ものごころがつく。自他の区別がつくようになったのはいつからだろう。めでたくも、ぼくのこころの中で、意識がうまれたということ。ものを感じたり、考えたりする機能(精神)が身についたということである。
気が付くとぼくは、幼稚園の庭の片すみでしゃがんで草むしりをしていた。
箸は右手でと母親の躾どおり、利き手は右手。その手でその指で、せっせと、草をつかんではひっぱっていた。
左手は何をしているかといえば、しきりに、地面にのの字を書いていた。
気が小さかった。もっと大きければ、もっと勇気があれば、幼稚園で同じくらいの年齢のみんなと遊びたかった。
園庭は、幼稚園だし、それほど広くなかった。
それでも満ちあふれるほどの子らがいるのは、先だって負けいくさで終えたばかりの第二次大戦のあとで、続々とお父さんたちが帰国したせいらしい。
「男一人に女の人がトラックいっぱい」
ちまたで、おとなたちの間で、そうささやかれていたらしいが、六歳のぼくにとって、それが何を意味するか、当然、理解できなかった。
ブランコにすべり台、それと鉄棒にジャングルジム。
遊具という遊具はいずれも使われていて、遊びたければ、長い列の最後尾に立たなければならなかった。
それらの遊具に見放された子らは、しょんぼりしているかと思いきや、そんなことはなかった。
誰もが笑顔、笑顔、笑顔。
おとな同様、爆弾が落ちてくる心配のない青空を見つめた。
彼らは立ったり、すわったりしているうちに、やるべきことを思いつき、ほかの同じ境遇の子らを見つけ出しては、鬼ごっこやかくれんぼにさそった。長いひもを持ち出してきた男の子は端と端を結わえ、一本の円を作るとすぐに、「おおい、これで電車ごっこしよう。やる人、この指とおまれ」と呼びかけた。
ごとん、ごっとん。ポッポオ、シュシュポッポ。
地面に砂が多くまかれているせいで、おおぜいで足踏みしたり、走ったりするものだからすぐに砂ぼこりがたち、前が見えなくなるほどだった。
「Kくんはお利口ですね。いつもひとのいやがることをしてくれて。先生、とってもうれしいわ」
受け持ちの美人のF先生がそばに来て、そうおっしゃるが、ぼくはちっともうれしくなかった。