石川さゆり、三浦友和ら.
カンヌ国際映画祭では男優賞とあわせ、キリスト教関連の団体から、人間の
内面を豊かに描いた作品に贈られるエキュメニカル審査員賞も受賞した.

以上は《映画.COM》から転載.
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先ずは静寂で上質な作品であった.セリフ少なく、表情で魅せる演技.
落ち着いて美しい映像、そして音楽の使い方がまた秀逸だ.
こんな作品を年末に味合うことが出来る幸せに酔った2時間であった.

平山:役所広司は寡黙な男であり、規則正しく、ルーティンをこなす.
毎朝植木に水をやり、仕事を終えると銭湯に行き、居酒屋で酒を飲み、
部屋では古本を読みながら寝落ちする….

極力他人と関わらないことで“孤独”であることを忘れようとしている
のかもしれないが、“孤独”=自由を享受しているようにも見える.
50歳をゆうに過ぎているであろう男が、なぜアパートで一人暮らし
をして、清掃員の仕事を黙々としているのか.

その研ぎ澄まされたような姿は悟りに至った僧侶のようにも見える.
だが、そんな彼が見ている世界、ふとした時に向ける視線の先には
木々や光が溢れている.朝日、木漏れ日、夕日、街並みや公園、トイレ、
運転中の車のフロントガラスなどの光の屈折や反射.それぞれを
愛しんで、人生を楽しんでいる風を役所広司は淡々と演ずる.

良作品は決まってガゼット使いが上手い.平山が作業着の胸ポケット
に忍ばせているフィルム・カメラ、OLYMPUSの名機“μ(ミュー)”だ.
 

 

昼休みの公園で木漏れ日をファインダーも見ずにシャッターを押す.
36枚撮ると、カメラ屋(もはや死語だ)に持ち込み現像してもらい、
気に入った写真だけブリキ缶に入れて押し入れに保管している.

もう一つ大事なガゼットがカセットテープ.60〜70年代の流行った
曲の音楽カセット.トイレ清掃の作業車でも聴くし、アパートの部屋でも
聴いたりする.

冒頭のザ・アニマルズの「THE HOUSE OF THE RISING SUN」
(朝日のあたる家)、表題曲のルー・リードの「PERFECT DAY」、
ニーナ・シモンの「FEELING GOOD」など、平山がカセットテープ
で聞く音楽は彼の心情を表すような選曲となっている.

さらにこの作品は、“音”にもこだわりをみせる.セリフが無い分だけにだ.
自然音や日常生活から聞こえてくる音、早朝の竹ぼうきの音にはじまり、
夜が明けていく時の小鳥の鳴き声、風の音、雨の日の雨音、公園の
子供の声からトイレ掃除の音に至るまで、監督の繊細なこだわりが
音でも積み重ねられているの感じられて心地良いのだ.

中盤までは平山は一言も喋らず、口が利けない男なのかと思うほど.
本当にミニマムで上手い構成と感心させられる.与えられる情報の
積み重ねによって、平山の背景が垣間見えて来る….

なぜ、彼はアパートに一人暮らしなのか、なぜ、トイレ清掃員なのか、
という疑問が、本当に微かではあるが、腑に落ちて、ビム・ベンダース
の脚本と演出の妙にそのまま映画の中に引き込まれていく自分に気付く.

世界的な建築家たちが携わった東京・渋谷にある17のおしゃれトイレ
が舞台というのも上手い.それらのトイレを黙々と清掃し、磨き上げる
平山の姿は神々しくも見えてくる.

しかし何よりも、平山を演じる役所広司の、人を遠ざけず、かと言って
近づけず、日々の生活を存分に楽しんでいるようで、その反転、
心の底には深い悲しみを湛えている.そのハッピーでアンハッピーな
役所広司の表情と演技が凄いのだ.これはカンヌの主演男優賞に真に
値すると思った.
 

 

味付けとしての共演者の存在も邪魔でなく、それでいて存在感を
印象づけるキャスティングであった.一緒に働く若者に柄本時生.
軽薄短小な人物に描かれていて適役.平山の別れた元妻に麻生祐未.
その娘ニコに新人中野有紗、初々しい演技であった.通いの飲み屋
のママに石川さゆり、それは見事な「朝日のあたる家」を聴かせてくれた.
その別れた夫に三浦友和.癌を病む哀しい男と平山は一緒に影踏み
をしてみせる.
 

 

特筆すべきは、トイレのある公園で出遭うホームレスに田中泯.
すれ違う度に平山と黙礼する程度だが、会う度にパントマイムの
ような、あるいはダンスするよなしぐさを見せる.それは彼のダンス・
センスの凝縮されたスタイルで、ハッとさせられるほどのインパクト
がある.そのセンス有るボロ着スタイルも含め極めて印象的だった.
 

 

後半の突然の訪問者や他人との関わりによって、平穏だった平山
の日常と心情が揺らぎ始める.泣き笑いが増えてくる….
平山の過去はほんの少し浮き上がってくる.かなりの大富豪一家の
婿であったが、義父とのいさかいで飛び出たこと.ニコとは義理の
関係かもしれないが、親子だということ….

それでも、平山は今の生活“PERFECT DAYS”を続けようとする.
今日も完璧な一日にするべく、ありのままの自分として生きよう
とする境地に至ったその理由を推測させる楽しみを与えてくれる
本作の作りは潔い.

こんなふうに生きていけたらなと、ちょっと羨ましく思えた.
2023年を締めくくるに相応しい名作だ.