念願の夏休みとも言えない状態が続いていました。部活も痛くて庇うあまり顧問の先生に怒られました。私の痛みは誰にも理解されませんでした。
どんどんひどくなるあたしの手の痛み。血液検査から逃げてきた私ですが、とうとう検査をした結果CRP1.1この数値は一生忘れないでしょう。
大きな病院とやらに紹介され、精密検査をすることになりました。
RF+だったので、ここで私が若年性関節リウマチと診断されたのでした。
2007年の8月のことでした。
関節リウマチなんて聞いたことはあったけどこんなに若い年でなるものか私にはよくわかりませんでした。いつか治る病気でまたスポーツもできて、遊べてそんな日々が戻ると思っていました。でも、告げられた一言は20まで生きれるかわからない。普通の人よりは生きれないと思ってね。
14歳の私にとってはあまりにも衝撃的でした。確かにその頃はやっと生物学的製剤が認可されたころでそこまでリウマチ自体の治療も発展してなかったですし、10万人に一人の割合で発症するためデータもそこまで多くはないからわからないというのも正直あったのかもしれませんね。
そこから、私は未来に希望を抱くことはなくなりました。
徐々になんで私が。人よりは真面目で、何事も一生懸命で、みんなのためにって動けると思ってたのに、どうして同学年でタバコ吸ったり、悪さしたりしてる子が普通に健康でいられるのにどうして良い子といわれるところに分類されるようなあたしがこんな病気にならないといけないのか。
すごく腹が立って仕方がありませんでした。正直、死ぬかもしれないと死を意識して泣いたこともあります。
親もそうであったみたいです。遺伝ではないため親自身責めなくてもよいのに。
自分の子供が健康で生まれてきて成長してきたのに、途中で病気になる普通じゃなくなる。そういう経験をするのはどうなんだろう。今なら親は強いと言い切ることができます。
そんな夏。誰にも理解されずただ孤独で痛みと戦うしかありませんでした。