空の上にいたあの日 | ふぞくやのブログ

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株式会社クロップオザキの社長、
尾崎博之の公式ブログです。

今日は寒いですね。

空もなんだか悲しげな曇り空。

今日という日はこんな空があっています。

さて、今日のお話は、
「空の上にいたあの日」
です。

東日本大震災に関することを書くか、
まったく違うことを書くか迷いましたが、
やはり震災のことを書くことにしました。

あの日、私は空の上でした。

上海から戻る飛行機の中にいるときに
地震が発生していました。

成田へ向かっている飛行機が三重県上空に
差し掛かったときに、機内アナウンスで

「ただ今、関東地方で非常に強い地震があった模様です。
成田空港に着陸できるか確認しながら速度を落として飛びます」

とのことでした。

機内では電話もインターネットも使えないので
機内アナウンスのみが情報源。

「大きな地震」と言っても大したことないだろうと
思っていました。

次ぎのアナウンスが入ったのは20分後、三宅島上空。

「成田空港も壊滅的な被害を受けている様子で
着陸できる飛行場を探します。他の飛行機も
自衛隊の飛行場等に着陸しています」

え、なんだ「壊滅的な被害」って?

とても不安になりました。

結局、その後1時間くらいで、関西空港に着陸。

飛行機からなかなか降ろしてもらえず
機内で通話の許可があり、家族、社員、会社の無事は確認。

飛行機を降りて、荷物の受取場でも
なかなか荷物が出てこず、ここでも情報が錯綜。

「東京タワーが折れている」なんて話しも。

荷物を受け取り、空港ロビーのテレビで
東京ではそれほど大きな被害はないことを知り、
その後はどう帰るか考えるので精一杯でした。

結局、その日に東京へは帰れず、
関空近くのホテルに宿泊。

津波のニュースを知ったのはこのホテルに入った
夜9時くらいでした。

その映像が衝撃的でその日のことは
それ以上覚えていません。

翌朝の飛行機で羽田に帰京し、電車、徒歩、
バス、タクシーを乗り継いで帰宅。

歩きながら見たコンビニにはモノがなく、
異様な雰囲気を感じながら帰った
記憶が鮮明に残っています。

その後の津波被害拡大、原発事故と
当時の沈んだ日本全体の雰囲気を
決して忘れてはいけません。

5年。

早いのか、遅いのか。

情報の溢れる東京にいると5年という月日が
確実に大震災の風化させているのを感じます。

あの日の自分の感じたことを忘れないために
感じたことを書き残しておきます。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ファッション業界で頼りにされる会社になるべく奮闘中ビックリマーク
これからもいろいろ情報をアップしていきますのでよろしくお願い致します。

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