日本は、平日勤務の会社員なら、5連休中。

雨続きです。

最近は、連休に台風🌀や大雨が良く来る。

9月に入っても雨ばかり。



今は、ユダヤ人にとっては、大事なお祭りが続いている。

新年にはちみつ🍯とりんご🍎を食べたり、贖罪の日は断食したり。



私のルーツの地、イングランド。

旅行や仕事で頻繁にロンドンを訪れる度にイングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿への思いが強くなる。

以前は、私はアメリカ生活が一番合っていると思ったけれど、イングランドが私を異常なまでに惹きつける。イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿病を発症している。


エリザベス女王は、おじさんが王位を捨てなければ、女王になる事は無かったかも知れない。


でも、大病無く、長きに渡り女王を全うされた。

王室は嫌いでも今でも女王を好きなイギリス人は多いと思う。

幼少期や若い頃の写真や動画を見るとその落ち着きや身振り、女王になるべくして生まれた方。



このお手振り。

手のひらを人に向けてはいけないのだそう。

晩年のクイーンマザーのお手振りは、上品でうっとりした。



エリザベス女王と比較するなど畏れ多いけれど、私の祖母にも私に繋がる運命が有る。


イングランド生まれの祖父と日本からやって来た私の母方の祖母は、大学で出会った。

祖母が渡る前にイギリスでの女性教育が進んでいたらしい。


ユダヤ人は、歴史上、国外に追放された事が有る。

イギリス(イングランド)におけるユダヤ人の追放。

1290年、国王エドワード1世により発令。


1655年頃にオリバー・クロムウェルによって再入国が認められた。大昔のご先祖様は、イギリスに戻ったらしい。


祖父母が出会った頃、アメリカの大学ではユダヤ人の入学者数の制限が有った時代だ。

実際に親戚達は、アイビーリーグで人数制限をくぐって入学している。


祖母、海外渡航が自由化される前の時代に若い女性が良くもイギリスまで行ったものだと思う。

イギリスを勧めたのは、祖母の両親だったそうだ。


結婚前に祖母は自分の意志で正統派のラビの元でユダヤ教に改宗した。

祖母の家系は、もとはカトリックだ。

クリスチャンの祖母には聖書もユダヤ教も馴染みが有った。


祖母が改宗していなかったら、私はユダヤ人ですと言うには語弊が有った。

何故なら、ユダヤ人の母から生まれた子はユダヤ人となる。または、手続きを踏んだ改宗者がユダヤ人。

父親は誰でも良いんか?なのだ。


私の母は、改宗者の祖母から生まれたからユダヤ人。母から生まれた私もユダヤ人。

父方もイギリスをルーツとするユダヤ人。

私がユダヤ人がどうかは、母親次第なのだ。

ただ、アメリカの改革派などでは、父親がユダヤ人なら子供はユダヤ人とされるなど色々だ。


イスラエルでは、正統派の改宗がユダヤ人と認められ、改宗が終わるまで1年から2年かかる。

イスラエルで結婚前に改宗した友人は、一年以上勉強した。

ユダヤ教は、一切布教しない。

正統派は、改宗したいと申し出ても何度かは断られる。それでもやりたい人を受け入れる。

排他とは違う、本当にやりたいんだね?の確認。


もし、イギリスに渡った祖母が改宗していなければ、私の人生は変わっていただろう。

カトリック教徒だったかも知れない。


エリザベス女王と亡くなった祖母、雰囲気がよく似ていた。人からもそう言われるのが嬉しかった。



もともと欧米人?と言われていた見た目。

祖母もかなりおちゃめだったし、まるでイングランド生まれかの様なユーモアのセンスを持っていた。


エリザベス女王が亡くなった日、私は祖母と一緒だった。一緒にニュースを見ていたけれど祖母は動じなかった。その約2ヶ月後、女王と同じ様に老衰で亡くなった。


エリザベス女王、亡くなる数日前に新首相と会われていた。王配が亡くなってからはかなり痩せたし、この面会ではかなり小さくなり、衰えているのがわかった。

公式の場ながら、普段着らしきセーターにスカート姿だった。着替えるのもお辛かったのだろう。最後の力を振り絞ったのだろう。


祖母も亡くなる10日前まで衰えながらも普通に暮らしていた。頭はしっかりしていたけれど、それまでに気力、食欲は少しずつ落ちていた。

10日でストーンと落ちた身体。


その2年前に亡くなった祖父や自分の両親がいる所に行きたいと言い出した。寝ている間も手が宙を探る様だった。

祖母は最期の時が分かっていた。

きっとエリザベス女王もご自身の最後の時はわかっていらしたと思う。

女王も祖母も大往生と言うのだろう。


女王や祖母の様な逝き方、理想的だ。

でも、なかなか難しい。