プーさん | ヒールでミドル

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とあるチームのセンターバックの暇つぶしでございます。
暇つぶしというか、仕事つぶしてます。というか暇です。

ちょっと興味がわいたので

ラスプーチンについて調べてみました。


ttp://www.actv.ne.jp/~yappi/yappi.html  より抜粋。


グリゴーリ・イェフィモヴィチ・ラスプーチン(1872~1916)は、シベリア貧農の出身であった。

正規の学校教育は受けず、河で釣りをし、馬と駆け回る、いわば自然児であったが、

知力においては優れたものをもち、その眼力でたびたび村人を驚かせていた。

20歳の頃、ある日突然彼は父親と妻を残して、巡礼の旅にたつ決意をした。


十数年にわたる巡礼の旅の中でますます磨きのかかった眼力と自信に満ちた説教

心服する帰依者が彼の周りに寄り集まるようになっていった
こうして彼はシベリアの農民のあいだで広く名前を知られるようになった。

そして彼は自分の力をより大きな舞台で生かしたいと考えるようになった。

1905年、34歳のときに彼はペテルブルクに居を定めた。

そして、東方密教の修道院で習得した神秘的な占いや呪術

もちまえの雄弁によって奇蹟を行う行者として上流社会、

とくに婦人たちのあいだでたちまち評判になった。

ラスプーチンの噂が皇帝夫妻のもとに届くのにそれほど時間はかからなかった。

皇帝ニコライ2世の皇后アレクサンドラは、

祖母のヴィクトリア女王に由来する血友病の遺伝があり、息子アレクセイも血友病の持ち主だった。1907年、アレクセイが出血をおこしたとき、皇后はラスプーチンを宮廷に招き、祈祷を施してもらった。

彼は見事皇太子の出血を止めて幼子を救った。

こうして彼は皇后の揺るぎない信頼を得ることになった。

ラスプーチンはこれを大いに利用し、宮廷内でわがもの顔に振る舞った。

秘密警察は彼のことを、「醜態の限りを尽くした淫蕩な生活」と報告していたが、

皇帝も皇后もこれを取り上げなかった。


<続きは↓>


ttp://www.actv.ne.jp/~yappi/tanosii-sekaisi/09_20thC/09-02_rusputin.html


いやあ、歴史って面白いです。