楽しい未来を掴むためには?
人生を楽しむには、自分を愛する地盤がいる。
どこで失ったのか?
私は私の人生を大事にする。
脅威となる存在から自分を守り、
居心地のいい安心できる世界を作ること。
そういう希望を持って、
あの家から出ていくことが楽しみだった。
そのためにどんな努力もしようと思っていた。
高校生に上がってから、あのエホバの証人と出会ってしまった。
彼らの表向きの笑顔に騙されたのだ。
私が求めていた世界がそこにあると勘違いしてしまった。
家族全員があの世界に入れたら、
人間性が喪失した親たちも変わると思いたかった。
しかし交じり合えない異質な親たちに
そんなこと望めないと内心、思ったのだが、
彼らも可能性がある同じ人間のはずだと思っていた。
しかし彼らに子を思う普通の親であることは
期待する方がバカだった。
親にも聖書の愛が通用してもらうために
JWは親孝行を強いた。
親を喜ばせ当然の報礼を返さないといけないと洗脳した。
その結果、家を出て自分の理想の世界を築く夢を
諦めるしかなかった。
そして彼らが私を思う通りに利用することを
許すことになるとは、当時はあまり考えていなかった。
私は身投げする覚悟で親孝行することを選択した。
確かにその選択が不幸を増幅させてることになった。
子供にだけ親孝行を強いるのではなく、
親も必要なことを子供に与える義務があることは
子供の私にはほとんど告げられることはなかった。
親がどんなに有難い存在かだけが強調された。
私はいつも笑顔で楽しそうにしていたので、
親から愛情いっぱいに育てられたと勘違いされ
「あなたを育てた親にあってみたい」とか
「親に感謝しなさいよ!」とかばかり言われた。
私がどんな思いで育ってきたか、
死ぬような思いで必死で耐え、小児うつと戦い
笑わなくなった私に親は「笑え!笑え!」と
強制し、必死で笑い、そして自分の部屋の押し入れに
頭を突っ込んで辛くて声を殺して泣いていた。
家の外で楽しく笑顔でいる私からは
そんな現実は想像できなかったようで
あくまで私はお嬢様と決めつけられた。
服装だけ見てもお嬢様でないことは
丸わかりだろうに・・・
あのエホバの証人との出会いは、
好き勝手にたくさんのレッテルを貼り付けられる
人生の始まりと言えた。
20歳で家を出て宣教のために兵庫県に行くことを選んだ。
親を説得するのが大変だった。
「お前がいなくなったら、おかあちゃんが旅行に行くとき
誰が家のことしてくれるんや!」
そんなこと知るか!と言って勘当されてしまえばよかった。
アホな私は「何かあったらいつでも帰るから」などと言ったので、
2~3ヶ月に一度は必ず呼び戻される結果となってしまった。
一緒に行った人も人間としておかしな人だった。
その人の嘘の言いふらしや、私が頻繁に家に戻されることなどで
私は散々虐められる3年半を過ごすことになった。
また母親も私がいない隙に、呼び出し電話を利用し
その人に私が家に帰ってもグ~タラしているだけ
などと嘘を吹き込んだため、一層不利なうわさが広がっていった。
苛め抜かれた3年半は、私の人格にかなりのダメージを
与えてしまっていた。
夢も理想も自分を愛する気持ちも失い、
自己否定と自己卑下の塊と化した。
わずか24歳手前で、人生を諦めてしまったのだ。
私はバカなのだろうか?
どうしてそこまでして、あんな所にいたのだろう?
3人の子供を持つ主婦を援助する必要が
あったことも理由の一つとしてある。
みんな3人もの子供を持つ人などを
援助するのが嫌だったので、私に押し付けたのだ。
私がそこから離れると、その人は世話が受けられなくなる。
それが気がかりだった。
その方がその人にとって良かったのに・・・
あんな宗教から離れられて良かったのに・・・
私は結局身を削って、無駄なことに続け
自分の尊厳も人権も主張できないようになってしまった。
もともと、あの家で尊厳も人権も否定されてきたのを
必死で保とうとしてきた幼少期だったので、
自分が信頼した世界から裏切られて
人生の基盤を失うのも早かったのかもしれない。
少しでも味方がいたら、事態は変わっていたかもしれないが
ミハエルが私を潰す状況として用意していたのだろう。
しかし自分の信念だけは保っていた。
内面的な面では、聖書の教えをしっかり維持していた。
そうした点での洗脳はきつく、
自分がいいと信じたことは固く守っていた。
うそをついて自分に有利になることもしなかった。
ただのバカ正直だったのだが・・・
純粋な心は持っていたと思う。
相当な虐めだったが、人を恨んだり不平を言ったり
しなかった。
エホバの証人の暇を持て余した主婦たちは
人のうわさや悪口ばかりをいう塊だった。
そうした標的になった人は、
さんざん怒って離れて行った。
その人も同じ穴のムジナだったが・・・
さて私がそこを離れられなかった世話を
しないといけない人が一人立ちしたのと
バイク事故を起こしたのとで、
実家に戻ることになった。
また実家の会衆でも、母親のうそや
結婚できない不満で同じ独身者を蹴落とす傾向などで
私はまた虐めが始まっていった。
ある人は「親ならそんなこと言わないよ!」
と呆れていた人もいた。
「親が嘘つくはずない」と言って信じ切る人もいた。
私は現実で生じていることに無頓着で
まるで気づけない人間になっていた。
ただあるのは、自分に良いことが起こるはずがない
という諦めと今という時をただ生きるだけの
存在だった。
しかし自立していく現実に対しないといけない。
仕事を身に着け、スキルを磨き、一般の社会に
でていく必要があった。
しかし今思うと、一番優しかったのは、
エホバの証人が嫌う世の人と蔑む
一般社会の人たちだったように思う。
なかには同じように虐める女性たちもいたが、
私は彼女たちを持ち上げ自分を落とすようにして、
うまく手玉に取って対処していたようだ。
少し美人な人には褒めるようにし、
敵愾心を抱かれないように、自分をこき下ろすようにしていた。
女性たちは容姿で評価して蔑む傾向がある。
「よくそんな顔で生きてきたね!」
「いくら整形しても、あちこち問題があるから
キリがなくて、元から絶たなきゃダメ!」
って笑う人には
「ええ、私はどうしようもないので放ってます!」
とケロッといってあげると喜んで、年配の男性に
そのことを話し「ちゃんと自分のことわかってはるわ!」
を笑っていたようだ。
しかし嫌な男性もいるが、多くの人はそんな人を嘲る女性を嫌う。
影で庇ってくれた人もいた。
数人の女性たちからそんな扱いを受けたが、
却ってそうした女性たちは周りから反感を
買われて終わっていた気がする。
私なんかを可愛がってくださった温かい上司もおられた。
エホバの証人の世界とは大違いである。
あの世界の男性たちは、反感を抱いても
いさめる強さがない。
いわゆる腰抜けが多い。
男尊女卑のくせして、女の尻に敷かれている。
さて、私の処世術は、自分を散々こき下ろして
自尊心など吹き飛ばして生きてきたことだ。
そして決して人を悪く言わないこと。
いつも話す時は笑顔で応対していた。
しかし仕事以外で口を利くことはなかった。
エホバの証人の世界ではけちょんけちょんだったが、
一般の社会では私をちゃんと評価してくれる人が多かった。
一般の社会は私にとっては、エホバの証人の世界とは
逆行しているため、社会生活に馴染むことはなかった。
もうあんな楽園などを夢見ているお花畑の世界など捨てて
現実社会に戻ればよかったのだ。
そうしたら、もっと人間らしい生き方を取り戻せただろう。
自分を愛することを思い出せただろうに・・・
未来を考えて楽しく過ごす権利が自分にもあり
そのための地盤を固くできただろうに・・・
現実世界で人間らしく、尊厳を保って生きて行かないと!
ミハエルはエホバの証人の世界のことを
忘れないようにさせようとしてくるのだ。
新しく生き直す決意をしないと!
