2010年が明けましたね
今さら
『明けましておめでとう』のご挨拶をするのも
恥ずかしいほどに日数が経ってしまいました。
本当に 御無沙汰をしていました。
月に1度も更新しなくなってしまったこのブログに
コメントをいただいた方や
ペタをつけてくださる方には
お返しできなくて 申し訳ない限りです。
メッセージをくださった方も 本当にありがとうございました。
この年末年始は 実家に帰ってゆっくり過ごさせてもらいました。
(ゆっくりしすぎてこの始末な訳です…)
あの頃へのタイムスリップも
初夏を過ぎて
じめじめした梅雨の時期が過ぎると
本格的な夏の到来です。
天気予報ではまだ『梅雨明け宣言』がされていませんが
7月に入ったので
もう じきに明けるはずと
私は心待ちにしていました。
その頃には 大学は夏期休暇に入るので
実家に帰る つまり先生が住むあの街に帰省するから
先生といっぱい逢えるからです。
6月の頭に 大阪に来てくれたあとの先生は
色々な仕事があって とても忙しいみたいでしたが
夏休みに 私と行く沖縄旅行を思うと
「このぐらい忙しい思いをしたって平気や」と
電話の向こうで笑っていました。
先生は 本当にタフな人です。
6月 しばらくしてから 土日を使って
私は一度 帰省をしていたのでした。
母方の祖母が 具合が悪いとのことで
母がこっちに来ていたのですが
両親とお見舞いに行ったあと
3人で 父の運転する車で実家に帰ったのでした。
「なに カナも一緒に帰るの?
お目当ては 篤史くんに逢うことじゃろ?」
父がいない時に 母が私にそっと言ってきましたが
それは図星です その通りなんです。
でも 冬物を実家に置きに行くという
ちゃんとした目的もあるのですが
そんなの 荷作りだけしておけば
別に私が行かなくても困るものではありません。
「え・・・ あ
うちが一緒におったら邪魔?」
照れ隠しに 逆に訊き返すと
母が私の髪の毛を くしゃっとしてきました。
「そう 邪魔邪魔
せっかくパパとふたりっきりじゃのにね・・・
カナは お洋服と一緒にうしろに乗るんよ
助手席はお母さんの指定席じゃからね。」
そう言えば 母と私は昔から助手席を取り合っていました。
私が「おませさん」と言われはじめた
ちいさな頃からです。
「そんなん わかってる
うちにはもう ちゃんと指定席があるんじゃもん
ふたつもキープしたら 神様に怒られるし・・・」
先生の車を思い出しながら
母にそう答えました。
「俺の運転する車の助手席は
ず~っとカナちゃん専用の席やからな。」
先生は 私に何度もそう言って笑っていました。
だけど 実際にはそうはいかなくて
生徒を急きょ家まで送って行った とか
仕事で外出する時 同僚の先生を乗せて行った とか
止むをえない時は
セリカの助手席には 色々な人が乗っていました。
そんなことを思い出していると
父が戻ってきていました。
家までの道のり 前の席で両親がしている会話に
はじめは参加していた私ですが
途中で この心地よい振動が眠気を連れて来たようで
いつの間にか 眠りに落ちているのでした。
そしていつしか 夢を見ていました。
先生とレオと 私とで
真っ青なオープンカーに乗って
ドライブしている夢でした。
レオと私が 助手席でぎゅっと抱き合って
現実には到底無理な姿勢でのドライブでした。
うつらうつらしていると
両親の話し声が聞こえてきました。
「・・・か カナは。」
「それなら大丈夫
篤史くんは カナのことも大切にしてくれとるし
それよりも 私らのこともちゃんと考えてくれとるんよ。」
「私らの って なんやそれは。」
「そりゃあ カナにきちんと大学卒業して欲しいって言う
親の思いよ
カナ自身がママになってしもうたら
K大は 辞めてしまわんといかんじゃろ
そんなことさせたらダメじゃってこと
篤史くんは ようにわかってくれとるんよ。」
私と 先生のことを話しているようです。
「そんなん当り前やろ
カナは やっとはたちになったばかりや
母親になんかなるの 10年早いわ!」
「パパ 10年は無いわぁ。」
「言葉のあややって そんなん
篤史くんが きちんとしたええ子ぉや言うのは
俺にやってようわかってる
でも 何もうちのカナやのうてもって思いが
正直まだあるんや・・・」
「パパ・・・」
「カナはちょっと前まで『パパ パパ』言うて
俺にくっついてきて お前と本気で俺のこと取り合いしてたのに
それが今では 篤史くんが何でも一番なんやから
・・・凹むで ほんま。」
「大丈夫じゃ パパ
カナが篤史くんと結婚して 子どもが生まれて
その子がもし 女の子じゃったら
篤史くんもまた 今のパパとおんなじ思いをするんじゃから
私が父さんのところに パパを連れて行った時から
何回も何回も おなじことが起きてるんよ
・・・次は 篤史くんの番じゃからね。」
「ほんまやなぁ
アイツも自分の可愛い娘 急に姿見せにきた男に
かっさらわれて行ったらええんや。」
そう言ったあと 高笑いする父なのでした。
「パパの顔
なんか うれしそうじゃなぁ
カナが聞いたら 怒るんじゃないん?」
「そうか?
こんなんは 世の父親みんなの本音やろ?
可愛いひとり娘を いきなりかっさらっていかれるんや…
同じ目におうたらええんや って
思うやろ?
特に アイツ 篤史くんは急に来よってからに。」
母がくすくす笑っていました。
本当はもう目が覚めている私は
眠ったふりをしながら ふたりの会話を聞いていました。
祖母のことと 母方の従姉妹のこと
父の住むマンションに 友人を訪ねて
阪神タイガースの野手の人が来たこと
偶然エレベーターで一緒になったのだけど
巨人ファンの父にはわからなくて
一緒にいた虎党の同僚がすぐに気づいて
サインをしてもらっていたことなど
他愛のないことを話していました。
そんな道中のことも 今では大切な想い出です。
母は幸い まだ健在ですが
父は すでに向こうの世界に旅立ってしまったので
こうして父の姿を思い出すと
私自身が いかに父と母に大事にされて育ってきたかを感じ
改めて 感謝と尊敬の思いが強くなるのです。
この1泊2日の慌ただしい帰省の折にも
先生は私に逢う時間を作ってくれました。
先生の部屋に【お泊り】するほど
お互いの時間に余裕がなかったので
(…と云いますか 私たち親子3人がそろう機会を
自分の手で奪ってはいけないだろうから と
先生が遠慮したようです)
先生のセリカで 日曜日の朝にドライブに連れて行ってもらいました。
私が大阪に戻るのに 午後に再び父の車に乗るから
長距離のドライブはあまりよくないなと言って
隣町にある公園に行きました。
その帰りに 少し寄り道をしてから帰宅したのです。
「カナ 愛してる・・・」
そう言って 私のからだを強く抱きしめながらキスをする
先生の熱い目を見つめながら
先生の逞しいからだにしがみついて
私からも 何度も何度も先生にキスをしました。
「うちも愛してる ・・・先生のこと愛してる。」
そう言ってキスをすると
先生がはにかみながら笑っていました。
「カナに『先生』って たまに言われるとゾクッとするなぁ・・・」
「そう?」
「そうや カナがまだ制服着てた頃のこと思い出してなぁ。」
たくさん たくさん先生から愛をもらって
私からも 先生にいっぱい愛を伝えて
ほんの短い時間に
愛されることだけでなく 愛することの歓びを教えてもらった
珠玉のような時間を過ごしたこの日のことは
両親のことも併せて とても大切な想い出の1日なのでした。