心身は全体と関連して影響しあっている。


つまり、
顔だけ美しくなって心身はボロボロというのはありえない。

人間関係なんかでトラブルを抱えたままでは美しくもなれないし、
健康など程遠いわけです。



どんなことも心身全体を土台として意味がある。


やせる、とか、美顔
という行為もそれだけで閉じ込めて
それだけに努力すること自体がすでに不健康。
(やせる事だけを目的にして、
食べないのが最も手軽に思えてくるのが良い例!)

そういうのって、そもそも美という意味を最初から取り違えているってこと。






「機能美」
という土台なしに、心身の機能をそこなうような
イエット法をやっているのでは
それ自身が醜に向かうわけです。

美しくなりたいと言う理由はなんだろうか、

単に見た目がよければそれでいいのだろうか、

スーパーに行けば
見た目のよいものは沢山並んでいます。

包装も素敵に、添加物で美しく、
鮮度よく見せるための薬品も使う。

そんなような、
陳列に適した美しさを求めてはいなくて
着色や防腐しなくても鮮度を内側から保つ事、
  これが美容の本質ですよね。

見た目の手入れをまめにするだけでなく、
日ごろの生活習慣にこそ手入れをする必要がある。
友人が哀しみに暮れていて、
もはや私から掛ける言葉もないので
そばにいるからね とだけ言い放っておく。

今は感覚が麻痺してるらしい。
吐き出す言葉も力がない。

いくらでも、何でも聞くけど
私に出来ることはそれくらいだ。
悲しいけど、そうなんだ。



生きてる限り、喪失からは逃れられない。


所有することのはかなさや、

所有と思っていたものは
実は貸与であったことを思い知らされたり。

人それぞれ、自分だけの時間、
自分だけの方法で喪失を体験する。


人生における大きなレッスンなんだと思う。


でも、人は必ず癒える。



喪失によって、
空虚感、無力感、閉塞感、

麻痺、自己卑下、怒り、恐怖、

不眠や嗜眠、過食や拒食、

極端から極端へ揺れ動いたり、
息をひそめたかのように動かなくなったり、

その感情や行動の一部
又は全てがその人の癒しに必要なプロセス。

だから、それぞれ違う行程を経て
必ず癒える。







誰かの喪失体験は
側で見守ることしかできない。



そう思っただけ。