メッセージ① | チャイロの赤裸々日記

チャイロの赤裸々日記

プライベートの日記です(・∀・)

時には真面目に

時には面白おかしく

チャイロのすべてを書いていきます。

いま福岡の博多に来ています。


お仕事以外に来た理由が一つあります。



それは

高校一年生になる女の子に 

会いたくて やって来ました。





彼女は両親の顔を知りません。



生まれてすぐに 母親が亡くなり

父親は 彼女が生まれる前に

出ていかれたそうです。



彼女と出会ったのは 彼女が5年生の頃。


施設育ちで とても内気な性格。



虐めを受けたこともあって お話しをしても

なかなか打ち解けてくれませんでした。



少しずつ少しずつ ようやくお話ししてくれるようになったのは

あるご夫婦が 彼女を養子として迎えたいと

言ってくれた頃からでした。



彼女は初めての両親ができることに ものすごく喜んでいました。



嬉しさのあまり まだ見ぬ父と母に

いっぱいの想いを込めた手紙を 何度も何度も書き直しながら

感謝の気持ちを綴っていたことを よく覚えています。



「いい子にならなきゃ…」そんな想いもあったかもしれません。




そんな彼女がいつか ある手紙のようなものを

大事に持っていたことがありました。




手紙を見せてもらうと それは彼女が書いた手紙でもなく

彼女が誰かからもらった手紙でもなく

インターネットから見つけた 誰のものか分からない手紙でした。






手紙の内容を ご紹介します。



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最後のお弁当



この間 おふくろが一時退院してきた。


すい臓癌で あと半年持つか持たないか

って事らしい。


本人には告知していない。

多分 これが最後の帰宅になるかもしれないとの事。


いつもは 

離れた街で 一人暮らししていた俺は

おふくろの一時帰宅に合わせて 実家に戻っていた。


でも月曜日の朝 仕事があるので

朝早く 車で出勤することにした。


そしたらおふくろ 朝早いのにちゃんと起きてて

おにぎりを握って 持たせてくれた。


そして 俺の車が見えなくなるまで  

見送ってくれた。



多分 これがおふくろの作る  

最後の弁当かと思い 泣きながら食べた。


おふくろの塩味のおにぎり そして 俺の涙の塩味で

いつもよりも更に 塩っ辛くなった。


その味を かみ締めればかみ締めるほど

涙が止まらなかった。


もう涙で前が見えない。 


次の日 おふくろは病院に帰っていった。


奇跡でも何でも良いから 治ってほしい。



おふくろの握ったおにぎりを また食べたい。


俺が帰えれる場所を まだ残しておいて欲しい。



暖かい家庭を。

暖かい家族を。



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彼女は今 温かいご夫婦の元で

幸せに暮らしています。



でも 生みの親がいない彼女は 切なさのようなものを

この手紙から感じたようです。




親を知らないから 親を想って泣きたくても泣けない。


悲しみたくても どう悲しめばいいのか分からない。




複雑な感情が 彼女の中にあったようです。




私もこの手紙を読んだ時 やはり父親のことを思い出しました。


そして家族のこと。。




失ってみてはじめて 自分にとって

大きな存在だったことを思い知らされたり…





今まで生きてきて 色々な壁にぶつかったり

一歩進んだと思ったら 二歩下がらなきゃいけなくなったり‥



情けない気持ちに自分が落ち込んだ時

思い出すのは 家族や家族同様の

大切な人たちのことでした。。



家族とは 縁を切らなければならなかったけれど

そこで私は改めて 自分がどれだけ家族に支えられて

生きてきたかということを‥


改めて 思い知らされたような気がします。





そんな状況に追い込まれることによって

自然と 家族に対する感謝の気持ちが湧きおこってきたことを

今もハッキリ覚えています。




父が元気だった頃に

何一つ恩返しをしてあげられなかった事が 悔やまれます。



でも今 私が出来る精一杯のことを

何か出来たらなって。。

そんなふうに思います。



これまでの感謝を込めて・・・





この記事を書いたのは

3人の ある想いを 書きたいと思ったからです。




彼女と私と そして一人の大切なアメンバーさん。。




また次の記事に 続きを書きます。