守男はこころに芽生えはじめたほのぼのとした気持ちを、どう扱ったらいいかわからない。
ラーメン道をまい進するのに女はいらないなんて、かっこつけてみるが、どうも自分にはふさわしくなさそうだ。
「おいこら、もりお。やけににやけたつらをしてるな。まったくもう、この頃たるんでるぞ。もっと気を入れてやれ。気を入れて」
洗い終えたうつわを一枚、ついうっかり、ガチャンと床に落としてしまった。みるみるうちに傷口から赤い液体が噴き出してくる。あわてて守男は、唇を傷口に当てた。
「汚れてしまうだろが、皿が」
「ええ、ど、どうもすみません」
人間さまより、皿の方が大事らしい。
「どうも様子がおかしいな。ひょっとして好きな人でもできたんじゃねえだろな。まさかそんなことはねえだろが」
先輩の口ぶりがだんだんひどくなる。
「おい、大丈夫か。ひどかったら、早く消毒しろ。われものなんぞいじるな、足で隅に寄せておけ。あとから、いくらでも掃除できる。都会のおぼっちゃまなんだものな、守男は。相手にしてくれる会津の女性ができるにはまだまだ時間がかかる。しっかり者ばかりなんだぜ。この辺りのひとはな。十年はかかるぞ」
と、ほかの先輩がひきとってくれた。
守男は言われるたび、身が縮む思いだ。
それからしばらくは、休日が来ても終日、部屋にひきこもった。
ごろりと横になりテレビばかり観た。ときどき、げんをかつぐかのように南側の窓を開け、田園地帯を見わたすがむだだった。
秋が深まるにつれ、磐梯や飯豊山地がいろどり豊かになったと思ったのもつかの間、やがて店前の通りを冷たい北風が吹きぬけはじめた。
それでも客足はそれほど鈍らなかった。
「こんちは、また来たよ。寒くなったね。熱いのをいっぱい」
リピート客が、白い息をはき、暖簾をかきわけて入って来るたび、守男はカウンター越しにちらりと客の姿をのぞいた。
「いいんだ、守男は。気にしないでな」
気を遣って言ってくれているのはわかるが、守男にはそれがうとましい。
若い女性客が大勢で入店してこようものなら、守男はそわそわする。ひとりひとりをじろじろと見た。
「いやだわ、この店。あの人の目線、気味わるいわねえ、みんな。雰囲気わるいから、出ましょ出ましょ」
店長が怖い顔をして、包丁のみねでまな板を、ゴンッとたたいたので、守男は亀のように首をすくめた。