うちから車で30分くらい(道路状況が良ければ)にあるベルカラ公園。

州や市ではなく、メトロバンクーバーという機関が運営している。このメトロバンクーバーという機関については日本語で説明しがたいのだが、政府機関みたいなもんであるとしかいいようがない・・・

敷地内にはトレイルがあったり、ササマットレイクという大きな湖があったり、ピクニックエリアがある。かなり広いみたいなのだが、私はササマットレイクのあたりしか行ったことはない。

その湖をほぼ1周できるトレイルがある。上ったり下ったりというのがあまりないので、気軽なハイキングコースになる。そのトレイルは、ホワイトパインビーチという場所から始まる。ビーチっていうと海辺を想像しちゃうが、海に限らず湖や川など水に接した砂とか石とかなんかがあるところをビーチという。湖を囲むトレイルを歩いていくと、長い橋がかかっている。1キロくらいあるらしい。

 

中間あたりは広くなっていて、そこでくつろいだり釣りをしている人がいる。ここで釣りをするためには許可証を取る必要がある。聞いたところによると、マスとかカニとか釣れるらしい。

訪れたこの日も釣りをしている人を何人か見かけた。

 

ビーチは家族連れなどでにぎわっていた。水に入っている人もけっこういるんだけど、この日は特別暑いわけでもなかったので、寒くないんだろうか・・などと思ってしまった。湖なので波がほとんどないから安心して遊べるのかもしれない。

まあまあ水はきれいである。

 

夏場はコンセッションという売店が開店しており、ちらっと覗いたらメニュー数がけっこうたくさんあって「がんばってるねぇ」と思った。

わたしたちのこの日のランチは来る途中のスーパーで買ったサンドイッチ。

数年前にも来たことがあるが、季節外れでビーチには人はいなかったし、トレイルを歩いている人もまばらだった。

その時の印象が残っているので、今回たくさん人がいたのに驚いてしまった。まぁ夏で天気が良ければ混んでいるんですね。

中学校で初めて英語の授業が始まった世代で、その3年間受け持ってくれた先生の教え方が私には合っていたらしく、英語は得意な科目になった。高校でも英語はまぁ得意なほうであったし好きな科目でもあった。短大も英語英文科みたいな名前のコースだった(正確な名前は忘れた)。だからといっていま現在、英語圏で暮らして英語を日常的に使う(日常会話に限る。なにか専門的なこととかは話すことなんてないからね)ようになったのを嬉しいとはもちろん思わない。それは別問題である。

 

英語をつかわなくちゃいけないところに住んでいると、ますます自分の下手さ加減にうちのめされる。

やはり大人になってから英語を習い使うようになってからだと、母国語のように話すなどというわけにはいかないのだ。語彙に関してはいまだにけっこう簡単なことですら言葉が出てこないことがあったり、まったく間違ったことをいって笑われたりするのはしょっちゅう(恥)。

 

特に発音。私にはいくつか超苦手な発音がある。たとえばBとVは使い分けがいまだうまくできない。

発音記号は日本語よりも多いし、そもそも発音記号を見てもそれをどうやって発音するのかがよく分からん。

意外とLの発音が難しいし、RとLが同じ単語の中に入っているのは絶望的にできない。麦茶といいたくて、barley teaという(自分では言えているつもり)が、夫は「??」だったり、大笑いされる。笑い泣き

聞き分けも下手だから、「それとそれはどう違うの?」ってなっちゃう。夫や子どもが2つの言葉の異なる発音をしてくれても、違いが分からず同じに聞こえるという情けなさよ。それに自分ではバッチリとまではいかなくともまぁOKなくらいに発音できていると思っている言葉が通じなかったり、笑われたりするという事態に陥る。笑われるというのはバカにしているわけではなく、その間違いがおもしろいからつい笑っちゃうんだろうけど、地味に傷つきますな。

会話の中でどこか単語の発音が間違っていてもなんとなく話の流れとかで意味は通じることが多いから、会話が成り立たないということはそんなになくても、固有名詞とか話の内容から推測できづらい言葉だと、相手にとっては「ん?なにいっているのかな?」という感じになる。そうなると、その単語のつづりをいって何とか通じさせるということになったりする。情けないわー。

 

いわゆる日本語訛りというのを、Japanese accentというのだが、私はバリバリにこういう英語を話す。思うにaccent(訛り)なしに話せるようになるためには小さいころから英語に浸かってきたとかじゃないとダメなんだろうなぁと。大人になってからだともう直らないと思う。もっとも耳のいいひとというのはいて、そういう人はかなり上達するんじゃなかろうか。

うちの子どもたちはこちらで生まれ育っているので母国語は英語である。当然、ネイティブスピーカーな話し方ができる。日本語に関しては私がいつも日本語で話しかけていたせいか、話すのと聞くことに関しては特に問題なくできる(敬語はだめだけどね。せいぜい丁寧語どまりかな)。完ぺきではないがほぼバイリンガルになったわけだ。日本語も訛りは少なくてまぁいいセンいっているし、英語はネイティブなんてうらやましい限り。

 

私の英語の語彙力はネイティブスピーカーなみになることはないけど、とりあえずなんとか日常会話はできるようになった。しかし発音に関してはどうにもできないと痛感する。悲しいけど仕方ない。まぁ笑われつつも頑張るよ。

スウェーデン発の大型家具店IKEA。日本ではイケアと呼ばれている。英語発音だとアイキーアという感じになる。私はアイケアと発音してしまうため、日本語訛り英語になっていると子どもたちから言われる(たしかにその通り笑い泣き)。

 

とにかく広くて遊びに行く感覚で行けちゃうし、展示されている家具の上に寝っ転がったり座ってみたりするのも自由にできるので、子どもを連れていくにも心配がない。小さい子どもを無料で預けることのできるスペースもあるので、そこで子どもは遊びまわっている間、親はゆっくり買い物できるっていうのもうれしいポイント。

2階はショールームとレストランがあり、レストラン内にも子どもが遊べるスペースが作ってある(昔はあった。いまも多分あると思うが不明)。

そんなわけで、子どもが小さかった時はよく行ったものだ。雨の日なんか格好の遊び場って感じだった。

 

子どもが成長してからというものめっきり行かなくなった。家具やそのほかインテリア雑貨など必要なものがあれば見に行く程度だが、数年に1度とかのペースだったりする。

イケアの家具ってどうかなーと思うところがあって。以前引き出しのついたタンスを買った。引き出しの底に使われているのが結構うすいベニヤ板で、中に収納しているものの重みでだんだん板がたわんできてゆがんで外れちゃう。で、板はまっすぐに戻らないので修復不可能になってしまった。それとか引き出しのレールがゆがんで開け閉めができなくなったり・・作りがちょっとちゃちなんだよなぁ。自分で組み立てるからそうなっちゃうのだろうか。いっぽう、コンピュータデスクはずいぶん前に買ったけどいまも(ほぼ)健在。ものによるかもしれない。

 

長いこと行かないままだったが、最近たまに行くようになった。あそこのミートボールが冷凍食品として売られているのでそれを買いに行ったりとか。久しぶりに行ってみたら、レストランのメニューにけっこう変化があった。看板商品のミートボールはもちろん健在だが、チキンボール、ベジボール、プラントボールとか種類が増えている。後者2つはどう違うの?って思って調べてみたら、どっちも豆だの野菜だのから作られているが、プラントボールのほうがより肉の食感に近いらしい。

その他、ミートボール入りのナチョスなんてのもできたようだし、フィッシュアンドチップスに代わって、コッド(タラ)ボールというのがでていた。

 

レストランだけでなく1階にあるビストロも、前からあるフローズンヨーグルトやホットドッグなんかの他に、ストロベリー味フローズントリート、リンゴンベリーソースのかかったサンデーなどが私にとっては目新しい。ストロベリー味のアイスを食べてみたんだけど、シャーベットみたいだった。おいしいし安いのは変わらず。

 

さて、この前レストランで娘や夫とご飯を食べたのだが、2人はけっこう食べるのが早い。

私がまだ半分くらいしか食べてないっていうのに「もうお腹いっぱーい」などといって食事が終わっている。そしてひまそうにしているので、なんか早く食べないと悪いかなと思ってしまう。

私はイケアのコーヒーが好きで、ごはん食べながら飲んだ後、もう1杯お代わりして食後も楽しみたいところなんだが・・

 

日本のイケアには日本の家族が行ってみたらしい。レストランでの食事は思ったより高いしおいしくもないのでがっかりだったと言っていた。こちらのIKEAよりも高いわけではないのだが、日本は外食がカナダよりずっと安いし充実度も高いから、そう感じるのかもしれない。こちらの外食は高いのでIKEAのレストランはやっぱり安くていいよねぇという感じで来る人も多いから(とくに家族連れなんかお財布的には助かるもんね)、いつも混んでいるのだ。

 

私は荷物が多くなりがちなタイプである。

とはいえ自分では決して荷物が多いとは思っていないのだが、何人かに「なんでそんなに荷物が多いの?」といわれたことがあるのでそうなんだろうと思う。

 

子どもが小さかった頃はいわゆるマザーズバッグって感じでいろんなものをカバンにいれていた。子どもが成長するにつれて荷物は減っていったけれど。

いまはカバンの中には、財布(長財布で場所を取るっていうのも問題なのかもしれん)、スマホ、鍵(家と車の)、眼鏡、マスクケースに入れたマスク、ポーチみたいなの(中にはのど飴、頭痛薬、整腸剤、バンドエイド、鏡、コンパクト、リップなど)、ティッシュ。たまにウェットティッシュも入れていく。ハンカチは持って行かない。この国の人たちはハンカチというものを持ち歩かないので、私もそのようになってきたのだ。日本に行くとハンカチまたはハンドタオルを出かける際にはもっていかないと困るのだが、つい忘れてしまうことがあり出先で買ったこと何回か・・

さて、私の荷物、決して多いと思わないしこれ以上減らせないんだけどなぁ。

 

この間友達数人と集まった。そのうちの一人が手に何も持っていない。というかスマホ1つだけを手にしている。衝撃!

私はスマホ1つだけ持って出かけるなんて無理である。

でもまぁ考えてみればいまやスマホでなんでもできる時代である。連絡を取り合うってだけでなく、お金払うのもできるんだし。私なんてスマホに決済アプリも銀行アプリもいれてない。落としたりなくしたり盗まれたりしたらどうするんだーっていう不安がぬぐえないからなのですね。もっとも財布だって落としたりなくしたり盗まれたりする危険性もあるんだから、同じことじゃない?といわれればその通りである。

 

最近は小さめなショルダーバッグを持っている人も多いが、あれじゃ何も入らない・・・と思っている私。やっぱり荷物が多いってことか?笑い泣き

6月末、また卒業式に行った。

2年前は息子がカレッジを卒業したときに、カジノの中にある劇場にて卒業式がおこなわれた。そのときは卒業生たちがくだけた感じで楽しかった。日本の卒業式というと厳かな感じなんだけど、そういうのとは全く違っておもしろかったのを覚えている。

今回は娘のカレッジ卒業である。娘は大学にも通って学士を取得したが(3年前その卒業式にいった)、その後カレッジに2年間通ったのである。勉強が好きなのねーといわれたりしたが、単に仕事したくないだけなんじゃないだろうか。

こちらの学校では入学式というものは基本的にない。9月の新学期初日に新入生も在校生も一緒に集会があるだけ。卒業式はおこなわれるが、日本と比べるとかなりくだけた感じだ(特に小学校とか)。

 

カレッジ(日本でいうところの短大や専門学校に近い・たいていは修了書をもらうが、プログラムによっては学士なども取得可能なところがある)というのは大学に比べれば学生数も少ないのであるが、娘が通ったところはそこそこ大きなところだったので、卒業式も4日くらいにわけてやっていた。ちなみに大学のときは1日4回4日間かけておこなったので全部で16回卒業式がおこなわれたことになる。6月、10月、1月に卒業式をおこなうパターンもある。

 

今回は近くの教会が会場。教会って大きなところは立派なステージがあって、ここでちょっとしたコンサート開けちゃうねっていうようなしつらえになっている。この教会には初めて入ったのだが、バルコニー席まであって教会というより劇場、コンサートホールのようである。

中央は卒業生たち。青っぽいガウンと帽子をつけている。

中央は卒業生たち。青っぽいガウン(黒っぽいのを着ている人もいる)と帽子をつけている。

 

卒業生はステージに上がる前に卒業証書をもらい、ステージ上で名前を読み上げる人へ自分の名前カードを渡す。最近は移民の子供が増えているし、留学生もいるしで名前も多様化しているので、読み方がカードには記載されているらしい。うちの子の苗字はちょっと変な発音をするため知らない人は読み間違えるのだが、このカードのおかげで間違いなく読まれていた。とはいえ、名前を読み上げる人だってそのカードを初見で言わなくちゃいけないのだからなかなか大変である。

卒業生たちの名前を聞いていると、ほんとうに多種多様で、たまに「おや、よくある姓名」と思ったりするとけっこう年いっている人(白人)だったりする。カレッジや大学だと年いっている人がいたりするからね。

 

卒業生は名前を呼ばれると、そのままステージを横切っていく。ステージ上で卒業証書授与というのはない。人数が多いからやってられないのであろう。卒業生が横切るだけでも全員終わるまでにはたいそう時間がかかる。

こんな風にステージには学長、先生が立ち上がって卒業生がステージを横切るのを見送る。先生によってはハイファイブしたり握手したり、ハグする人もいる(その学生との親密度にもよるのかと)。

ステージ上に座る先生が足組んでたりして、こっちの式のくだけた雰囲気がわかるというもの。

あと、先生たちがさまざまなガウンをつけているのも不思議である。お花みたいな形の帽子をかぶっているのは、博士号を持っている人らしいということはわかったが、それ以外はなぜちがうのか?AIに聞いてみたら、博士号や修士号を取得した出身大学のものを着ているかららしい。

 

日本の卒業式だと送辞、答辞なんかがあるが、こちらは在校生が式に参列することは基本ないので送辞はない。答辞に変わるような卒業生代表のスピーチはある。この代表に選ばれるには学業優秀っていうことのほかに、ほかの生徒にも人気があるとか、なにかしらの目立った功績があるとかが必要となる。原稿に書いてあることをつつがなく読み上げるってだけじゃ、こちらの場合ダメなんで、スピーチがうまい人っていうのも選考要素になると思う。

 

式が終わると、先生たち卒業生たちが退場していくのを来場者が立ち上がって見送るのだが、会場を出たところは卒業生とその家族が集まっていて大混乱。大学の時は屋外に出られ広かったから困らなかったけど、ここは教会の建物内で人、人、人をかき分けていかねばならない。娘にもなかなか会えなくて大変だった。ガウンを付けているうちに写真を撮ろうってみんな思っているのだが、ひとが多すぎて写真を撮る場所がなかなかない。なんかへんなバックグラウンドではあるが、とにかく撮っておこうって感じになってしまった笑い泣き

式の間にプロカメラマンが撮ってくれているので、それを購入することになるでしょう・・・

 

小学校の卒業式はまったく儀式ばっていなくて、手作り感満載だがそれはそれでよかった。

高校(私の住む市は中高一貫なので中学の卒業式はない)の卒業式ではガウンを付けるなど、それっぽい感じになる。

大学もカレッジも卒業式を終えて、これでもう卒業式に行くことはないだろう、たぶん。

 

こちらのバスや電車(スカイトレイン)にも優先席というものがある。

出入り口のドアに近いところに設置されていて、たいていPriority seatと書かれている。

高齢者(シニア)、体の不自由なひと、妊婦といったひとに優先的に座ってもらう席ということになっている。

 

シニアっていくつくらいからを指すのかな?っていうのはいろいろだが、一般的に65歳以上がシニアとされている気がする。

よく白人の人からするとアジア人は若く見られるといわれるが、私に関してはそれはない。これまでに実年齢より若く見られたことはほぼなくて大体年相応、ひどいときはそれ以上に見られるという情けなさよ。つまり見た目が実年齢以上に老けているってことなんですが・・・笑い泣き

ある店で毎週火曜日はシニアデーで10%ディスカウントになるというシステムがある。以前は55歳以上をシニアデーの対象にしていたのだが、いつのまにか65歳以上に変わっていた。その店でまだ55歳以上がシニアとされていたころのある日買い物をしたら、店員が「うーんと、今日はシニアデーなんだけど、あなたは対象年齢だよね?」などと聞いてくる。私はその当時50歳でして、「いやー、まだ対象じゃないんですけど・・」。まぁ今思えばちゃっかり10%のディスカウントをしてもらっちゃえばよかった気がするが(身分証明書を見せろとか言われなそうな感じだったから)、それよりも5歳も年寄りに見えたことのショックのほうが大きくてね・・・ガーン泣

 

50歳代半ばになると、バスの中で席を譲られることが増えてきた。まだ席を譲ってもらう年齢ではないと思うのだが。なので「どうぞ」といわれても「いや、大丈夫です。ありがとう」とお断りしている。

私の個人的感想では、バスでは席を譲ってくれる人に遭遇する確率が高くなる。スカイトレインではいまのところほぼ皆無。もっと年取ったらどうなるかは分からないけど。

こちらのバスは運転が荒くて、席に座っていても手すりをつかんでないと座席から滑り落ちそうになる時がある。だから心配してくれる人が多いのかもしれない。

バスもスカイトレインもそんなに乗らないので席を譲ってもらうっていう経験もほんの少ししかない。しかしやっぱり微妙に悲しい気持ちになってしまう。

やっぱり年寄りに見えるんだな ← いやまぁたしかに年寄りだけどな!

 

いっぽうで、優先席と書かれている席にも堂々と座れるようになった。席を譲ってもらうくらいだもん、優先席座っていても文句は言われないでしょう。ほかに年寄りっぽい人が乗ってきても譲る必要もないかなって思うし。もちろん体が不自由な方や、私よりかなり年いっているかなって人には譲ります。

 

 

こちらの病院システムは日本と違う点がいろいろある。

ケガをしたり、お腹が痛いなどいきなり具合が悪くなった場合、日本だと内科だとか対応してくれる病院に行くが、こちらの場合、一般にクリニックと呼ばれるところは予約をしてからじゃないとみてもらえないので、救急外来(ER)に行くことになる。クリニック(clinic)は通常、総合診療医がいて予約をしてみてもらい専門医に会うとか検査の必要が出てくれば、そこから紹介してもらったり予約を取ってもらったりする。じんましんできたから自分で皮膚科に行くっていうようなことはできず、まずはクリニックでみてもらって皮膚科専門医に紹介してもらわないといけないって感じなのがめんどうくさい。専門医に会うとかMRIとかの予約がずいぶん先になるってこともよくあるのもストレス・・・。例として挙げたじんましんの場合、総合診療医がとりあえずそれを抑えるための薬を処方してくれたりして様子を見る、または検査をするようにオーダーを出すとかする。で、よくならないなら専門医、みたいな流れになる。

 

ERがあるのは総合病院(general hospital)である。大抵どの市にも1つはある。ERはいつも混んでいる。そこしか行くところがないから混むのである。

うちの場合、私自身が3年半前救急車で行ったことがある。救急車じゃないと受け付けてもらえないわけではなく、むしろ救急車に乗っていくとお金がかかるので絶対必要でない限り、自力で向かう人が多い。私の場合状況的に自力で行けそうになかったからなんである。

娘がミシンで自分の指まで縫っちゃったときにも連れて行ったことがある。夫が結石ができて連れて行ったこともある(原因不明の激しい腹痛だったのだがERに行って結石だったとわかった)。

 

この間夫が腹痛をおこし、午後10時ごろERに連れて行った。受付してからトリアージ(triage)で重症度を確認する。血圧だとか熱だとか測ってカルテが作成されそれを渡されてZone2に行けと言われた。いくつかのゾーンに振り分けているらしく、Zone2には前にも行ったことがある。けがの場合はそれとはまた違うゾーンだった。そこで血液検査したり、ひとによってはレントゲン取りに行ったりなどして呼ばれるのを待つのだが、そこからが長い。ただひたすらに待つのみなのだが、具合が悪いから来ているので待ち時間の苦痛なことといったら・・・えーん泣

私は駐車時間も迫っているし、一緒に待っていてもどうしようもないのでいったん帰宅。1時間くらいしてからまた戻ってみたら、夫は無事に中のベッドに移動していた。思ったより早かったなぁ。待合室には夫より先に来ていた人が何人かまだ座って待っていたので、なんだか申し訳ない気持ちになる。どういう判断なのかははっきりわからないものの、夫のほうが重症度が高いと思われたんだろうけど。

 

痛み止めだの点滴だの受けてCTスキャンを受けて、結局どこも悪いところはない、なんだったのかわからないと言われたらしい。前にやった結石が再び?とも思ったのだがそうではないらしい。ともかく症状がおさまってきたので、「もう帰ってもいいよ」となったそうな。そんなもんなの?って感じだが。

翌日午前6時に迎えに行ってきましたよ・・・。前日夜中の12時すぎまで病院行ったりしたので超寝不足である。

しかもその日私は仕事に行ったし。同居する娘は「出かけるから無理」といい、病院への送迎を全く頼めなかったガーン

 

ERにはいろんな人が出入りする。患者はもちろん、救急隊員、救急救命士、警察、警備の人などなど。なかに入れば看護師、医師、そのほか清掃などをするひと、ボランティアで患者等の助けをする人などいろいろいて、この人は何をする人なのか一見してはわからないという感じだ。いつも混んでいるのでみんな忙しそうである。

待合室は具合悪いひとばかりで「早く処置してほしい」という顔つきが並んでいる。行きたい場所ではないが仕方ない。

 

おまけ:

サッカー、ワールドカップが開催されてます。バンクーバーでも試合がいくつか(7か8くらい?)予定されているので盛り上がっている。当地での第1戦はトルコとオーストラリア。トルコの選手が現地入りしたときはファンがつめかけたようで、インスタにその様子がいくつもあげられていた。今週末はカナダが当地で試合予定なので、よりいっそう盛り上がるだろうな。

バンクーバーではイベント(パブリックビューイング、グッズ販売、フードトラック、ライブなど)あれこれおこなわれるようで、W杯ムードいっぱい。

開催前にダウンタウンに行ったのだが、イベント会場となるPNEには看板がかかげられ、セキュリティースタッフがたくさん歩き回っていた。おー、W杯にむけて準備着々・・などと考える。

しばらくしてホームレス、ドラッグ中毒のひとがたむろすエリアに突入。ここはいつでもパトカーや救急車が来ている。ふらふら~と道路に出てきたりするひとが多いので、ここのあたりの制限速度は時速30キロになっている。歩道には座り込んでいる人、寝転がっている人、ドラッグのせいで体が傾いちゃっているひとなどがたくさんいて、異様な光景だ。そこからほんの少し先のエリアではW杯で盛り上がっている。この差があまりにも大きくてこれまた異様なのである。

 

私の夫は変な人である。

どう変なのかについては列挙したらきりがないので割愛する。

そんな彼が最近、また変なことをしたのである。

5月には母の日がある。別に私は夫の母ではないのだからいらないのにぃと思うのだが、花を買ってきて渡してくれることがある。

母の日といえば、赤いカーネーションが定番かと思うが、夫は菊の花の花束をよこしてきたりする(しかも白のとか)こちらでは菊が仏花ではなく普通のブーケにも入っているから仕方ないとはいえ・・・

花束を贈るといえば、バレンタイン。通常、バレンタインデーは男性が女性に花束などを贈るのだが、わが夫は赤いカーネーションをくれたことがある。「母の日か?!」とつっこんだら、あれぇこれはバラじゃないの?という。バラとカーネーションの違いが分からないらしい。まぁ赤だからいいじゃない・・などと謎の言い訳をしていた。

ことしは、なんと花ではなく木の枝をよこしてきた。

これは・・・花じゃないよね・・おそらくローズマリーの枝。

「花ついてるじゃない?」というが、確かに小さな花がついてますけどね。でもやっぱりこれは花束じゃないですよ。

何考えているのかまったくわからない。母の日は花束がどっさり売り出されるけど買う人も多い。母の日当日の夕方に買いに行ったので売れ残った中でいちばん安いのにしたんだろう。そういう人なんである。

贈ってくれるという気持ちが大切なのはわかっているつもりだが、これなら別に要らないんだよなぁと思ってしまうのも事実。やれやれ。

 

かなり前の話になるが、知り合いだった方からその方の著書をいただいたことがある。こちらで無料情報誌を出しているところから自主出版(もしかしたら違うかもしれないが今となっては確かめようがない)された本だ。著者の方は1970年代後半に日本からカナダへ移住してきた。すでにお子さんがカナダに来ていて呼び寄せのような形でいらしたらしい。今から10年以上前に亡くなられている。

私は何回かお宅にお邪魔させていただいた。ずっと昔私は東京・世田谷の経堂に少しだけ住んだことがあるのだが、その話をしたら、この方もその周辺にずっとお住まいだったそうな。とはいえ私とその方が経堂で住んでいた時期は全く重ならない。

いつも身ぎれいにしていて、お洒落な装いをされており、やっぱり都会の人は違うなぁなどと田舎者丸出しの私は思ったものだ。

 

そのご著書は1980年くらいから2003年ごろまでの、こちらの情報誌等で書かれていたエッセイをまとめたもの。私がカナダに来たのが1999年なので、私が来る以前のバンクーバー周辺の様子が分かる。

こちらの書籍などもよく読んでいらして豊富な知識を取り入れられていたし、新聞やテレビのニュースなどからも社会情勢等しっかりと捉えていらした。

ひさしぶりに読み返してみたのだが、よく調べてそのうえでご自身の意見も分かりやすく述べられている。日本からの移住者の団体、国際結婚してカナダやアメリカに移住した人の会、汽車同好会、日系カナダ人の団体などいろいろな集まりにも参加して、どんな様子だったかを報告するとともにご自身の感じたことなども書かれている。いまも活動内容の多少の変更がありつつも継続されている団体だと、「へー、そのころはこんな活動してたのね」とか思う。またいまはほぼ消失していると思われる団体の活動は「そういう集まりもあったのねぇ」などと思ったり。

 

旅行が好きだったそうで、旅行記もいくつか載っている。列車の旅が多いのも、列車旅に多大な興味を持っている私には興味深い内容だ(興味は持っているがなかなかできない。カナダでは列車の旅は時間とお金に余裕がないと難しい)。また大型船のクルーズには興味がないらしいのも共感できる。列車での旅はいつかは・・と思っているうちに、BCレイルはなくなっちゃったし、いまや列車らしいものといえば、バンクーバーから東部のほうへ向かうVIAレイルくらいしかない。

旅行先の町の人口やら主要産業といったデータも調べて記載されている。旅行の思い出など綴ろうとすれば、素敵な景色だった~、料理がおいしかった~など、通り一遍の感想しか書けないわが身を恥じる思い。こういうのが「書ける人」と「書けない人」の違いなんでしょうね・・・

 

最近は当地で日本のひとがこうしたしっかりとした内容のものを書いているのを見ないなぁと思った。見かけるのはいわゆる情報系のものばかりで、どこそこでこんなイベントがありますといった告知、またはそうしたイベントの内容を後日報告するもの、暮らしのお役立ち情報といった感じ。まぁこうしたものが求められているからなんだろうけど。

ずっと年上の方にこんな言い方をするのは失礼千万だが、お話していても頭のいい人だなぁとよく思っていた。こうしてご著書を読み直してみると改めてその感を強くする。

さっぱりしていて、あまりひとのことに首を突っ込みすぎないドライなところがあったのも、「東京の人」って感じだった。懐かしい思いに浸っていたのであった。

 

 

NHKのみみより解説という番組をみている。

月曜から木曜の午後12時20分から8分程度の短い番組で、解説委員の人が政治、経済、社会、生活のことなどを解説してくれる。

この解説が聞きたいというよりも(そういうときもあるが)、番組マスコットのみみちゃんのファンだから。

みみちゃんはみみずくらしい。メインキャスターの女性の隣に置物のように置かれているのだけど、番組の始めと終わりに「ホッホー」と挨拶するほか、番組の途中でも「ホーホー」(なるほどーって感じのいい方)「ホー⤵」(そうなんだぁ、残念って感じ)といった合いの手を入れてくれる。そんなときに羽をバタバタさせたり、小首をかしげたりする。

この置物もかわいいが、なんといっても解説する際に使われる画面のあちこちに描かれるみみちゃんがかわいいのである。

牡蛎の養殖の話では牡蛎の被り物をしていたり、育児の話題では赤ちゃんを抱っこしてたり、スキージャンプの話題ではかぶっているヘルメットに「み」と書いてあったり(さらにユニホームに33と書いてあったりと細かいところに目が行ってしまう・・・)、将棋の駒になっちゃったり・・・。そういうのを見るのがとっても楽しい。

 

キャスターさんが画面に書かれているところを指し示す棒の先にもみみちゃんがついている。そのみみちゃんがかわいくて、販売されていれば買いたいくらいだ。買ってどうするんだという気もするが。

 

さらに楽しいのが、たまに放映される「みみちゃんと行く」シリーズだ。これは解説委員のひとりがみみちゃんのぬいぐるみを持って現場取材するものである。ロボットにスケートボードを滑らせるという話題では、みみちゃんもスケボーに挑戦するも、頭が重いのでごろんと転がってしまう。モバイルバッテリーのリサイクルをする場所に行った際にはマスクをしていたり・・・。かわいい!

という具合で、いろいろ語れてしまう私である。

 

 

本物の画像をここに載せるのはちょっとどうかと思うので、娘が描いてくれたものを載せてみる。まぁだいたいこんな感じの見た目です。

みみちゃんラブラブラブ