先日論理的🟰合理的とは限らないと考える、という内容を書いたが、これをとても表している事例を見つけたのでそれを踏まえながら考えたことの続きを書きたいと思う。
少し前に、YouTubeでカノックスター夫婦・ありしゃん夫婦・ぎしみゆ夫婦 の3家族で旅行に行き、それぞれの夫婦喧嘩や愚痴について話す、といった内容の動画をたまたま見た。
その中で特にぎしとみゆみゆちゃんの話が多く出ていたのだが、コメント欄にF型T型論争が勃発していて面白かった。
前提として、ぎしはドがつくほどのT型のように思える。経営者ということもあるし、MBTIも討論者だと聞いたことがあるので、かなり論理的で頭もいいのだろう。一方のみゆみゆちゃんはめちゃくちゃF型だ。そして言語化能力や思考力がそこまで高いわけではないように見受けられた。
コメント欄では、「そんなに感情をぶつけられてぎしが可哀想」「みゆみゆちゃんが子供すぎる、ぎしが現実的で大人」といったコメントが多く見受けられた。
また、話し合いの際に感情を出されても何も進展しないし、落ち着いて話ができるぎしが大人で素敵。
といったような先日まさに私が書いたようなT型優勢だと考える人々のコメントで溢れていた。
私はT要素も持つF型だが、両方の気持ちが分かるな、と思う。
確かに感情だけでは解決しないのも正論だし、解決策を見出そうと一緒に考えることがT型なりの愛情であることも頭では理解出来る。一方で自分の気持ちをわかって欲しい感情とか、全く寄り添って貰えなくてモヤモヤする気持ちも理解できた。
コメント欄では、どっちが正しい、大人だ、その考えは辞めるべきだ、という話ばかりだったが、これに猛烈な違和感を覚えた。
T型のような捉え方が話し合いにおいては正しいから論理的に話せる大人になるべき?
なぜ0か100かのような考えしかないのか理解できなかったし、結局そうやって大人になるべき(論理的になるべき)と発言するT型も自分たちの正しさを押し付けているわけであって、やっていることは自分の気持ちを理解して欲しい!とぶつける感情的なF型と同じだ。
この事例こそ全く合理的ではなく、平行線な話し合いだな、と強く感じた。
そしてコメント欄を見て、やっぱりそのように捉えている人が多いことも再確認できた。
私はF型とT型の違いだから仕方ない、一生分かり合えない、というのは違うと思う。
折衷案を見つけて寄り添い合うことはできるのではないかと考えているし、本当にお互いが大切ならその努力をするべきだとも思う。
そこで私が考えた折衷案なのだが、
話し合いの最初にF型のために寄り添いや慰めをワンクッション置く、そしてその後に原因や解決策を話し合う、というものだ。
とてもシンプルだが、これでお互いの不満の多くは解消されると考えている。
F型の多くはずっと寄り添いや共感が欲しいのだと勘違いされているかもしれないが、カップルや夫婦間の話し合いにおいては解決策も必要であることは理解していると思う。ワンクッション、「大変だったね」「ごめんね」「わかるよ」が欲しいだけなのだ。
極端な話感情はこもっていなくてもいいし、その言葉を挟んでくれることが大切だ。Tにとっては理解できないだろうし無意味だと感じると思うが、T型にとっても言うだけならば難しいことではないと思う。
そしてそれを最初に挟んでくれたおかげでF型は話を整理したり、聞いたりする準備ができる。そこからはT型が得意な論理を上手く使って効率よく話を進めればいい。
これが、どちらにとっても不満が少なく、最終的には効率の良い合理的な話し合いの形だと私は考えている。
ピンと来ない人もいると思うので例え話を話す。
T型さんはある会社の社員。F型さんはその会社の大口のクライアントで、T型さんはF型さんと信頼関係を築き契約を継続してもらうことが目的だとする。
ある日、T型さんは細心の注意を払っていたのにも関わらず自社の提供している商品に不備があり、F型さんを不快な気持ちにさせてしまった。
その時にT型さんはF型さんにメールを送る。始めに書く文章はなんだろうか?
「今回はご迷惑をおかけして申し訳ございません。その他お困り事はございませんか?」といった謝罪や寄り添いの言葉では無いだろうか?
その言葉を一言も書かずに、「私(T型)は気をつけてたんですけどね、、多分原因は〇〇です。〇〇のように動いたら解決できると思います。では今後もよろしくお願いします」なんていう社会人がいるだろうか?
こう考えたらその異質さがわかると思うが、T型が大人だと主張する多くの人はこれを正しいという顔をしてやっている。これは大人と言えるのか?
自分の主張や正論を相手に押し付けているだけじゃないか?
相手が求めていることを想像して、先回りして行動したり考えて発言できたりすることの方が大人なのではないか?と私は考える。
話が少し逸れてしまったが、例え話にもどる。
実際不備の原因はT型さんのせいだけでは無いかもしれないし、本人の頑張りではどうにもならなかった範囲のミスかもしれない。だが心の中では謝りたくなくても、謝らなければいけないタイミングだと感じて謝る人がほとんどだろう。
ではなぜ謝らなければいけないと思うのか?
それは、長期的な目的はそのミス(今回の例であれば商品の不備)の解決ではなく、信頼関係を崩さずに契約を継続してもらうことだからだ。そのためにはクライアントであるF型さんが、「T型さんは私たちのことをよく考えてくれている。誠実に対応してくれているんだな。」と感じる必要がある。それを感じさせるためにまずは謝ったり寄り添ったりすることが合理的(効率的)であるというわけだ。
もちろん契約継続に必要なものはそれだけではないし、謝っても解決できなかったり、ミスが繰り返されたりすれば継続はないだろう。
ただ、仕事でも結局は人と人とのやり取りだ。
T型の人も、仕事上ではそのように動くのが合理的だと無意識に分かって動いているはずだ。
これを、カップルや夫婦間でも転用すればいいだけの話だ。
なぜ相手がクライアントや仕事の人でなくなると理詰めしてしまうのか、、
カップルや夫婦も同じ人と人との関係だ。人と人が長い関係を作るために信頼関係を築くのは不可欠で、その目的を達成するためには互いの主張をぶつけ通すことではなく、2人にとっての合理的を考える必要があると私は考えている。
T型もF型も、会社でやっている動き方は無駄と感じるかもしれないし、息苦しいタイミングもあるかもしれない。
私はまだ社会人ではないので想像の範囲だが、理不尽だと感じることも自分の意思ではないこともあるのだろうな、と思う。
だけどそれの多くは社会的に合理的ではあるのかもしれないし、長年積み上げて改善が繰り返された後の最適な人付き合いの方法ではあるのかもしれないと考えている。
長くなってしまったが、話し合いをする上で自分のパーソナリティを盾にしてどちらが上かとか、どちらかに寄せて欲しいとか考えるのはそれこそ無駄だし、生産性がないと改めて思う。
私が書いたような方法が絶対に最適であって折衷案ど真ん中だとは考えていない。(かつ常に合理的であることが必ず正であるとも思わない)
ただ、どちらかに寄るという視点ではなく、このようにお互いが寄り添う気持ちを持ちながら折衷案を探すために共に考える、ということが重要だと思うし、上手くいくための第1歩だとも感じる。
自分と同じ人達だけと付き合っていくことは不可能だ。お互いに認め合いながら「へぇ、そういう考えもあるのか!」と学ぶ余裕を持ちながら、生活できる大人になりたい。