ヒチョルインタビュー(1) | SHINE

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少し前ですが、ヒチョルのCOSMOPOLITANのインタビューです。

英語からの意訳ですので、ニュアンスは勝手にヒチョル風味にしておりますテヘ


キムヒチョルはもともとこうだったろうか?

よく笑い、高いトーンで話し、どんな質問にもたくさんの言葉で答えた。

以前からこのように誰にでも親切で明るく振る舞っていたか?

”親切なヒチョル氏”と私達のシンガポールへの旅が今始まった。


軍隊から戻って、どんな気持ちですか?

最後の写真撮影からとても時間が経っていますが、違った感覚ですか?


あ・・・僕はまだボーっとしているし、全てが良かったです。

今まではずっとホテルの中にいたので、韓国にいるのか、海外にいるのか、

宇宙にいるのかもわからなかったけど、こんなふうにリラックスした時間が良いですね。

過去の写真撮影では笑うことが難しかったけど、今は笑わないことが難しいです。

けど、またいつ変わるかわからないので、緊張していてくださいね。


シンガポールでのスケジュールを本当に楽しんでいるように見えました。


こんな時間を過ごせて、僕は本当に幸せです。

スタッフもよく働いてくれたし、少し雨が降ったことを除けば、すべてが良かったです。

久しぶりだったので、撮影が長くなるかと思っていたけど、あっという間に終わりました。

「ああそうだ。俺はキムヒチョルだ。今までも上手くやってきただろ。

何を心配するんだ?」と思うと気が楽になりました。ハハハ

本当に幸せだったので、たくさん笑ったし、リラックスしてたくさん話すことができました。


あなたはコンサートのために何度もシンガポールに来ていますが、

メンバーがいないのはどんな感じですか?より気楽ですか?


僕がシンガポールを本当に感じることができたのは今回が初めてだと思います。

コンサートで来た時は、コンサート会場とホテルを行き来するだけなんですよ。

昨日は遊園地にも行って、シンガポールは素晴らしいと初めて理解しました。

それと、昔と変わったことの1つに、空港でファンが僕を待っていると聞いた時、

ホントに会いたかったんです。僕を歓迎してくれるファン達に会えると知って興奮しました。

僕が「みんなの顔だけは見て行かないと」って言うと、マネージャー兄がすごく驚いてました。

昔は服を破られたり髪を引っ張られるのが本当に嫌だったんです。そういうのが多かったし。

ファンの歓迎が恋しいなんて知らなかったです。

喉が渇いた時だけ、水が欲しくなるような感じかな。

もし誰にも熱狂されなかったらおかしくなるだろうって、改めて感じました。

注目されないと生きていけない、それがキムヒチョルです。


インタビューが進むにつれて声のトーンが高くなってますけど、喉痛くないですか?

ゆっくり話しても大丈夫ですよ。


僕は全然大丈夫ですよ!
こうやって話すのが好きなんです。僕の情熱を止めないでください!ハハハ


すでに除隊となりましたが、あっという間でしたね。そんなふうに言われると腹が立ちますか?


あ~、ホントに!デビューしてから入隊まではものすごく速かったのに、

公益の2年はなぜか速くはなかったんです~。


カレンダーの日付に×を付けて除隊の日を待ったりしなかったんですか?


いやいや~。そんな惨めなことはしたくなかったです(笑)。


除隊の日は賞状も持って、本当に幸せそうに見えました。


僕は交通事故での怪我で公益勤務に派遣されましたが、

公益任務に就く芸能人が良い感情を持たれないことを知っていました。

だから、誇らしげに堂々とするべきではないし、静かに去りたかったんです。

それで、来てくれたファンと記者に簡単に挨拶をして去るつもりでした。

だけど・・・僕の人生で初めてもらった賞状だったんです。
それで、感情をコントロールすることができなかったみたいです。

本当に賞状をもらうのは初めてだったんですよ!笑っているのも知らなかったです。

後で写真を見て、「これ、ホントに俺?」って思いましたよ。

ものすごい笑顔だったから。


デビューしてから随分経ちました。

デビュー以来、多くのことが変わったと感じますか?


デビューして約10年経ったし、肌の状態や表情などが変わったような気がします。

昔の写真を見ると年齢を感じるし。

正直・・・昔の方がカッコ良かったです。

僕は2年間で何かを達成しようとか、何をしようとか考えてなかったんです。

他の人は本をたくさん読んだり、資格を取ったりすると聞きますけど、

僕はただ平穏に、問題を起こさないように最善を尽くしました。
不変の真実の「そこに留まれば、少なくとも中央を手にできる。」という言葉を胸に、

普通のTシャツとジーンズで毎日地下鉄で通勤していました。