side…M
「ふぅ…なんとか無事に終わったな。」
12月最初の土曜日。
早朝から準備に取りかかっていたクリスマスイベントが無事に終わり、安堵のため息をつきながら腕時計を見ると時刻は夕飯の頃を指していた。
「翔ちゃん、晩ご飯食べてるかな。」
窓の外には街路樹のイルミネーションがキラキラと輝き始めていて。
今、隣に翔ちゃんがいたら一緒に綺麗だねって笑い合えるのになぁ…と。
今頃、家でひとりで晩ごはんを食べているであろう翔ちゃんに想いを馳せた。
ボクの勤める食器メーカーは毎年クリスマスに新作を発表する。
それに合わせて大々的なメディア展開やイベントの開催をする為、この時期のボクは多忙を極め。
帰宅が日をまたぐ事もザラで、翔ちゃんと顔を合わせるのは朝だけなんて日が続く。
「さて。報告書仕上げないと。」
12月に入り一段と寒くなったせいか、なんだか人恋しくて。
無性に翔ちゃんに会いたくなったボクは仕事を早く片付けて帰ろうとノートパソコンを開いた。
すると背後から背中をばしん!と叩かれ、驚いて振り返ると。
「おっつかれぇ!マーサキくん♪」
そこにガハハと豪快に大口を開けて笑う編集長が立っていた。
「編集長!お久しぶりです。」
「マサキくん。今日のクリスマスイベント良かったよ。私も新作のワイングラス、即オーダーしちゃったぁ。」
一年に一度のクリスマスイベントでは、新作をオーダーしてくれた人にメッセージや名前を彫るサービスをしている。
このサービスが好評で毎年クリスマスイベントは大盛況なのだ。
「編集長もイベントに来てくれてたんですね。新作のお買い上げもありがとうございます。」
「このメッセージを彫るサービス、マサキくんのアイデアなんだってね。今さっきキミんとこの会長と話しててさ。マサキくんのことすごく褒めてたから嬉しくなっちゃって。思わずオフィスまで押しかけて来ちゃった。」
そう言って編集長はまたガッハッハと笑った。
そんな彼女とウチの会長が意気投合している様子が目に浮かび、ボクが吹き出すと。
「マサキくん?なに笑ってんのぉ。」
「編集長とウチの会長、ものすごく気が合いそうだなぁって。」
「なんで分かるの?今度飲みに行こうねって約束したとこだよ。」
ボクはこのふたりが揃ったら怖いもんなしだ…と少々ビビりつつ、編集長の真っ赤なマニキュアに目を奪われていると。
「で。どうよ、新婚生活は。」
「…えっ?」
「なに照れてんのよぉ。ショウくんとの新婚生活に決まってるじゃん。」
突然切り出された新婚生活という言葉に戸惑うボクを編集長はニヤニヤして見ている。
「新婚って…。ボク達、高校生の頃から一緒に居るし、特に何も変わってないですよ?」
「って事は相変わらずラブラブってことかぁ。ショウくんに婚姻届の証人になってくれって言われた時はちょっと驚いたけど、今もふたりが幸せそうにしてるのが嬉しいな。」
10代の頃からボク達を知る編集長は感慨深そうに微笑む。
「マサキくんは知らないだろうけど。ショウくんが初めて指輪してきた日に社内がパニック状態になったんだよ。」
「…パニック?」
「いつもダッサイ黒ぶち眼鏡をかけてたショウくんが眼鏡外して出社したもんだから、あのイケメンは誰だ‼︎って大騒ぎになってさ。で、そのイケメンがあの黒ぶち眼鏡の櫻井くんと判明した途端、社内の全女子がいろめきだっちゃって。」
「え…翔ちゃんにそんなことが?」
翔ちゃんの会社でそんな事があったなんて知らなかったから、急に押し寄せてきた不安に唇を噛みしめていると。
「でもね。ショウくんの左手薬指に指輪が光ってるのを発見して全員が大撃沈!ショウくんもショウくんで左手の指輪を何度も眺めては嬉しそうにニヤニヤしちゃってさぁ。周りの女子なんてお構い無しで幸せオーラ垂れ流しよぉ。」
「えーっ意外!翔ちゃん、会社では割とクールにしてるっぽかったから。」
翔ちゃんとは長い付き合いだけど、会社での様子についてはよく知らなくて。
だから、編集長から聞かされる会社での翔ちゃんの様子が新鮮でドキドキした。
すると、思い出し笑いをしていた編集長がふと真顔になり。
「ショウくんね。社会人になってから色々と思い悩んだりしてたみたいだけど、マサキくんへのまっすぐな想いは学生の頃から全く変わってなくてさ。ショウくんとマサキくんを見てたら、お互いを大切に想い合う事ってこういう事なんだよなぁ…っていつも教えられるんだよね、私。」
ぽつりとそう呟き、目を少し潤ませてボクを見つめた。