住むライフ(SUMULIFE)|暮らしの裏ワザ、セール情報あれこれ

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仕事の考え方から住まい情報を発信。引越しから、お出かけ情報、クーポン情報など後悔しないコツをわかりやすく解説!

最近、改めて感じることがあります。

なぜか人が集まる人って、

別に、

話がめちゃくちゃ面白いわけでもない。

すごい肩書きがあるわけでもない。

いつも絶好調なわけでもない。

なのに、

その人が来ると、

なんとなく場が明るくなる。

そして、

気づいたら人が集まっている。

こういう人、いますよね。

-----

僕は、

「明るい人」って、

いつも笑っている人のことではないと思っています。

悩みもある。

疲れている日もある。

嫌なことだってある。

それでも、

人に会ったときに、

「おはよう!」

と笑って言える。

「ありがとう!」

をちゃんと言える。

誰かの話を、

「それ、いいね!」

と受け止められる。

たったそれだけ。

でも、

この「たったそれだけ」が、

意外と大きい。


逆に、

ものすごく疲れている人が、

「おはようございます……」

と、

まるで今日の天気まで
恨んでいるような顔で入ってくると、

こっちまで、

「今日、何か悪いことしました?」

という気分になる(笑)。

人って、

言葉だけじゃなく、

「空気」も受け取っているんですよね。


だから、

明るい人の周りに人が集まるのは、

その人が悩みのない人だからではない。

むしろ、

自分の機嫌を、
必要以上に周りに預けない人

なんじゃないかなと思います。

嫌なことがあった。

だから、

周りにも不機嫌をまき散らす。

これは簡単です。

でも、

嫌なことがあっても、

「まあ、それはそれとして」

と一度切り替える。

これができる人は強い。


もちろん、

いつも笑顔でいる必要なんてありません。

つらい日は、

「今日はちょっと疲れたな」

と言っていい。

落ち込んでもいい。

泣いたっていい。

無理して明るく振る舞う必要はない。

大切なのは、

暗い日があっても、
暗さを人にぶつけないこと。

なんだと思います。


そして、

明るい人って、

実は「否定」が少ない。

誰かが、

「これやってみたい」

と言ったら、

「無理じゃない?」

ではなく、

「いいじゃん、やってみたら?」

と言う。

誰かが失敗したら、

「だから言ったでしょ」

ではなく、

「次どうする?」

と言う。

誰かが頑張っていたら、

「頑張ってるね」

と声をかける。

これだけで、

その場の空気って変わります。


人間関係って、

大きな出来事より、

こういう小さなことの積み重ねなのかもしれません。

笑顔で挨拶する。

気持ちよく返事する。

ありがとうと言う。

人の話を最後まで聞く。

誰かの成功を素直に喜ぶ。

逆に、

無視する。

不機嫌な返事をする。

ため息をつく。

何でも否定する。

感謝を忘れる。

こういう小さなことも、

毎日積み重なっていきます。


そして、

人って面白いもので、

「楽しい人」のところには、

楽しい話が集まりやすい。

「相談しやすい人」のところには、

相談が集まる。

「応援してくれる人」のところには、

応援したい人が集まる。

つまり、

自分が出しているものが、

少しずつ周りに返ってくる。


だから、

人間関係を良くしたいなら、

「もっと人に好かれなきゃ」

と頑張るより、

まず、

自分がどんな空気を出しているかを

少しだけ見てみる。

最近、

ちゃんと挨拶してるかな。

「ありがとう」を言ってるかな。

人の話を聞いてるかな。

誰かのことを、

無意識に否定してないかな。


明るさって、

テンションの高さではないと思う。

大声で笑うことでもない。

いつも元気でいることでもない。

むしろ、

一緒にいる人が、
少しだけ安心できること。

「この人といると、
なんかラクだな」

そう思ってもらえること。

それが、

本当の意味での「明るさ」なのかもしれません。


そして、

そんな人は、

別に自分から人を集めようとしない。

ただ、

気持ちよく挨拶する。

ありがとうと言う。

人の頑張りを認める。

困っていたら手を貸す。

くだらないことで笑う。

そうしているうちに、

いつの間にか、

「あの人のところに行こう」

となっている。

人って、

案外そういうところに惹かれるんですよね。


僕も、

いつでも明るくいられるわけではありません。

イライラする日もあるし、

「今日は誰とも話したくない(笑)」

という日もあります。

でも、

そんな日ほど、

誰かに当たらない。

挨拶だけは気持ちよくする。

「ありがとう」だけは言う。

それくらいは、

意識していたいと思っています。


明るさは、

自分のためだけじゃない。

一緒にいる人の心を、

ほんの少し軽くする力がある。

だから、

今日も無理に元気を出す必要はないけれど、

会った人に、

「おはよう」

「ありがとう」

「いいね」

を一つ多く言ってみる。

それだけで、

自分の周りの空気が、

ほんの少し変わるかもしれません。

そして、

そんな小さな明るさが、

人とのご縁を育てていくんだと思います。

今日も、

明るく、朗らかに。

そして、

できれば少し笑って。

今日も素敵な一日を✨

人間関係の相談を受けていると、

「嫌いな人がいる」

という悩みより、

「この人と、どのくらいの距離で付き合えばいいんだろう?」

という悩みのほうが、

実は多い気がします。

近づきすぎて疲れる。

気を遣いすぎて疲れる。

離れたいけど、離れられない。

逆に、

「もう少しちゃんと話せばよかったな」

と後悔することもある。

人間関係って、

近ければいいというものでもない。

遠ければいいというものでもない。

どうやら人付き合いにも、

「適温」

があるみたいです(笑)。

-----

距離感が上手い人は、人生もラクになる

-----

以前、

ものすごく人付き合いが上手な人を見ていて、

「この人、誰とでも仲良くなるな」

と思ったことがあります。

でも、よく見てみると、

実は誰とでも仲良くしているわけじゃない。

むしろ、

人によって距離が全然違う。

すごく親しく話す人もいる。

必要なことだけ話す人もいる。

少し離れて見守っている人もいる。

それなのに、

誰にも冷たいと思わせない。

これって、

結構すごいことだと思うんです。

-----

僕たちはつい、

「仲良くする=距離を縮める」

と考えてしまいます。

たくさん話す。

頻繁に会う。

何でも相談する。

何でも分かり合おうとする。

でも、

人によっては、

それが苦しい。

毎日連絡が来る。

何でも聞かれる。

「どうして?」

「なんで?」

「今どこ?」

「何してる?」

好きな人からでも、

「ちょっと待って(笑)」

となることがあります。

人間関係にも、

どうやら「既読スルーしたくなる距離」というものがある(笑)。

-----

逆に、

距離を取りすぎるのも問題です。

「忙しいからまた今度」

「落ち着いたら連絡する」

「そのうち会おう」

と言っているうちに、

本当に疎遠になってしまう。

人間関係って、

放っておけば勝手に育つものでもない。

植物と同じで、

水をあげすぎてもダメ。

あげなさすぎてもダメ。

人間関係も、

水やりの加減が難しい(笑)。

-----

だから、

距離感が上手な人って、

「全員に同じように接する人」

ではないんだと思います。

この人には、

今は話を聞く。

この人には、

少しそっとしておく。

この人とは、

くだらない話をする。

この人とは、

必要な話だけする。

この人には、

何も言わず見守る。

相手によって、

ちょうどいい距離を変えている。

-----

そして、

ここが意外と大事なのですが、

距離感が上手な人は、

相手を変えようとしません。

「もっと連絡してよ」

「もっと話してよ」

「もっと分かってよ」

と思い始めると、

どんどん苦しくなる。

相手には相手のペースがある。

自分には自分のペースがある。

「この人は、こういう人なんだな」

と分かってしまえば、

それだけで少しラクになる。

-----

もちろん、

何でも我慢する必要はありません。

嫌なことをされたら、

ちゃんと伝えていい。

傷つけられ続けるなら、

距離を取っていい。

大切な人だからといって、

何でも許す必要はない。

むしろ、

大切な人だからこそ、

無理をしないことも大切なんだと思います。

-----

そして、

距離感が上手な人は、

自分との距離感も上手です。

これ、

結構大事だと思っています。

疲れているのに、

「まだ頑張れる!」

と自分を追い込まない。

失敗したら、

「なんで自分はダメなんだ」

と追い打ちをかけない。

頑張ったら、

ちゃんと休む。

落ち込んだら、

少し時間を置く。

自分に対しても、

近づきすぎない。

-----

自分の失敗を、

一番近くで見ているのも自分。

自分の欠点を、

一番よく知っているのも自分。

だからこそ、

たまには少し離れて、

「まあ、人間だしね」

くらいで見てあげる。

自分に対して、

24時間監視カメラを向けなくてもいいんです(笑)。

-----

人間関係で疲れたとき、

「誰が悪いんだろう?」

と考えるより、

一度、

「この人との距離、近すぎないかな?」

と考えてみる。

逆に、

「本当は大切なのに、

放っておきすぎてないかな?」

と考えてみる。

近づく。

離れる。

また近づく。

その時々で調整していけばいい。

-----

人間関係って、

一度決めた距離を、

一生守らなければいけないものでもありません。

昨日は近くても、

今日は少し離れたい。

それでいい。

今は距離があっても、

何年後かにまた近づくこともある。

人生って、

そういうことの繰り返しなのかもしれません。

-----

だから、

「誰とでも仲良くしなきゃ」

と頑張らなくていい。

大切な人には、

ちゃんと時間を使う。

合わない人とは、

無理をしない。

必要なときは寄り添う。

必要なときは見守る。

そして、

自分自身にも、

少し優しくする。

-----

近すぎても苦しい。

遠すぎても寂しい。

その間にある、

「ちょうどいい距離」

を見つけられる人は、

人間関係だけじゃなく、

人生そのものも、

少しラクに生きられるんじゃないかなと思います。

人付き合いは、

「近づく技術」だけじゃなく、

「ちょうどよく離れる技術」

も大切なのかもしれません。

今日も、

近づきすぎず、

離れすぎず。

人との距離も、

自分との距離も、

ちょうどよく。

今日も素敵な一日を✨

「なんでこんなことしたの?」

「普通は分かるでしょ」

「だから言ったじゃん」

「誰がやったの?」

何か問題が起きるたびに、

犯人探しが始まる。

まるで、

社内版・名探偵コナン(笑)。

でも、

本当に大切なのは、

「誰が悪いか」

より、

「これからどうするか」

だったりします。


もちろん、

ミスをしたら注意することも必要です。

間違ったことを放置するのも違う。

でも、

人を責め続けることと、

問題を解決することは、

同じではありません。


以前、

誰かがミスをしたときに、

ものすごい勢いで責められている場面を見たことがあります。

「なんで?」

「どうして?」

「普通はこうするよね?」

「ちゃんと考えた?」

正論が、

どんどん飛んでくる。

たしかに、

言っていることは間違っていない。

でも、

その場にいた人たちは、

だんだん静かになっていった。

そして、

次から誰も、

その人に相談しなくなった。


これって、

実はかなり怖いことです。

怒られた本人だけじゃない。

周りで見ていた人も、

「失敗すると、ああなるんだ」

と学習してしまう。

すると、

問題が起きても報告しない。

分からなくても聞かない。

失敗しても隠す。

そして、

「問題がなくなった」のではなく、
「問題が見えなくなった」

だけになる。


人を責める人が、

最初に失うもの。

それは、

「信頼」なのかもしれません。

そして次に失うのが、

「本音」

です。

「実は、ここが問題です」

「本当はこうしたかったです」

「ちょっと困っています」

こういう話を、

誰も言わなくなる。

なぜなら、

「また怒られるかもしれない」

と思うから。


すると、

周りには、

「はい」

「分かりました」

「気をつけます」

しか言わない人が増えてくる。

一見、

すごく順調です。

反対意見もない。

トラブルも聞こえてこない。

でも、

ちょっと待って。

それ、

会社が平和なんじゃなくて、
みんなが黙っているだけかもしれません(笑)。


そして、

人を責めることがクセになると、

もう一つ失うものがあります。

それは、

自分を見る機会。

「社員が悪い」

「相手が悪い」

「環境が悪い」

「最近の人は……」

原因を全部外に置いてしまえば、

自分は何も変えなくていい。

これは、

ものすごくラクです。

でも、

当然ながら、

何も変わりません。


たとえば、

「なんで報告してくれなかったんだ?」

と怒る前に、

「なぜ、この人は報告できなかったんだろう?」

と考えてみる。

怒られると思ったのかもしれない。

忙しそうで声をかけられなかったのかもしれない。

どこまで自分で判断していいか分からなかったのかもしれない。

もしかしたら、

自分の普段の態度が、
原因の一つだったかもしれない。

ここまで考えると、

「相手だけが悪い」

という話ではなくなってきます。


もちろん、

何でも許せばいいわけではありません。

注意する。

ルールを決める。

責任を明確にする。

必要なことは、
ちゃんとやる。

ただ、

「責める」と「正す」は違う。

ここは、

かなり大事だと思っています。


「なんでできないの?」

と言われるのと、

「どこで難しくなった?」

と言われるのでは、

同じ問題でも、

答える側の気持ちは全然違う。

前者なら、

「すみません……」

で終わる。

後者なら、

「実はここで困っていました」

が出てくる。

この違いが、

次の改善につながります。


そして面白いことに、

人を責めない人ほど、

周りから本音を言ってもらえます。

「実は、それ違うと思います」

「こうしたほうがいいんじゃないですか?」

「ちょっと危ないかもしれません」

そんな耳の痛い話が聞ける。

これって、

かなり貴重です。


逆に、

何を言っても怒る人の周りには、

だんだん、

「そうですよね!」専門家

ばかりが集まってくる(笑)。

本人は、

「みんな分かってくれている」

と思う。

でも、

本当は、

みんな何も言わなくなっただけ。


だから、

誰かにイライラしたとき、

一度だけ、

「この人を責めたら、
何が良くなるんだろう?」

と考えてみる。

もちろん、

腹が立つときは腹が立つ。

僕だって、

「いや、それは違うだろ!」

と言いたくなることはあります(笑)。

でも、

その一言を出す前に、

「じゃあ、ここからどうする?」

に変えられたら、

少し未来が変わるかもしれません。


そして、

忘れたくないのが、

「ありがとう」。

うまくできたときだけじゃない。

失敗しても報告してくれた。

困ったときに相談してくれた。

勇気を出して意見を言ってくれた。

そんなときにも、

「ありがとう」

と言える人でいたい。


人を責めるのは簡単です。

誰か一人を悪者にすると、

話も分かりやすい。

でも、

人を活かすのは難しい。

相手の話を聞く。

自分にも原因がなかったか考える。

失敗しても、
もう一度挑戦できる場所を作る。

そして、

うまくいったら一緒に喜ぶ。


人を責め続けると、

信頼を失う。

本音を失う。

そして、

自分自身を見つめる機会まで失ってしまう。

だから、

問題が起きたときこそ、

「誰が悪い?」

ではなく、

「ここから、どうする?」

を考えたい。

人を責めるより、

人を活かす。

そのほうが、

きっと長い目で見れば、

自分にも周りにも、

ずっといい結果を生むんだと思います。

今日も、

犯人探しより、

解決策探しでいきたいですね😊

人って不思議です。

「この人のこと、応援したいな」

と思う人がいる一方で、

どれだけすごい人でも、

「まあ、頑張ってください」

で終わってしまう人もいる。

この違いって、
なんなんでしょうね。

お金でもない。

肩書きでもない。

実績だけでもない。

むしろ、

ちょっと不器用で、
ちょっと心配になるくらい一生懸命な人に、

なぜか人は手を貸したくなる。

今日は、そんなことを考えていました。

-----

 

以前、

ものすごく頑張っている人を見たことがあります。

何をやっても、
最初からうまくできるわけではない。

失敗もする。

段取りも悪い。

たまに空回りもする(笑)。

でも、

「もう少しこうしたほうがいいよ」

と言われると、

「ありがとうございます!
やってみます!」

と言って、

本当にやってみる。

そしてまた失敗する(笑)。

でも、

またやる。

そんな姿を見ていると、

不思議と、

「この人、応援したくなるな」

と思うんですよね。


たぶん人は、

完璧な人を応援したいわけじゃない。

一生懸命な人を応援したくなる。

失敗しない人ではなく、

失敗しても、

「もう一回やってみます」

と言える人。

そんな人を見ると、

「何かできることないかな」

と思ってしまう。


そして、

応援される人って、

「助けてください!」

と言うのが上手な人でもあると思います。

これ、

意外と大事です。

何でも自分一人でやろうとする人は、

周りからすると、

「手伝っていいのかな?」

となる。

でも、

「これ、ちょっと助けてもらえませんか?」

と言われると、

「いいよ」

と言いやすい。

人って、

頼られると、
ちょっと嬉しいものです(笑)。


ただし、

ここで大きな違いがある。

助けてもらったあと、

「ありがとう!」

と言える人と、

「まあ、それくらいやってくれるよね」

となる人。

この差は大きい。

一度助けてもらった人が、

「本当に助かりました」

と嬉しそうに言ってくれたら、

不思議なもので、

「また何かあったら言ってね」

と言いたくなる。

逆に、

助けてもらうことが当たり前になると、

人は少しずつ離れていく。


そして、

応援される人は、

自分も誰かを応援している。

これも面白いところです。

誰かが頑張っていたら、

「頑張ってるね」

と言う。

誰かが挑戦していたら、

「面白そうじゃん」

と言う。

誰かがうまくいったら、

「よかったね!」

と一緒に喜ぶ。

別に、

お金を渡す必要もない。

大きなことをする必要もない。

たった一言でいい。


こういう人の周りには、

なぜか人が集まります。

そして、

その人が何かを始めると、

「応援するよ」

と言ってくれる人が出てくる。

これは、

人脈が広いからでもない。

営業が上手だからでもない。

普段から、人のことをちゃんと見ているから。

なんだと思います。


逆に、

「自分だけ成功したい」

「自分だけ得したい」

「自分の話を聞いてほしい」

という人のところには、

人が集まっているように見えても、

なかなか長続きしない。

人は、

利用されていると感じる場所からは、
静かに離れていくから。


だから、

「もっと応援されたい」

と思ったとき、

「どうしたら応援してもらえるかな?」

と考えるより、

一度、

「最近、誰かを応援したかな?」

と考えてみる。

誰かの話をちゃんと聞いたか。

誰かの頑張りを認めたか。

誰かに「ありがとう」と言ったか。

誰かの挑戦を、
素直に喜べたか。


そして、

もう一つ。

応援される人って、

夢を語るのが上手な人とは限らない。

むしろ、

「こんなことやってみたいんです」

と少し照れながら話す人だったりする。

まだ何も決まっていない。

成功するかも分からない。

本人だって、

「本当にできるかな」

と思っている。

でも、

それでも一歩踏み出そうとしている。

そんな姿を見ると、

人は、

「頑張れ」

と言いたくなる。


たぶん、

人が応援したくなるのは、

「成功しそうな人」だけじゃない。

「本気でやろうとしている人」

なんですよね。

だから、

完璧じゃなくていい。

格好よくなくていい。

失敗してもいい。

ちょっと不器用でもいい。

「やってみます」

と言って、

本当にやってみる。

そして、

助けてもらったら、

「ありがとう」

と言う。

今度は誰かが困っていたら、

自分も手を差し出す。

それを繰り返していると、

いつの間にか、

応援する人と、
応援される人が、

入れ替わっていく。


人生って、

一人で頑張っているように見えて、

実は、

誰かの「頑張れ」に
背中を押されながら進んでいるのかもしれません。

だから僕も、

「応援される人になろう」

とするより、

まずは、

「誰かを応援できる人でいよう」

と思っています。

そのほうが、

なんだか自然だし、

その先で誰かが、

「この人、応援したいな」

と思ってくれたら、

それはちょっと嬉しいですよね😊

今日も、

誰か一人くらい、

応援してみようと思います✨

世の中には、

なぜかまた会いたくなる人がいる。

ものすごく話が上手いわけでもない。

特別おもしろいことを言うわけでもない。

すごい実績があるわけでもない。

なのに、

帰り道にふと思う。

「なんか、あの人よかったな」

こういう人っていますよね。

逆に、

話はめちゃくちゃ上手い。

知識もある。

仕事もできる。

なのに、

なぜかもう一度会いたいとは思わない。

この差って、
なんなんだろう。


僕は最近、

「好かれる人って、
何か特別なことをしているんじゃなくて、

嫌われることを、
わざわざしていない人なんじゃないか」

と思うようになりました。


例えば、

人によって態度を変えない。

店員さんに偉そうにしない。

立場が弱い人をいじらない。

人の失敗を笑いものにしない。

その場にいない人の悪口で盛り上がらない。

約束を軽く扱わない。

話を聞いている途中で、
スマホばかり見ない。

……。

一つ一つは、

「そんなの当たり前じゃん」

と思うことばかり。

でも、

この“当たり前”を、
ずっと続けられる人って意外と少ない。


そして、

好かれる人って、

自分を大きく見せようとしない。

「こんな人知ってる」

「昔こんなことやってた」

「俺だったらこうする」

と、

会話のたびに自分の実績を
追加していく人もいる。

もちろん、
自慢したくなる気持ちは分かる。

僕もあります(笑)。

人間ですから。

でも、

本当に魅力的な人って、

意外と、

**「知らない」

「分からない」

「それ、教えて」**

が言える。


そして、

人の話をちゃんと聞く。

自分の話をするより、

相手の話を面白がる。

「それでどうなったの?」

「へぇ、それは知らなかった」

「それ、面白いね」

たったこれだけ。

でも、

話した人は、

「この人といると、
なんか自分のことを分かってもらえる」

と感じる。

人って、

自分を楽しませてくれる人より、

自分が自然体でいられる人

を好きになるのかもしれません。


だから、

「好かれよう」

と頑張りすぎなくていい。

面白いことを言おう。

気の利いたことを言おう。

すごい人に見せよう。

そうやって頑張りすぎると、

だんだん疲れてくる。

そして、

一番大事なものが消えてしまう。

自然体。


以前、

ものすごく感じのいい人と話したことがあります。

特別なことを言っていたわけではない。

こちらの話を聞いて、

笑って、

たまに質問して、

「それは大変だったね」

と言う。

それだけ。

なのに、

帰ったあと、

「また会いたいな」

と思った。

そのとき、

「人に好かれるって、
こういうことなのかも」

と思いました。


逆に、

人が離れていく人って、

「嫌われよう」としているわけじゃない。

むしろ、

好かれたいと思っている人も多い。

でも、

自分を良く見せることに夢中になって、

人を見下してしまう。

正しさを証明したくて、
相手を言い負かしてしまう。

自分の話をしたくて、
相手の話を奪ってしまう。

冗談のつもりで、
相手のコンプレックスをいじってしまう。

そして、

本人は、

「そんなつもりじゃなかった」

と言う。

これが一番難しいところ。


人間関係って、

「何をしたか」だけじゃなく、

「一緒にいると、
どんな気持ちになるか」

なんですよね。

正論を言ってくれる人でも、

安心できる人はいる。

厳しいことを言われても、

「この人は自分のことを考えてくれている」

と感じることもある。

逆に、

優しい言葉しか言わなくても、

なぜか信用できない人もいる。

結局、

言葉より、

その人から出ている空気みたいなものって、
伝わるんだと思います。


だから、

もっと好かれたいと思ったら、

何かを足すより、

一度、

「余計なものを減らす」

ほうがいいのかもしれません。

見栄を減らす。

マウントを減らす。

悪口を減らす。

人を急かすのを減らす。

「自分が正しい」を少し減らす。

そして、

「ありがとう」を増やす。


人って、

すごい人には憧れる。

でも、

安心できる人には、
心を開く。

そして、

心を開いた相手には、

「また会いたい」

と思う。


だから、

好かれる人って、

実は、

何かを“盛った人”ではなく、

余計なものを削ぎ落とした人

なのかもしれません。

無理に面白くしなくていい。

無理に賢く見せなくていい。

無理に大きく見せなくていい。

ただ、

人を雑に扱わない。

約束を軽くしない。

相手の話をちゃんと聞く。

分からないことは、
「分からない」と言う。

そして、

一緒にいる人が、

「なんか、この人といると楽だな」

と思える人でいる。

それだけで、

十分魅力的なんじゃないかなと思います。


そして、たぶん一番大事なのは、

「好かれようとしないこと」

なのかもしれません。

好かれようとすると、
自分を演じてしまう。

でも、

誠実にしていると、

気づいたら、

「また会いたい」

と言ってくれる人がいる。

そういう関係のほうが、

なんだか長く続く気がします。

今日も、

「好かれるために何をしよう?」

ではなく、

「人に嫌な思いをさせる余計なことを、
一つ減らそう」

くらいでいきたいと思います。

そのほうが、
ずっと自然で、

ずっと人間らしい。

#人間関係 #生き方 #信頼 #コミュニケーション #考え方