「写真は記録」 | たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

『縁は、連結する』鉄道など交通を中心に興味の赴くままに、日々呟き語るブログ。
※最近すっかり鉄道ルポタージュ化してますが、言いたいことを素直に言うという意味でブログタイトルは変えてません。

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今日は自分にとって、特別な一日になったかもしれない。

自分の身体の半分には、東北県人の血が流れている。
あの惨劇から半年が過ぎ、未だ完全復興の道筋は見えぬ。
何より、あの揺れの瞬間は一生脳裏から消えることはない。

自分として、どうするべきか?どうあるべきか?

それに明確な答えはないと思う。

ただ、微力ながらも復興をひたすらに祈り、わずかながらでも支援すること。
それが同じ日本人として、人間としてできることだと信じて。

俺たちみんなBuddyだろっ!(by高田エージ)

今日も「忘れ得ぬ東北・ふるさとの鉄道風景」写真展に赴いた。
前回よりも一点一点丹念に鑑賞しつつ、計三回行われたギャラリートークにおいて
写真家先生方のお話・思いに耳を傾ける機会に恵まれました。

また今回も名だたる鉄道写真の先生方が会場に集われたが、中でも自分にとっては
タイトルにも書いた荒川好夫先生のお言葉がことのほか胸に強く響いた。

自分は正直な話、記憶の類いはあまり得意なほうではない。
それもあって、このブログを書き続け、また写真を撮り続けているのもある。
中には、煩わしいと感じたマイミクさんや仲間も居たのではなかろうか。

カメラを最初に手に取ったのは幼稚園の頃。
本格的に鉄道を被写体に撮り始めたのは小学校5年だった。
それでも、だいたいは旅や日常の目立ったものに対しての記録がほとんど。
ガッツリ本格的に取り組みを始めたのは、中井精也先生とお会いしてから。
更には、昨年秋の中央線201系の引退に際して。
だから、実のところここ数年の話だったりする。
特に、去年の今頃はただひたすらに撮り続けていた。

あぁ、自分が写真を撮り続けるのはこういうことなのか

と、改めて自らの撮影姿勢を見つめ直し、また間違ってなかったと確信できた。
その一分一秒を切り取り、記録し続ける事が正しいことなのだということを。

その一点だけでも、今日は足を運んだ価値が高かった。
もちろん、他に初めてお会いした先生方、久々にお会いした先生方の様々なお話も
聞くことができたのは大変に有意義な一日だった。

これまでも
今も
これからも


自分の考え・可能性を信じ、様々な試みで鉄道写真を撮り続けていこうと誓った。

ありがとうございます!

これからも、中々リアルタイムでの更新は難しいですが、一年一日一秒を切り取り
記録した写真を、自らの考えや日常ととも紹介していければと考えております。
今後もお読みいただければ嬉しく思います。
何卒よろしくお願い致しますm(_ _)m

さらに帰路、同じく出展されていた川井聡先生から打ち上げへのお誘いが!
参加したい気持ちは尚更だったが、この後の打ち合わせのスケジュールが詰まって
いたために泣く泣くニカちゃんに後を託した(笑)

あいつ、大丈夫かなぁ…(^_^;)