彼女と私の2日目
二日目。
彼女の家に戻って、朝からご馳走になり、
この日開かれる市場に連れて行ってもらった。
そして彼女と彼女のパパと、畑道を歩いて、ある土楼へ。
そこは観光地から少し離れた、以前彼女が住んでいた土楼。
土楼に着くなり、同じ土楼の住民同士、話が盛り上がる。
私も入口の門の所に腰かけて、全く分らない彼らの客家語に耳を傾ける。
私が日本人だ。と言う事が分っても、 「そうかそうか」 と、
にこやかに頷いて、嫌な顔をされなかった。
良かった。
ちょっと、ドキドキする瞬間。
何を言ってるかサッパリ分らず、座っているだけだったけど、
自分が空気になって、彼らの生活に溶け込んだ様な、
そんな時間を、ものすごく心地よく感じていた。
昼食も自然に一緒に食べるようになっていて、
その後は、彼女のベッドで一緒にお昼寝。
もうすっかり心の壁もなくなっていた。
お昼寝後は、パパとバスに乗って別の土楼へ。
土楼はサクッと見ただけだったけど、帰りのバス待ち中、
パパの知り合いの人の所へお邪魔したり、結構楽しかった。
しかも、そこからバイクで3人乗りして帰宅。
まさかのバイク3人乗り、お初です。
夕食も、もちろん一緒。
次の日の帰りのバスは朝早いし、
土楼から彼女の家には寄らずにバスに乗ろう。
だからこの夕食が、2人との最後のひと時だ。
と覚悟を決めていたら、「今日は土楼に泊まる?うちに泊まる?」と聞かれた。
ここに泊まる選択肢なんて、残されていたの!?
さっきまでの覚悟は一瞬で飛んで、「ここに泊まる」と即答した。
もうこの際だから、最後まで迷惑かけるけど、最後まで一緒にいようと。
最後の夜、本当にありがとうと。あなたに会えて良かったと。
すっかり忘れてしまった中国語で何とか伝えて、
また2人並んで目を閉じた。
彼女と私の1日目
1日目、承啓楼と、その横に2つ四角楼を見学。
土楼は、円楼が有名だけど、四角のもある。
承啓楼のガイドをしていると言う友人を紹介してくれて、
その人の家に泊めさせてもらう事になった。
夕食も彼女の家で食べさせてもらい、
シャワーまで使わせてもらった上に、
最低限の荷物だけ持って、彼女と土楼へ。
懐中電灯を頼りに、4階の部屋に行くと、
8畳ほどの部屋にベッドと机だけがある。
床が若干傾いていて、足元もボコボコしてる。
もう、誰も住んでいないらしかった。
その友人さんは、キレイな布団を敷いてくれ、
部屋の鍵とバケツを置いていってくれた。
トイレが土楼の外にあるので、
これがトイレの代わりになる。
つまり、「おまる」。
別れ際、彼女が笑顔でこう言ってくれた。
「明日、朝ご飯を食べにまた家においでね。何時でもいいから」 と。
どこまで・・・どこまでいい人なんだろう。
土楼に行く前も、「夜は寒いから布団掛けてね」とか。
良い人そうな自信はあったけど、想像以上に良い人だった。
感動を噛みしめながら、新しく持ってきた虫よけスプレーを
念のために、と布団にシュッシュッってしてみたら、
虫よけの「ハーブオイル」だったようで・・・。
真新しい布団と自分の服にできた、オイルスプレーのシミ。
布団のシミを何とかしなくては!!と焦って、感動台無し。
早く乾くようにと全身で布団を温めてみた。
しっかり者の彼女に比べて、私って・・・。
シミも無事に消え、隣人の大音量の音楽を聞きながら、
1日目は深い眠りについたのでした。
土楼へ
アモイ空港到着後、直接、長距離バスターミナルへ。
アモイ、初めての上陸なのに、全く立ち寄らず・・・。
なんとか切符買えたけど、時間的に他の所へ行くバス。
だけど目的地は土楼になってるし・・・要乗換か??
よく分んないけど、とりあえずバス待ち。
隣のベンチに座った女の人のチケット見ると、
行き先が同じっぽかったから、チラチラ見ていたら
「家に帰るの」と言われた。まさか、地元民!!?
「土楼に泊まりたいんだけど、泊まれる所を知ってる?」
と聞いたら、「うちに泊まりな」と言ってくれた。
ま・・・まじですか!?
しかも、バスも一緒だったから、
降りる時に声かけてくれるって。
わーいわーーーい![]()
って事で、安心してバスに乗ったらば、
チケットに座番号書いてあるのに、
「自由に座って」 方式だった。
とは言っても、知らない人のお宅に突然行くわけにもいかず、
用心用心。と思いつつも、到着後すぐにお邪魔しちゃいました。
しかも・・・家、土楼じゃないし![]()
家に着いたら、すぐに身分証を見せてくれた。
そして昼食作ってくれた。
あ、ありがたい・・・。
昼食をごちそうになった後、土楼まで案内してくれる事に。
貴重品だけ持って、荷物はそのまま置かせてもらい、土楼へ。
これが・・・これが、ずっと見たかった、『客家福建土楼』
これ、家です。
すごく、大きいです。
今も人が住んでいます。
古い物だと(私が見たのは)600年以上前に建てられた、
客家(はっか)の人々が暮した、立派な家です。
ちなみにこの承啓楼は314年前のもの。
402部屋ある(と言っていた気がする・・・)。
かつては600人以上がここで暮したようだけど、
今は住んでる人はだいぶ少なくなっていた。
すごい、思ったよりもキレイで感動。
来て良かった。これて良かった。
でも、まだまだ永定には着いたばかり。
まだ彼女とも、会ったばかりなのでした。


