1泊で伊豆ツーリングに行ってきました。
本当は富士五湖に行く予定でしたが、火曜朝から冬一番と共に寒波がやって来るという予報でしたので、急遽伊豆ツーリングに変更しました。
20代の頃、伊豆はドライブ、テニス、バイクツーリングと散々行った感があり、あまり気乗りはしませんでしたが、寒さには勝てず30年ぶりの訪問です。

天気にも恵まれましたが、寒波予報とは裏腹に伊豆は充分暖かかったです。この時期ツーリングの服装に迷いますが、夏の格好のままで大丈夫でした。

今回、熱海まで輪行し、主に海沿いを走りましたが、道は結構アップ・ダウンがあり、トレーニングしたい人にはいいコースかもしれません。宿泊は稲取温泉に予約しておきました。


「Navitime抜粋(以下同)」

熱海から望む初島、初島についてはその興味深い歴史を後で触れたいと思います。

大島もうっすら

道の駅 伊東マリンタウン、サンハトヤの近く


城ヶ崎海岸

熱海を12時頃出発したので、稲取温泉に着く5時頃にはかなり夕暮れてきました。東伊豆は山の東側なので日暮れも早いです。
本日の走行距離56km

温泉につかって6時半に夕食。一人旅の時はだいたい2食付1万以下の予算にしています。東伊豆は金目鯛を売りにしているらしく、あちこちで金目鯛料理の看板を目にします。金目の丼ぶりに左上は鍋。私は大体これ位の量、質で満足しています。一人旅だと敬遠する宿も多く、宿で食事に有り付けるだけでも有り難く思っています。
食事は部屋まで運んでくれ、仲居さんは中国南部出身の女性が相手してくれました。2年半日本に住んでいるそうで日本語はなんとかOK。自転車でここまで来たと話したら、たぶん彼氏だと思いますが友達もロードレースをやっているそうで、最近その友達が何やら中国のロードレースのライセンスを取ったとかで、わざわざスマホを取りに行ってそのライセンスの写真を見せてくれました。「じゃあ自分も今度中国へ自転車で行くよ」と調子を合わせておきました。
2日目

稲取温泉の朝

昔も来た今井浜

尾ヶ崎ウィングからの眺め

平日の白浜、サーファーがまばら

下田に到着、坂本龍馬の銅像と記念撮影。

帰りは伊豆急下田から電車で帰るつもりだったので、南をぐるっと一周するコースを採りました。下田からは119号線に入って伊豆の山間を走ります。里山の風景を見ながらアップダウンの道をひたすら走ります。

途中で小休憩を取るつもりで一条竹の子村に立ち寄りましたが平日は休業のようです。小腹に何か入れるつもりでしたが店は閉まっています。他に何もないので、途中で休憩したいなら下田で何か仕入れておく必要があります。

山間を抜け海に出ました。ここは「あいあい岬」いい眺めです。

折り返しは海岸沿いを走ります

石廊崎灯台、駐車場から徒歩だと結構あります。自転車でここら辺りまで入れます。徒歩で岬を目指す年寄り夫婦などからはうらやましがられました。

石廊崎

ペリー上陸記念碑を最後に下田駅から帰りました。
本日の走行距離63km
今回、久しぶりに伊豆を訪ねましたが、昔の活気がどこにも感じられません。下の写真は石廊崎にある、おそらく昔、休憩施設として賑わっていたところなのでしょう。今は廃墟と化しています。伊豆の至るところでこのように廃墟となった施設が見られます。


初島のアイランドリゾート、熱海から船便が出ています。私は行ったことありませんが、現在はエクシブがリゾート施設として管理しているようです。調べてみるとこの初島には日本の高度成長の盛衰の歴史が刻まれていて興味深いものがあります。
初島は元々半農半漁の素朴な離島集落でした。世帯も40世帯位で、島の時給自足の生活を維持するために、2男以下の子女は島から出なくてはいけないという不文律があったようです。
1925年(大正14年)に国鉄が熱海まで開通し、更に1934年に丹那トンネルが開通すると熱海は一大観光地となり、初島までの遊覧船も行き交いました。
そして東京オリンピックのあった1964年、高度成長の荒波が押し寄せます。東海道新幹線が開通し、初島バケーションランドが開設されます。高度成長のレジャーブームで東京から日帰りで行ける島として人気を呼び、ピーク時には年間15万人の来場者があったそうです。
もうみんな忘れかけていますが、1987年のバブル絶頂期にリゾート法が制定され、各地の地方自治体や民間企業が競ってリゾート開発をしました。公共では年金基金が保養施設(グリーンピア)を全国各地に作りましたがその後破綻しています。(注、年金基金とは今話題のGPIFです。世界最大の投資基金と言われています。そのGPIFが今、アベノミクスに便乗して株式や外貨投資の比率を引き上げようとしています。我々の大事な年金資産がまた同じ轍を踏まないか心配です。歴史は繰り返されるのですから)
初島もこのバブル景気の中、日本海洋計画が「初島クラブ」というリゾート施設を建設する計画をたてました。サントリー、富士急、トヨタ、日本長期信用銀行などが出資して開発が進み、1993年に施設はオープンしましたが、1989年に既にバブルが崩壊しておりリゾート会員の募集が順調に進まず、結局1999年に会社更生法の適用を申請し、倒産しました。この倒産は日本長期信用銀行の破綻にも大きな影響を与えたとされ、後に出資・融資を推進した取締役が告訴までされています。(ウィキペディア記事)
まさに日本の戦後の高度成長の荒波に揉まれ、今エクシブがリゾート施設として管理はしていますが、経営は推して知るべしです。元々いた住民はどうなったのでしょう。
全国各地至る所にこのように廃墟と化したリゾート施設が点在しているものと想像に難くありません。会社にいた頃、30代社員がデフレしか知らず、バブルを経験した私達の世代を羨ましがったものです。確かに自分達の20代、30代半ばまでは遊ぶことに熱心で、何かわくわくすることが一杯あったように思います。それと比べると現代は平和ではあるのですが何か閉塞感が漂っています。将来に対する希望も見えません。
これからの日本どこを目指せばいいのでしょう? 私のような半分現役を引退したものにとってはあまり関係ありませんが、これからの若い人達がかわいそうです。