今、
誰かを愛していますか?
恋人などに
「愛してる」とは言うけれど
「愛」って何でしょうか。
ある哲学者は
『愛は苦しみの根本である』
とも言っています。
これを聞くと
なんとなくですが
暗いイメージになってしまう。。
でも本当は
決して暗い意味ではありません。
愛することによって
苦悩が始まる1つの
原因になり得るというだけです。
「愛が深い故に‥」
様々な事件などを
引き起こしてしまったり‥
愛という言葉自体は
素晴らしいものなのに
『一途に愛する』
その裏側には
『愛してくれなければ恨む』
という部分も秘めている。。
愛が強くなればなるほど
周りが見えなくなる危険性も
はらんでいるということなのですね。
本当の愛は
自分の欲望を
満たすものではありません。
てすから
1人だけで盛り上がるのは
決して愛とは言えません。
相手があってこその「愛」です。
愛とよく似た言葉に
「慈悲」とい言葉があります。
『慈』とは
他者に楽しみを
与えること。
『悲』とは
他者の苦しみを
抜くという意味があります。
要するに
自分に嬉しいことや
楽しいことがあった時は
喜びを共にする
というのが『慈』
誰かが悲しんでいる時
その悲しみを共にするというのが
『悲』です。
こういう人がいるだけで
人は安らぎを得ることができます。
男性でも女性でも
多くの方が『安らぎ』を求めます。
たった1人だけでも
共に生きる人が欲しいものですよね。
わたしたちは
自分を大切にしているでしょうか?
人を大切にしているでしょうか?
人をいとおしんでいるでしょうか?
愛はここから生まれます。
愛とは
喜びも悲しみも
同時に学ぶことのできる
人間関係の基礎なんですね。
「服のセンスがいい」
と思って付き合った相手が
自宅ではボロボロの服を
着ているかもしれません。
相手の外側だけを見ていた恋が
幻滅に変わり冷めていく方もいます。
冷めたときに
はじめて存在するのが
『愛』なのですね。
「愛」という字には
「受」という字と
「心」が入っています。
受け入れるとは
嫌いな所も
好きな所も
「そのまま受け入れる」ということ。
今までは絶対に
許せなかったことが
許せるようになる。
なぜならそこには
「心」が伴うからです。
良い面と悪い面の
両方の姿を受け入れることが
できるか。
表と裏を
同時に見ることが出来るか
ということだと思います。
それらが
受け入れられるようになったとき
情熱が
愛へ変わっていきます。
さらに自分の
良い所も悪い所も
全てをさらけ出すことが出来るか。
これも考えなければなりません。
格好つけずに
恋人と向き合うことが
出来るでしょうか?
『好き』という
感覚は大切です
しかし
お互いに
人として生きることを
見いだしていけるか
ちゃんと向き合って
お話ができるかで
その相手と
長く深く付き合っていけるか
ということが決まっていくんですね。
情熱が冷めたときから
本当の愛が始まる‥
正に
「冷静と情熱のあいだ」
にあるものが愛なのだと思います。