今日は雨か・・・
怠いな・・・(笑)

昨晩、寝る前に
母親の愚痴を聞くはめになったけど
愚痴聞き、もう少し早めに
切り上げれば良かったあせる

内容は
父親への昔からの不満と、
その遺伝子を引き継いでいる
私や妹への不満です。

もう20年ほど、繰り返しているが
なかなか成仏しないネタ( ̄ー ̄)

悪い遺伝は 父親ゆずりで、
良いことは、母の遺伝子を受け継いでることになっている(笑)

母「私は 普通 。自分が周囲にどう思われているかは自分でわかるもの!」
「私が苦労するのは、あんたたち(母以外の家族)が異常だからよ。ズレていることに気付きなさい!」
といった内容。

また、特にこのお正月
テレビを見た感想すらも、
自由ではないのか と改めて思いました。

父が紅白に出ていた三輪明宏さんを見て
「ヘアカラーは 自分ではなくて、プロにやってもらってるのかなぁ?」と言うと
母 「はぁ?そんな当たり前のこと、口に出すこと?発言のレベルが低いわ。もっと大事なこと喋りぃよ!」

感想を呟くと怒られることが多い父。
いったん 会話を受けとることなく
否定から入る母。

「~を見た感想は●●というのが普通よ」
「◎◎みたいな感想を今後は持ちなさい!」

すぐに、「高等」かどうか、ジャッジが入ります。

別の機会に母の考えを聞くと、
母「人に優しくして当たり前。思いやりをもって当たり前。
それが良いことだとか、褒めることにすら、
値しないよ。
だって最低限の人として当たり前のことだから。
何かして誉められようなんて、どんだけレベルが低いの?」
「あんたらには注意することだらけ!問題だらけやわ!」

まぁ、それをご自分にまず向けてくれれば
良いのだけど。
「私は出来ている」の一点張り。

(母からして)下等な私達が、
そんな母に 一言もの申せば、
「あんたたちは人の揚げ足ばかりとって陰気な性格!細かいことグチグチ言ってないでおおらかになりなさい!器が小さい!」
「だから世間から嫌われるのよ!」
となる。


家族でディグラム診断をやった時。
母のタイプにも注意すべき点が書いてありましたが、
「私は前向きだから良いことしか気にしないのよ~♪」と母。
注意してほしい点がドンピシャだったので
気づいて欲しかったんだけど・・・(^_^;)

その割りに 父や私には
診断の結果を踏まえて とにかく反省しろ!と
ディグラム診断の力を借りて言いたい放題。

私のタイプに「周囲に気を遣うタイプで・・・」とあらば
「それで身を滅ぼしている自業自得タイプや。」
「誰も気を遣ってくれなんて頼んでへんのにな。勝手な思い込みで進む恩着せがましい傲慢なタイプやで」
と、やっかい者扱いだった。

まぁ、そういう捉え方もあるっちゃあるけど。
とにかく褒めることは為にならないと
思っているのかな?
その割りに 母は誉められないと気がすまないタイプなんだけど・・・(笑)


「記憶は嘘をつく」という本を見つけると
私は「自分に当てはまることもあるかも…」
と、内に向くのに対して、
母は「よく覚えときよ!あんたの被害者意識は全て妄想やからな!わかったか!」と 来る。

母も 「自分にもあるかもしれないな」と
気持ちがいくかと 少しでも望みをもった私が馬鹿でした(^_^;)
撃沈(笑)


母はよく、
「何気ない、気持ちの良い会話がしたい。
なのにあんた達とは出来ないから困る」
と、言っています。

私達からすれば 完全に
耳を疑いたくなりますが(笑)

人に求める前に自分がまずそれを実践してみると良いらしい・・・的なことをヤンワリ伝えると、
母「私はやってるわよ。これ以上何をやれば良いの?」

私「例えば父にも ●●ではなく、◎◎と伝えてみるとか・・・」
母「お父さんが私にやるべきことだわ!あんたもね。うちの家族は思いやりが足りないから!」
「私はいつも与えてばかり!犠牲者!」

私は母に最後は、つい一言添えてしまう。
「自分の 人を見る目のなさを 悔やみなよ」

「悔やむわよ!」と 母。
そして
「それでも前向きだから、今までやってきてるんじゃないの!」

母の努力も苦労も 言いたいことも
分かる部分もあるけど。
伝え方が良くないよね。

母には 正しく叱られた記憶はほぼ無し。
怒りを発散されている記憶だけは
しっかりある。


母に何か言われた時、
「ウケるんですけど」に変換するのも
なんか親を小バカにしているようで、
私の中でよい気持ちがしないので
その変換は却下。

気付けないなんて可哀想な母・・・というのも
自分は何様なんだか…と言う気持ちになり却下。

処理はきっと 今の私に要らないかも。

そんな うちの母。
母は こう。
ただ、それだけ。

ありのままを 受け止める体力は
私に出てきているような気がします。
ストレスは無意識にも
多少なりとも受けているのでしょうけどね。

母が言うには(あくまで母いわくw)
母は成績がトップだった。
リーダー的存在だった。
職場でも特別扱いだったり賞をもらってきた
のだそう。

まぁ、仮にそうだとしたら。
家の事情で大学に行けなかった学歴コンプレックスと、
仕事も表彰されたり「出来る!」とまわりから
褒められてきたらしいけど、
辞めて、家庭に入ったにもかかわらず
理想の家族像とは違うので
負けん気も強いし、
今の「持ち物」が 自分に不相応だと思っているから
不満ばかりな気がします。

自営で母が喫茶店をやってた時期もあるから
人嫌いでもなく。
妹を産んだあとの産後うつをきっかけに
癖、コンプレックス、その後の負の環境や
ストレスで
出来上がってしまった母がいる気がします。

たくさん本を読む母。
なぜ、自身には内容が届かないのか。
「自分は出来ている。正しい。非はない」
これは、持ち上げられて育ったせいなのか、
仕事や人間関係で
学ぶほど世間で揉まれて来なかったからなのか。
虚勢をはって、生きてきた強がりの
弱い人間なのか。
もともとの脳の偏りもあるのか。

まぁ、人は弱くて 良いのだけど。
それを受け入れられる強さ?
謙虚さ?は
少しも??母は身につけなかったのか?

こんなハズではない
もっと◎◎出来る人間なのに と
よく言っています。

じゃあ やれば良いのに・・・?
と言うと、
子どもがいるから出来ない、
あんたたちが 情けないから出来ない
父がこうだから 出来ない
と言います。

家族の犠牲になっていると言い、
そんな自分を 優しさが過ぎる人間だとも
言っています。

もう、私に言えることは
状況を変えたいなら
自分で動く、自分が変わるしかないのだと
いうこと。

動けないと言いつつ、動かない母は
どこかで これで良いと思っているか
そう自分で決めつけているだけかと。

私が夫からDVを受けた時、
通報も 市への相談もしなかったのは
自分の生活が崩れるのが怖かったからです。
ただでさえしんどいのに、面倒なことが
増えるのが 当時は嫌だったからです。
夫への優しさではありません。

具体的に動かないとき、
結局 人は「それで良い」と
どこかで思っているし
そう思うしか エネルギーがなかったりする。

それを 人のせいにして
文句撒き散らすのは 違うと思うけど。


母が主に言う「逃げるな!」

母が昔から私に言う「逃げるな」は
母を避けるな 、母から逃げるな、
母の愚痴は最後まで聞いて
母のストレスが晴れるよう処理しろ
に 聞こえていました。

母に限らず
このような場所、心の在り方からは
私は逃げたいというか、避けたいと思います。

ヒヨコヒヨコヒヨコ

「ちゃこ、自分に負けるな」

この言葉は
二十歳の時に
当時36歳だった ある人からもらった言葉。
その人自身は 幼少の頃から苦労人で、
さらに弱い自分に負けて、
会社をクビになり、田舎に帰り
実家を継いで細々と暮らしているそうです。
この言葉を最後に、
連絡はとらなくなったけど、
リアル過ぎて、自分に響いた
生の言葉。

この人の 「自分に負けるな」 は
一時の 快楽や、これぐらい良いだろう
という気持ちにのまれると、
失うものが大きいよ と
まんま、ストレート。


行きすぎると、
自分に負けるな=自分は敵
楽を選ぶな!
になってしまうのだけど、

今の私には

幸せになって良いのだと
自分を 許す気持ちを持つこと、

人に振り回される受け身のほうが
どこか楽な部分があったり、
育ちで
そう癖がついていたりするかもしれないけど、
自分から、
どうしたいのか、何が好きなのか、
何が大切なのか、
素直にどう感じているのか

そんな自分をありのまま 受け止め
手に入れるべく、 動くことも、
自分に負けるな に
繋がっているような気がすると思いました。

そして 何が「幸せ」か は
「しあわせは いつも じぶんの こころが きめる」
ですね(*´ω`*)





昨日、初詣に行ってきました。

私は 昭和53年うまれ。
今年は 後厄だそうです。

離婚騒動勃発の
なかなか波乱だった昨年は
まさかの本厄年!!
当たってるかも(;A´▽`A



おみくじは キラキラ末吉キラキラ

病気:油断なく、心すれば快方にむかう

恋愛・縁談:今は悪し 時を待てば開かれる

待人:来ず

訴訟:叶いにくい、叶っても後に悔やむことがある

失物:出にくい

売買:見合わすがよし

建築・移転:慎重であればよし

旅行:見合わすがよし

金運:後に開ける

「我が意に添わないことが多いが
 万事慎み 深くすれば
 災難をのがれ
 神仏のご加護を願えば
 やがて雲晴れて
 月明を 見ることが出来る」


う~ん、今の私になんて
しっくりくるのでしょう(笑)

今年は油断の無いよう
じっくり腰をすえて、行動しようっとアップ
昨晩、NHKで
『スーパープレゼンテーション 新春SP』
という番組をやっていました。

京都大学iPS細胞研究所所長の
山中伸弥さんと、
マサチューセッツ工科大学
メディアラボ所長の
伊藤穰一さん  の対談でした。

お二人のお気に入りのプレゼンを
紹介しながらのお話で、
「伝える」とはどういうことか、
非常に面白く
最後まで見ることが出来ましたし、
ポイントが分かりやすく、為になりました。

私が何かプレゼンすることが
今後あるのかは分かりませんが(笑)
大きな場でなくても、
「伝える」時に 役立つ内容でした。

放送された内容や山中先生の動画も
一部見ることが出来るので
ご興味があれば HPへGOです音譜

ペーパータオルの節約について
プレゼンされていた方は
一人一人が何を行えば どう変わるのか、
見ている人達を捲き込んで
具体的に 個人レベルに落とし込んで
印象付けていました。

あれは忘れませんね。
すぐに実行しちゃいます。

山中先生が
「相手に情報をひたすら
与えることだけしても、
ふ~ん で 終っちゃう」
と、仰っていましたが、
本当に その通り!だと思います。


プレゼンに関して言えば
13分で 1テーマを伝える に留めるのが
集中して聞いてもらえ、
内容も伝わりやすいそうです。


番組の最後に
プレゼンとは関係なく、

人間の遺伝子をいじって、
何かしらの「障害」を 無くす行為は
どこまで賛成か、または反対かを
問うておられました。

●反対
●障害や今後出るであろう病気を
取り除くレベルまでなら賛成
●それ以上に (良いと思われる方向になら)
遺伝子を操作することにも賛成

の3択でした。

パンチのある問い。
私ははじめ、2番目の
障害や病気を出さなくするレベルなら
助かるしOKかとも 一瞬思ったのですが

人間が想像出来ないレベルで、
遺伝子を操作したしわ寄せが
どこかに表れることがあるのではないかと
危惧したので、
最終的に 今の私は、反対かな と思いました。

人間に不都合なものを
簡単に消したり
都合良く操作すると
生態系もそうですが、
小さなことから始まって、
行く行くは大きな歪みにかわりそう。


★スーパープレゼンテーション/伝えるとは何か★   でした\(^o^)/