恐らく、周囲から見た子どもの頃の私は獣に近かったんだと思う。
何を言っても伝わらない
何を考えてるのか分からない
何を言ってるのか理解できない
毎日を流されてただ生きてるだけ
クラスメイトからの悪質なイジメが始まったのは小学5年生
何故嫌われてるのか、私には分からない
苗字をイジられ虫扱い
目つきが悪いせいですぐに絡まれる
授業中、発言するとクスクス笑われる
触るな汚いと罵られる
そんな自分の両掌を見ると傷だらけ
膿んでる箇所もあった
そりゃー汚いよね
触られたくないよね
それに、
継母の言う通り本当に臭かったかもしれない
だけど何の関わりも無い他クラスの知らない子からも通りすがりに悪口を言われるのは流石に堪えた
購入用に展示されている校内外活動写真には
私の顔にバツ印
よく見つけられたよね、こんな小さな写りまで
野外学習、修学旅行は記憶に無い
行かなかったのかも
元々は我関せず我が道を行くタイプ
それでも、
どうしてもしんどくて学校に行けない日は保健室登校してたけど、すぐに連絡が行っちゃうから喘息と生理の日以外は使えなくなった
だから、
登校するふりをして目立たない場所に隠れてた
合鍵なんて物は無かったから
継母が不在だと家には入れず
玄関先にランドセル置いて公園で時間を潰してた
夜が近くなると遊んでいた子達は段々と減り
一人でブランコやタコの滑り台で過ごす
変なおじさんに声を掛けられる事もしばしば
その頃弟はどうしてたんだろう
弟も家には入れなかった筈だから
姉弟と言ってもお互いがお互いの行動を知らなかった
学校から帰る時の一番の恐怖は
今日の継母の機嫌の良し悪し
帰宅して機嫌が悪いと始まるから
私は絶対に茶の間の窓側から離れない
始まったら裸足で窓から飛び出し玄関に回り、そっと自分の靴を手に持ち全力疾走
近所のマンションの屋上で自宅を見下ろす
弟の喘息の治療に良いからとスイミングスクールに通い始める
小5で無級スタート
周りは1〜2年生とか私よりも随分と小さな子ばかり
最初は肌を出すことがイヤでたまに傷跡に滲みて痛みを感じたけど、泳ぐことは沈んだ私の気持ちを軽くしてくれた
プールは週2回、スクールバスで通う
その内に家出した時もプールで時間を潰すようになった
レッスンじゃ無い日はもちろん泳げないけど、見学席から見知った子が泳いでる姿を見ているだけでも楽しかった
学校は辛かったけどスイミングスクールは居心地が良かった
プールに通う子は同じ小学校の子とは限らない
私と普通に喋ってくれる
同じ小学校の同じクラスの子も居たけど、彼女はスイミングでは仲良くしてくれた
たまにコーチがアイス奢ってくれたりして、空き時間には見学しながら泳ぎを教えてくれた
何よりも良かったのは
トイレがあって暑かったり寒かったりしない
変なおじさんも寄ってこない
あの塩素の匂いは私を安心させてくれた
そして最終のスクールバスで帰る
そんな私に継母は何も言わない
その代わり私の夕飯も用意されてなかったけどね
だけど、そんなたった一つの居場所も継母によって奪われてしまったんだ