side…M
そして引き続き、昼下がりの社員食堂のテラス席にて。
ボクはテーブルに突っ伏したまま、昨夜の翔ちゃんがポツリとこぼした言葉の意味を思いあぐねていた。
「翔ちゃんが言ってた『謝らないといけないのは俺の方だから』ってどういう意味なんだろ。」
あの後、翔ちゃんは美味しそうなお惣菜にほとんど口を付けず、しょんぼりと口数が少なくなり。
今朝も何か考え事をしている様子で、一言二言の言葉を交わすだけで出社してしまい。
ボクはそんな翔ちゃんの後ろ姿を見送ることしかできなかった。
「翔ちゃん…ボクにうんざりしちゃったのかな。」
思わず口からこぼれた言葉に悲しくなり、にじんできた涙を指で拭っていると。
「アイバセンパイ?こんなとこで何してるんですか。」
背後で名前を呼ばれ、突っ伏していたテーブルから頭を上げて振り返ると。
目の前に特徴的なロゴがあしらわれたベルトのバックルが見えた。
このベルトは会長が監修しているブランドの新作だな…と思いながら、そのまま視線を上に上げると人懐っこい焦茶色の瞳がボクを見下ろしていた。
「ちょっと今、自己嫌悪中なんだ。」
「自己嫌悪って…何があったんですか?」
そう言って長身をかがめボクの顔を心配そうに覗き込む彼は、心優しき後輩マリウスくん。
ドイツと日本のハーフで日本語とドイツ語はもちろん英語、イタリア語を巧みに操り、広報部付きの通訳としてサポートしてくれている。
そのうえ、ボクより随分と年下なのに落ち着いていて、いつも的確なアドバイスをくれる。
「アイバセンパイ?僕で良ければお話聞きますよ?」
「マリウスぅ。ボクの話、聞いてくれる?」
こういう時は第三者の意見を聞くに限る。
思考ががんじがらめになって迷宮入りしかけていたボクは、助けを乞うかの様に昨夜の翔ちゃんの様子を事細かに話した。
するとマリウスは少し癖のある髪をかきあげ、一呼吸おいた後。
「多分ですけど。アイバセンパイのダーリンは恋人の事を周りに言えずにいる自分を責めてるんじゃないのかなぁ。」
と、穏やかな口調で語り始めた。
「それと。職場で恋人の事をのろけられるアイバセンパイの事がちょっと羨ましいのかも?」
そう言って眉を上げ、きゅるんと微笑んだ。
ボクはその瞳の色の美しさに吸い込まれそうになりながら、最近の翔ちゃんの様子を思い浮かべた。
「最近ね。翔ちゃんはボクの事を綺麗になったとか、美人になったって言ってちょっと淋しそうにするんだ。ボクは昔から何にも変わってないのにさ。」
すると、ボクがぽつりとこぼした言葉にマリウスが腕を組みながら思案顔で小さくうなづく。
「実は僕、高校生の時にスカウトされてちょっとだけ芸能活動してたんですけどね。その頃に幼なじみに言われた事があって。」
「えっ?マリウス、芸能人だったの??」
初めて聞くその過去に驚くボクを笑いながら、マリウスは続けた。
「昨日まで一緒にバカやって笑ってたはずの友達がある日突然、人気者になって不特定多数の人にキャーキャー言われてる。その光景を見てたら僕が遠い世界に行っちゃった様に感じて、自分は釣り合わない存在だって思ったそうです。」
「そうなんだ…。」
「友達でもそんな風に思っちゃうんだから、ましてや恋人だったらもっと複雑な感情を抱くでしょうし。もしかしたらブランドの顔としてテレビや雑誌に取り上げられてるアイバセンパイの事を、ダーリンは自分とは違う世界の人みたいに感じてしまってるのかもしれませんね。」
そう言って長い脚を組み替え、ボクを見つめた。
「アイバセンパイのダーリンはちょっぴり不安になってるだけだと思いますよ。だからそんな時はいっぱいハグして、いっぱいキスして、愛してるよって伝えてあげるのがいいんじゃないですか?」
そしてまた眉を上げてきゅるんと微笑み、ピースサインをしながらウインクをする。
ボクは陽気に笑うマリウスにつられてピースサインをしながら、探していた答えが目の前にひとすじの光として射し込んできた様な気がした。