私は「展示会」なるものが大好きだ。

常設の展示ももちろんだが、SNSで話題になるような面白い展示会には、見つける度に行ってしまう。


今回も「いい人すぎるよ展」の最新版が出たとの情報を見て、行ってきた。


今回の展示では、「佐々木まさお」という架空の人物(この人がいい人すぎる人)が生まれてからおじいちゃんになるまでの一生が、各所でのいい人すぎるエピソードと共に展示されているという内容だ。


例えば、「幼稚園で遊びたいおもちゃがお友達と被った時に譲ってあげた」であったり、「受験に行く途中で困っていた人を助けた」などのエピソードがあった。


もちろんネタのようなものもあるので、全てが「うわぁ、いい人だなぁ」と思うエピソードではないのだが、たしかにまさおはいい人なのだとすごく感じた。


そこで考えたことが2点ある。

まず1つ目が、「そもそもいい人の基準とは?」

そしてふたつめが、「いい人でいるべき理由」だ。


まず1つ目の「いい人の基準」だが、これは細かいところはもちろん個人の価値観によるものだと思うが、大枠で皆が同じように「いい人である」思うのはなぜなのだろう。そして基準はなんなのだろうときになった。私が考えた結論としては、日本の道徳教育によるものが大きいのでは、というのと、いい人の基準は「自分よりも他人のため」を考えられるか(自然に)だ。


次に、「いい人でいるべき理由」だが、私は高校生の時、とにかくいい人だと思われたいと思っていた時期があった。今振り返ってもなぜだかは全然わからないが、いい人でいるべきだと感じていたし、いい人でいなければならないとまで感じていたように思う。今は、わざわざ取り繕うことはなくなったが、それでも「優しい」や「思いやり」を褒めてもらえることは多い。結局はそういった素の自分でいることでの心の余裕が他人に優しくできることに繋がっているのかなぁと思った。「いい人でいるべき理由」は特にないのかもしれなくて、思い込みが大きいのかもしれないという薄い結論に至った。


小さい頃親に「いい子にしなさい」や「いい人になりなさい」と言われたことのある人が私を含めて多いと思うが、改めて考えたら指示(?)が抽象的すぎるなぁと感じた。

じゃあどういう人が理想で、そうならなければならない理由(正当な理由がもしあるなら)を示さないとそりゃ納得できないよな〜と今更ながら思い出して腑に落ちた。


将来自分が子供を持つことがあったとして、いい人になって欲しいとは思わない。でも、心の余裕を持てる人になって欲しいとはなんとなく思っている。押しつけは良くないが、もしそれを伝えるタイミングがあれば、言語化して伝えられるようにしたいなと思った。


「いい人すぎるよ展」での展示を見ただけでここまで脳内が飛躍するのはMBTIがN過ぎるな、と自分でも思いつつ、色々考えたので記録してみた。


また別の展示会も行きたい。楽しみ^^