人界とけもの界。そのハザマを行ったり来たりするのは、ろうたけた狐といえど、容易なことではない。
タバイの山には、大昔から人間界でいう関所のごときものがあった。
誰が聞いても、そうだない、イエスイエスと、納得できなけりゃ、人さまのものを、勝手にけもの界に持ち込むことがゆるされないのだった。
見かけは藪でおおわれたこんもりした小山だが、中に隧道が掘られてある。
そこをくぐりぬけることなしに、変わり身の術を駆使したものが行き来することが許されなかった。
ここを通るまいとほかのけもの道を通った場合、岡っ引きのごとき者が目ざとく見つけては、ひょいとお縄にしてしまった。
いまだに人の姿をとっている母さん狐。
気づかれも重なって目をしょぼつかせては、はあはあ息を切らしている。
食べ物でいっぱいになったふろしき包みがずり落ちそうになったので、よいしょと声を出した。
もう一度、それを胸の前でかかえなおした。
隧道の前に来るといったん歩くのをやめ、天をあおいだ。
(ああ、やっとここまで来た。あとはここをくぐりぬけるだけ。そしたら子らに会える。おなかを空かせていることだろう)
目に涙がにじんだ。
術が切れそうなのか、目の周りに変化があらわれだした。
眉毛が黒から茶に変わりかけている。
かろうじて人の姿をとっている。
「すみません。すみません。お願いいたします」
荷物を左手に持ちかえると、右手で動悸の高まる胸を、そっとおさえた。
中からごそごそと物音がして、関所の番人が出てきた。
「白いの。そりゃなんだい。いっぱい包んであるようだな」
「ええ」
と答え、母さん狐が腰をほぼ直角に曲げた。
「子らのために人さまからいただきました。決して、ただ取りではありません」
「ふうん、信じれらんな。そんなにくれる気前のいい人間はおらんでな」
「でも、ほんとです。宴席の手伝いをやらせてもらい、これらはそのご褒美なのです」
「ほうび、だと?」
「ええ、はい。そうでございます」
「とにかく、人さまのものをいただいてくるのにも、道理があってな。いい加減な理屈をこねるようだと、ここを通すわけにはいかんぞ」
「じゅうじゅう、知っております」
あごにたっぷりとたくわえた白ひげを、黒っぽいドテラを身にまとった老人が左手でゴシゴシなでながら言った。
見るからに好々爺だが、眼光はするどい。
「すみません。どうぞここを通してくださいな」
ぺこりとかぶりを振った。
その拍子に、かぶり物の日本手ぬぐいの中にしのばせてあったものが、地面にころげ落ちた。
「うん?これは何ぞえな」