「とても良い穏やかな日々が続いている」
なんて書いた次の日にゃー
父の「おぅ、俺だけどな
」という
押し殺したような低い声![]()
第一声から前日までと別人ですやん…![]()
ま、そんなもんよね………
今すぐにここを出るから
信じられん悪い奴らばかりだここは
迎えに来んなら
また飛び出すけどいいな?←脅し![]()
なんとか落ち着いたみたいだけど![]()
ワタシ、ついつい
久しぶりにまたド直球で対応しちゃって。
何も成長しない51歳。
調子がいいときなら
誰だって優しくできるわな……
バラ用のどデカいプランターが届いた!←フライング気味
昨日の収穫はなすと中玉フルーツトマト🍅
認知症の父との日々を書いています
( ´ー`)フゥー...
ウダウダ気持ちを書いたけど
全部消したよね…
ウダウダ過ぎたから笑
まぁ、いいのよ、そんなことは。
書きたかったのは
今の父がお世話になっているグループホームは
明るく気さくなスタッフの方々で
父の症状にもいろいろ対応してくれて
ほんとうに感謝しているのだが
入居してみて
「話が違うけど…仕方がないかぁ
」
と思っていたことがあって
それは、
散歩などの外出が全くないこと。
そして
父以外の利用者さんで
日常の会話ができる方がほぼいないということ。
寝たきりとかではなくて
控えめな方が多いのかな。
男性もひとりいる。
リビングにはいつもみんな座っているのだけど。
散歩などは、入居前は確か
「コロナとインフルエンザの時期は控えてますけど」
と言っていたけど
少し暖かくなってきても
「スタッフの人数が足りなくて…」と
そもそも父のように
「外を歩きたい」と希望する利用者さんがいない。
だから、父ひとりのために
散歩の付き添いのスタッフがひとり必要になる。
人数が手薄だと、それが難しい。
理解はできるけど
そこが惜しいなぁ、と思っていた。
そのうち、父の
「閉じ込めらている」という思いが増幅し
爆発することが増えてきた…
精神科に医療保護入院する前あたり
去年の8月、9月に
ワタシはそんな父の姿と感情の爆発を
ずっと見てきたので
流れは同じだなぁ、と思った。
すべてを制限されて、押さえつけられている
自分の思ったように動く自由が欲しい
俺にはそれができるはずなのに
という気持ちがどんどん強くなると
「あら、勝手に出かけちゃだめよ~」という一言で
一気に表情が変わるのだ。
玄関で引き留めて
手を振り上げられ、止められず
走って出て行ったこともあったし
庭にいるなら、と目を離した瞬間に
イヌと一緒に走り出したときもあった。
「ちょっと待って、一緒に行くから」と言っても
「なんで一人じゃいかんのだ
」
となる日もあった。
今年の4月に入って
まだ落ち着いているときの父が言った。
「朝とかにな、
ちょっと外に出て歩くことができたら
俺はそれだけでいいんだけどな…
それもいかんと言われるんだ
」
そのときの父は、ちゃんとわかっていたんだ。
グループホームにいる理由も
納得せずともわかってはいるから
我慢はするけど
せめて外出くらいさせてくれたら、という
まともな願いに
ワタシたちは「うーーーーん
」となった。
グループホームが悪いわけではない。
希望を伝えることはできるが
人員的に無理なのだから、実施していない。
だけど、それをどうしても我慢させなければ
ならないのか?
それでも、責任者のKさんに
どう伝えようか、相談として話そうか
迷ったりあきらめたりしていた。
主にワタシが。
でも、そのうちに弟①も
「他のグループホームを
また見学にいってみようよ」
と言うようになった。
それほど深刻な時期ではあった。
実際、入居を決める前に見学した
4件のグループホームのうち、
散歩や外出を実施している
と言ったのは今のところだけで
他は、コロナ禍以降中止している、と
はっきり言っていた。
だから、
グループホームに限っては
難しいのかもしれない。
介護付有料老人ホームにも範囲を広げて
ワタシはいくつかピックアップしていた。
父の認知症の症状にも対応してもらえる
アットホームめな介護付有料老人ホーム。
父の唯一の望みを、叶えられる場所を。
でもそれは、一度無理でも思い切って
Kさんに相談してからの話にしよう
そう決めたそのすぐあと
状況が変わったのだ。
父の症状のアップダウンが
激しくなり始めた頃だった。




