暁の峰 -137ページ目

表に出すのが下手なんです②

小学校3年生の冬、祖父が事故に遭いました。

これがきっかけで、祖父は後天性の障害者になりました。

元々気性の荒い祖父は、自分の手の届かない範囲が増えることに苛立っていました。

たった一つ気を回さなかっただけで、10倍くらいの罵詈雑言を浴びます。

毎日毎日、祖父の機嫌を伺っていました。

どんどんどんどん家で感情を出さなくなりました。



代わりに感情が爆発したのが学校。

嫌なこと、悲しいこと、腹が立つこと、コントロールが出来ず、沸点が低かったのだと思います。

すぐ泣いたり、教室を飛び出したりする子でした。

担任の先生には迷惑ばかりをかけてしまったはずです。


中学では、2年になる時にクラス替えがありました。

今思い返しても、正直気の合いそうな人はいないクラスでした。

最初に仲良くなった子たちと、些細なことで喧嘩になりました。

相手の言い分としては、私が一方的に怒っていたようなのですが…よく覚えていません。

多分、変なところで感情の爆発が起きてしまったのでしょう。

そのあと、クラスで孤立しました。

かと言って、特にいじめられていた訳ではありません。

ただただ孤立して、私も面倒になって一切人を寄せ付けませんでした。

部活も委員会もそれなりに楽しかったので、クラスに溶け込む必要性が感じられなかったのです。


仲の良かったグループも紆余曲折ありました。

最終的にクラスの女子半分くらい巻き込んだんじゃないかと思います。

詳細は多分、皆様が混乱するので控えます。

修学旅行やクラスマッチは、タイミング良くそこそこ仲良くできた子がいたので何とかなりました。

文化祭も委員会の仕事にかまけていれば逃げていられました。

とにかく私は知らぬ存ぜぬを通したかったのです。

人と関わることで傷つくことを極度に怖がっていた時期でした。


この時期、表面で仲良くても裏で何を言っているのか分からない、ということを学びました。

悲しいかな、私は苦手な人に仮面をつけて接することを覚えてしまいました。



つづく