side…S
ようやく訪れた金曜の夜。
俺は意気揚々とコンパに出かけた同僚を見送り、ひとり残されたデスクでため息をついた。
「俺はいくつになってもヘタレだな。」
あれから。
雅紀の目をまっすぐに見れないまま一週間が経った。
もちろん雅紀の事は愛しているし、世界中の誰より大切な存在なのは変わりはない。
だけど社会に出て沢山の人と関わり、この世の中は俺と雅紀の事を理解してくれる人ばかりではない事に直面する度に、他人からの興味を逸らすことばかり上手くなっていた。
それに加えてここ最近、上司や役員からお見合い写真を押し付けられたり、先輩や同僚からコンパにしつこく誘われたり、後輩の女子から色目を使われたり、と。
仕事以外の事で無駄に気を遣い、辟易する事が増えていた。
出来るのなら、俺には相葉雅紀という超可愛い彼氏がいます!と胸を張って言いたい所だけど。
残念ながら俺の会社はカッチカチに頭の固い人ばかりで、オトコドウシの恋愛を語るにはかなり息が詰まる状況だ。
色んな人がいるから色んな価値観がある。
それは誰のせいでもなくて。
こんな世の中を恨むつもりもないけれど。
隠す事なく正々堂々と俺との関係をカミングアウトしている雅紀を目の前にすると、自分の弱さや不甲斐なさを突きつけられているようで情けなかった。
「はぁ…。そろそろ雅紀ともきちんと話し合わなくちゃダメだよな。」
きっと雅紀はこんな状態の俺の事を心配し、気にかけてくれているはずで。
だけど敢えていつも通りに振る舞い、いつも通りの笑顔で接してくれている。
そんな雅紀に俺の今のこの気持ちをどう説明すれば正しく伝わるのだろうかと言葉を探していると。
「おっす!お疲れ、ショウくん!」
突然、背後から背中をばしんと叩かれ、驚いて振り返る。
するとそこには、真っ赤なハイヒールで仁王立ちしている編集長がいた。※
「なんだぁ編集長か。お疲れ様でーす。」
「なぁにショウくん、金曜の夜に残業?」
そう言って、どこに隠し持っていたのか栄養ドリンクを俺の目の前に差し出しガハハと豪快に笑った。
大学生の頃に彼女の下でバイトしていた癖で今も編集長と呼んでいるけど。
あれからぐんぐん出世した彼女は、現在は社内でも花形の女性誌を取りまとめる編集局長にまで上り詰めていた。
「どうしたショウくん。珍しくため息なんかついちゃって。何か悩みがあるなら話してごらんなさい。」
そう言って、不敵な笑みを浮かべる編集長は興味津々な眼差しで俺を見つめている。
「編集長…その言い方、母さんにそっくり。」
「あら。そんなにエイコに似てる?」
俺の母さんと学生時代からの親友でもある編集長は、いつもテンションが高くパワフルで人情深く。
バイト時代から現在も俺の上司であり、この会社で唯一、俺と雅紀の関係を知る存在だ。
そんな彼女には俺の心の内なんて丸見えなんだろう。
「まぁ、ショウくんがウダウダ悩む原因はマサキくんとの事くらいしかないよねぇ。」
「なんで分かるんですか、編集長。」
「だって。昔っからショウくんはマサキくんの事となるとびっくりするくらい余裕が無くなって、全身全霊で不器用じゃない。」
そう言って編集長は懐かしそうに微笑み、自分で持ってきた栄養ドリンクを一気に飲み干した。
そして、その豪快な飲みっぷりに呆気にとられている俺の背中をばしんと叩き。
「人の目や意見なんてどうでも良くてさ。ショウくんのマサキくんへの気持ちを大切にしてればいいんだよ。」
「俺の雅紀への気持ち、ですか?」
「学生の頃のショウくんは隠す事なくマサキくん好き好きオーラ出しまくってたのにさ。今のキミからはそんなオーラの微塵もないから、色々と葛藤してるんだろうなって心配だったんだよね。この会社は堅苦しくて超保守的だから、ショウくんがそうならざるを得ないのも分かるんだけど。」
そして編集長は珍しく声のトーンを下げ、少し瞳を潤ませた。
その言葉の端々には優しさが溢れ、俺の心をふわりと包み込み、縛られていた思考と身体がゆっくりと解放されていく様な気がした。
「ほんと、編集長には敵わないや。俺の考えてる事、全部お見通しなんだもん。」
「ここ最近、マサキくんはメディアに取り上げられる事が増えてすっかり有名人じゃない?女性だけじゃなくて男性のファンも沢山いるみたいだし。ブランドの広報としてはPR効果が見込めて有難い事なんだろうけど、その分プライベートを詮索する人も増えてくる。だからショウくんはそんなマサキくんの迷惑にならない様に、必死に自分の存在を消そうとしてるよね?」
「…編集長は透視も出来るんですか?」
涼しい顔で俺の心の内をずばりと言い当てた編集長は自慢げに胸を張る。
「ショウくんは私の息子みたいなもんなんだから、それくらいすーぐ分かっちゃうよ。」
「確かに編集長は俺の2人目の母ちゃんみたいな存在ですけど。」
「そうよぉ。だからエイコも私も、ショウくんがショウくんらしく笑ってて欲しいって思ってるし。ショウくんとマサキくんの幸せを常に祈ってるんだぞ!」
そう言ってまた編集長がガハハと笑い、俺の背中をばしん!と叩いた。
その底抜けに明るい笑い声は霞がかっていた心に一筋の光をもたらし、俺と雅紀の進むべき方向を指し示しているように思えた。
※遠くまで20話以降、スマイル全編にチラホラ(他のシリーズにも出てたかも?←ざっくり)参照