映画「ワンダーウォール劇場版」 (DVD鑑賞) | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



制作年:2020年 制作国:日本 上映時間:68分
 

 

かねてからTSUTAYAの棚で気になっていた邦画作品. 1本しか無く、
いつも誰かが借りているDVD.最近コアな読書家のブロ友:こにさんの
邦画レビューで興味が俄然と出てきて、 借り出して観た.
本年累積95本目の鑑賞.

2018年にNHK BSプレミアムなどで放送され、単発ドラマながら
写真集発売など異例の広がりをみせた「京都発地域ドラマ 
ワンダーウォール」に未公開カットなどを追加した劇場版.

京都の片隅にある学生寮・近衛寮.その寮は一見無秩序の
ようでありながら、そこに暮らす「変人」たちによる磨きぬかれた
秩序が存在する場所だった.

100年以上の歴史を持つこの寮に、老朽化による建て替えの
議論が巻き起こる.新しく建て替えを希望する大学側と、 補修しながら
現在の建物を残したい寮側の意見は平行線をたどり、 両者の間に
壁が立ってしまう. そんな大学と寮を分ける壁の前に、
1人の美しい女性が現れる.

脚本は「ジョゼと虎と魚たち」やドラマ「その街のこども」「カーネーション」
の渡辺あや.監督は学生時代に自主製作映画を手がけ、 「京都発地域
ドラマワンダーウォール」がNHK入局後の初演出作と なった前田悠希.

以上は《映画.COM》から転載.
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NHK-BS版は未見.実際の京大の吉田寮をモデルにした話.
なので現実に今、大学側と学生で裁判やっているらしい.
関西ローカルの話題はなかなか、関東には伝わりにくいという例か.

作中の近衛寮、本物の吉田寮と同じく”変人の巣窟”と呼ばれ、
敬語禁止、ジェンダーフリーのトイレ、全員一致が原則の会議など、
学生自治によって運営されている自治寮.

一見無秩序のようでいて、”変人たち”による”変人たち”のための
磨きぬかれた秩序が存在し、一見すごく面倒くさいようなのだけど、
自由闊達、理知的な雰囲気が流れている宝物のような場所.

東京にも「和敬塾」という旧細川侯爵邸を使った男子専用大学塾
がある.大学指定では無く都心の各大学の学生が供に暮らしている.
大学からの親友が2年間ここで暮らしており、その生活内容が、
本作と全く同じだったことから、親近感を持ってしまった.

和敬塾は築63年程度だが、本作の近衛寮は築105年の設定.
安全上の問題から、大学は建て替えを計画.自治寮側は補修
しながらの存続を希望.不毛の対立が起き10年が過ぎていた.

ある日学生課に物理的な壁ができて以降、学生と大学の
コミュニケーションは成り立たなくなる.まさにワンダーウォールなのだ.

経済合理性を追求して廃寮を強引に進める大学をなんとか
止めようと学生側も連日学生課に詰めかけるも、話を聞くものは
誰もいなくなってしまう. やがて学生側は何と戦えばいいのかわからなくなり、
学生側の中 にも分断が生まれていく.

民主的な自治で寮を運営してきた 学生たちが、全く民主的でない態度の
大学側に窮地に追い込まれる. 話し合いは時間の無駄で経済的に
合理的でない、スピードばかりが 重視される現代社会だ.壁を作って、
学生の声を無視して、 計画を進めた方が世の中の競争には勝ちやすい…のだ.

学生たちは4~8年しか在寮できない、交渉人も入れ替わる.
哀しいかな、交渉のテクニックは後輩たちには伝承されず、
時が経つにつれ学生側の交渉力は衰退していく.

学問も何もかも、あらゆるものが合理性に吸収されていく世の中.
今の世間の風潮を反映した深層な内容を一枚の壁をモチーフに
見事に描いてみせる.渡辺あやの脚本の良さなのだろう.

主人公キューピー:須藤蓮に対して志村:岡山天音が語る理論
立てた台詞が、寮生側と大学側の双方を隔てる“壁”の存在を
意識させる構図を作っていたように感じる.

 

 

 

そこで登場する“壁”の向こう側に居た美女:成海瑠子.
彼女は交渉の先頭に立っていた三船の実姉だった.

彼女は大学の狙いは寮跡地に医学部等の新棟を建てること を暴露する.
加えて、経済至上主義の前には感情論でぶつかる寮存続説には
歯が立たないと諭す.それでも「頑張ってね…」とは実に胡散臭い.

心情左派みたいな浮いたセリフは成海瑠子には相応しい?
実は副長、この成海瑠子が大の苦手女優.出番が少なく幸い….

寂しく思ったのは、ほんの一時期学生側に大学が同調した事があった.
この時の学生部部長:二口大学が2週間後には前言を翻し、部長を
退任、あげくは大学も辞めていく.体制側での反乱として処理された
のであろう.よくある話だが、寂しいエピソードだ.

尺も短く、ポンポンと話は進行するので好感度大なのだが、
音楽:岩崎太整、サウンドデザイン:畑奈穂子が大不満.
BGMの音量が大きすぎてセリフが聞き取れない部分多し.

 

 

 

最後の市民支援団体交えての合奏は素晴らしいのだが、
やはり音量過多、セリフは無いから良いのだけど….

話に結論はつかず、なんと大学が学生たちを訴え裁判沙汰になった事
がラスト・テロップで流される.

なかなか難しいテーマで、普遍的な問題を採り上げてながらも、
そんな中で、少しでも抵抗しようと不器用に頑張る若者たちの姿を
よく描いた好作品.

観ていて、もどかしくて、切なくなってしまった.