映画「マエストロ:その音楽と愛と」…あまりに天才、そして奔放. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



原題:Maesutro 製作年:2023年
製作国:アメリカ 上映時間:129分


映画ブロ友のアンダンテさんのレビューを読んで、これは2番館回しと
コメントしたら、なんとキネマ旬報シアターで観賞とのこと.
封切り作品だったのだね(汗).12/20ネット配信に先じて12/8から
劇場公開したNetflix作品. 公開実績を作って賞ねらいだろうか?
既にポスターには○○賞ノミネート候補…なんて不遜なクレジットが.
本年度累積295本目はマエストロの名に相応しい
レナード・バーンスタインを描いた作品.
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「アリー スター誕生」で監督としても高く評価された俳優ブラッドリー・
クーパーの長編監督第2作で、「ウエスト・サイド物語」の音楽などで
知られる世界的指揮者・作曲家レナード・バーンスタインと女優・
ピアニストのフェリシア・モンテアレグレ・コーン・バーンスタインがともに
歩んだ激動の人生と情熱的な愛の物語を、バーンスタインの雄大で
美しい音楽とともに描いた伝記ドラマ.

クーパーがレナードの若き日々から老年期までを自ら演じ、「プロミシング・
ヤング・ウーマン」のキャリー・マリガンがフェリシア役を務める.共演は
ドラマ「ホワイトカラー」のマット・ボマー、ドラマ「ストレンジャー・シングス 
未知の世界」のマヤ・ホーク.

クーパー監督と「スポットライト 世紀のスクープ」のジョシュ・シンガーが
脚本を手がけ、製作にはマーティン・スコセッシ、スティーブン・
スピルバーグが名を連ねる.

2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品.
Netflixで2023年12月20日から配信.
それに先立ち12月8日から一部劇場で公開.

以上は《映画.COM》から転載.
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先ずは配信でなく劇場で観られた事を喜びたい.音楽状況がまるで
違う.キネ旬でも一番音響の良い小屋であった.バーンスタイン:
ブラッドリー・クーパー指揮する所のオーケストラ演奏の迫力が
大きなダイナミックレンジで聴くことが出来たのは素晴らしい.

前半のモノクロシーンは、急遽代役として主席指揮者の役割を
成功させたバーンスタインブラッドリー・クーパーと女優フェリシア:
キャリー・マリガンとの出会いを描く.互いにアーティストであり
ユダヤ系の家庭で生まれ育った二人の関係、子どもに恵まれ、
夫妻共に微妙な釣り合いの上で「幸せ」いっぱい、幸せに笑う
フェリシアの正面からのアップがとても印象的だった.
 

 

モノクロ映像ながらトリッキーなシーンで2人の蜜月時代が描かれる.
部屋を出たらスタジオだったり、庭から室内に移ると劇場だったりと、
ちょっとファンタジックな場面転換も恋に落ちた2人のうきうきした
気持ちを上手く表している.

彼らの仲が深まること以外大きな動きがないのだが、モノクロ部分
の後半で、遠回しな台詞ではあるが、フェリシアがレナードの性的
指向(同性愛)を承知していることが示されるのは、後半への序章
的な表現だと思った.

後半はカラー映像に変わる.もはや正面からの幸せ顔ではなく
フェリシアの後ろ姿から始まる.鮮やか色の映像なのにその頃の
二人の関係は複雑で辛い.
 

 

夫婦の顔立ちには年齢なりの貫禄が表れる.この表現が実に絶妙で、
上手いのだ.特殊メークアップ・アーティストのカズ・ヒロの仕事の成果
には驚かされる.

子供たちは成長している.一方で、フェリシアはひとりで深い葛藤を
抱えていた.彼女のレナードに対する感情の爆発と和解、病と死が
描かれる.自分の伴侶が他の人間と性的関係を持つのが嫌なのは
当たり前の感情.しかもレナードはきちんと隠す気が無いときている.

それでもフェリシアは、最終的には改めてレナードと彼の音楽に
向き合い、彼を許してしまうのは少しきれい事過ぎるかもしれない.
演奏から伝わる彼の魂の根源的な美しさへの敬愛が、嫉妬や葛藤
を乗り越えたと描かれる.

フェリシアが臨席しているのに、反対側の男と手を繋ぐなど、
レナードの芸術家にありがちな性的奔放さは残酷で、肯定的に
捉える気はもうとうないのだが、それがゆえ彼女の決心は美しい
と思えた.
 

 

ブラッドリー・クーパーは主役以外も、脚本、監督も務めるのだが、
演技的にもバーンスタインの再現度が半端なく出来ていた.
カズ・ヒロの特殊メイクあってだが、ブラッドリー・クーパーの立ち姿、
指揮ぶり、話し方は私も実物を観ているわけではないが似ていると
感じた.

この映画は音楽映画ではないし、アメリカが生んだスーパースター
の英雄譚でもない.どちらかいうと女優でもあった奥さんフェリシアを
演じたキャリー・マリガンに感情移入する人の方が多いと思う.

夫の同性愛に苦しむ妻の役柄をキャリー・マリガンは上手く演ずる.
フェリシアの台詞は説明的ではないが、マリガンの目の表情が彼女
の幸福感から嫉妬や悲しみまで全て語っていて、快演だ.

がんに蝕まれて生気が抜けてゆくフェリシアの姿の演技もまた上手く、
胸が締め付けられるよう.マエストロとしてのバーンスタインの人生を
たどりながら、フェリシアという女性の生き方を浮き彫りにする.
マリガンが演じたからこそそういう作品になったと思う.

気になったのは“たばこ”の扱い方.バーンスタインがヘビースモーカー
だったのは承知していたが、ほぼ全編たばこを手にしている姿なんか
はまさにまるでスポンサーのためであるかのよう.挙げ句の果て、肺癌
に転移したフェリシアまでスパスパ吸っている無軌道さには呆れる.

真実であれ演出であれあまり良い表現とは思えない.この時代の
上映なのであるからもっと控えるべきであろう.何度もたばこが邪魔
に見えるシーンが多かったし、そう思わせてしまうデメリットのほうが
大きかった気がする.
 

 

音楽シーンは特に魅力的だ.自身が作曲したミサ曲を教会で披露
するシーンでは、神々しくもあり、壮大な感動が得られる.
演奏後のバースタインとフェリシアの感動的な抱擁は、彼の愛情の
一端がかいま見えて嬉しい部分だ.

指揮メソッドを音楽院の学生に指導しているシーンも素晴らしい.
指揮をするという行為の有意性を自ら持って示す.
なるほどこういうことかと合点のいく説明をバースタインが学生に
見せる姿は感動的でもある.

作中のバーンスタインのセリフ、指揮をしたりピアノを弾くことは、
外向きにエネルギーを使う振る舞いであるが、作曲というのは
内なる自分との対話である.2つの方向をこなすうちに自分が
わからなくなる…と.

天才にはそれなりの悩みがあることと理解.

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