【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】! -29ページ目

【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!

■【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>
■【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】
■【<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>創世道】
■<【御心】お任せ道><【福音・御言葉】お任せ道>

【2010年8月6日に作成した<第530回>に加筆】
◇◇貧しても鈍せず、初心【ビジョン:理想・夢念・大志】に立ち帰れ!◇◇
★★PJニュースhttp://www.pjnews.net/ の「オピニオン<検索番号698>」掲載記事に加筆★★
■【PJニュース 2010年8月4日】NHKドラマ「ゲゲゲの女房」の高い人気について考える。

TV番組で継続的に視聴率一番は「ゲゲゲの女房」ですが人気があるのは混迷波乱の現実に
多忙な現代人が憧れる初志貫徹の精神を体感できるからだと思います。

「貧すれば鈍する」とあるように、私たちを取り巻く現実生活は、物質的・経済的・
社会的・肉体的に行き詰まると精神的にも落ち込んで、初心の【ビジョン:理想・夢念・大志】を
守りぬく気概や品性を見失ってしまう危険で一杯です。

過酷な戦場から奇跡的生還して片手を失って、戦後は極貧生活に追い込まれた
「ゲゲゲの女房」の主人公の漫画家水木しげる氏の生き様には、生活に行き詰まり
人生で迷ったら、初心の【ビジョン:理想・夢念・大志】を選択することで人生の勝利に
導かれたことが理解できます。

しかし、初心の【ビジョン:理想・夢念・大志】を貫き通すには、本人の才能と智慧だけでは
到底実現できないことも「ゲゲゲの女房」は教えています。家族や周囲で支えた多くの理解者や
協力者がいたからであり、どんな【ビジョン:理想・夢念・大志】でも実現には
<心を一つ思いを一つ>にした「チーム・ワーク&チーム・スピリット」が不可欠です。

初心の【ビジョン:理想・夢念・大志】に挑戦しても道半ばで実現できなかった多くの場合、
理解者や協力者が身近にみつからなかったからではないでしょうか。

しかし、たとえ私たちの身近に生きた「同労者・同志」が見当たらないとしても心配御無用です。
私たちの身近には信愛できる「先人・偉人の教え:名言・格言」が存在するからです。
生きた人間の「百の言葉」よりも、自己の【ビジョン:理想・夢念・大志】を貫徹した
「先人・偉人の教え:名言・格言」の活き活きとした一言があれば、迷い苦しみ悩む私たちの
冷めきった心を、熱く燃やす「起爆剤」となります。

●希望!どんな不幸におちいっても、われわれは希望の太陽を心からすててはならない。
 常にに楽天的である事。つまり天命を楽しむ事、
 これこそがわれわれを幸福に導く信仰である。
 今日を立派に生きることが、明日の希望を見いだすことであり、
 明日の希望があってこそわれわれは明るく生きることができる。
現在を嘆き悲しむものはやがて不運を招くことになる(ヘレン・ケラー)
●大事を断ぜんと欲せば、先づ成敗を忘れよ(吉田松陰)

「先人・偉人の教え:名言・格言」は単なる過去の発言ではなく、私たちの【ビジョン:
理想・夢念・大志】実現のために、今も活き活きと息づく「同労者・同志」であり、
霊的に生きた理解者・協力者として受け止めれば、私たちが心に抱く【ビジョン:
理想・夢念・大志】を人生の旗印に高く掲げて、前進し続ける事ができます!

●気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見たものになるだろう。
 あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である」(ジェームズ・アレン)

皆さんが霊的に活きる「先人・偉人の教え:名言・格言」に勇気付けられ励まされ、
慰められ希望を見出すことで、どんなに現実生活に貧しても鈍せず、
初心の【ビジョン:理想・夢念・大志】に立ち帰って活躍されることを
心より応援しています!

●迷い、夢見ることをはばかるな。高い志向はしばしば子供じみた遊びの中にあるのだ
  (シラー)
●君がどんなに遠い夢を見ても君自身が可能性を信じる限り、それは手の届く所にある
  (ヘッセ)
●何より、出来ると思え、続いて、手段が付いてくる(リンカーン)
●世に生を得るは、事を成すにあり(坂本龍馬)
●ビジョンを持つことだ
 理想を描くことだ
 あなたの心をこよなく鼓舞するもの
 あなたの心に美しく響くもの
 あなたが純粋な心で愛することのできるものを
 しっかりと胸に抱くことだ(ジェームズアレン)
●私は30歳。四季はすでに備われており、
 花を咲かせ、実をつけているはずである。
 それが単なるもみ殻なのか、成熟した粟の実であるのかは、
 私の知るところではない。
 もし同志の諸君の中に
 私のささやかな真心を憐れみ
 受け継いでやろうという人がいるなら、
 それはまかれた種が絶えずに、
 穀物が年々実っていくのと同じである(吉田松陰の遺書「留魂録」から)
●汝の道を主にゆだねよ、
 主に信頼せよ、
 主はそれをなしとげ
 光のごとく汝の義をあきらかにし、
 真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい!
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


◇◇<先駆者>洗礼者ヨハネに示される【真理】& 【神の愛の方程式・摂理】! ◇◇
【2001年3月13日に作成した<第81回>に加筆】

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

大工の息子であった【平民イエス】をこの世の【救世主】である【神の子】として、初めて
公言して紹介した人は、【主イエス】本人ではなくて、洗礼者ヨハネです。

この<事実>には大事な【真理:神の愛の摂理】が示されていると思います。

【神の愛=隣人愛】の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】や【ビジョン:理想・夢念・大志】が
実現するためには、<先駆者><開拓者><先陣を切る者>が必要不可欠という事です。

●主の道を備え、その道筋を直ぐにせよ(マタイ伝3‐3、マルコ伝1-3、ルカ伝3-4、ヨハネ伝1-23)
●厳格なる正義の準備なきところに、キリストの福音の栄えた例(タメシ)はない
 ◆全ての預言者はイエスの先駆者であった
  ⇔預言者なくしてキリストは世にあらわれなかった
 ◆旧約の道徳を排して新約は解らない
 ◆ピューリタン道徳があって、健全な英米キリスト教があり得た
 ◆最も善きキリスト者は厳格な武士の家に起こった(内村鑑三)

興味深い事例があります。米国の軍隊組織は世界最強のように言われますが、その理由として
<海兵隊(マリーン)>組織の存在があるといわれています。

通常の軍隊組織といえば、陸軍(アーミー)・海軍(ネイビー)・空軍(エアフォース)による編成部隊です。

そこに<海兵隊(マリーン)>が別働隊で存在するのは、先陣を切る特別の【ミッション:使命】が
<海兵隊(マリーン)>に与えられてるからだそうです。

ご存知のように<海兵隊(マリーン)>は徴兵制度でなく全員志願者であり、陸・海・空軍と違って
議会の承認は必要なく、大統領命令のみで作戦を実施でき、「大統領親衛隊」的な性格を持ち、
<独立戦闘部隊>として、特殊な訓練を受けて精神的・体力的・頭脳的にも優秀な人材として
育成されます。

戦地には海軍の力を借りて戦地まで運んでもらい、初めての戦地に真っ先に上陸して<道>を
拓くのです。

<海兵隊>の誇りは陸軍や空軍の出番なく援軍支援を使わずに戦地での目的を達成する事です。

米国軍隊において、陸軍や空軍は常に<海兵隊>の判断に従い行動するだけであり、最も危険な
最前線にいるのは常に少数精鋭の<海兵隊>なのです。

それだけ、<海兵隊>には特別の権限と使命と名誉が与えられているから、米軍は最強であると
同時に少数精鋭の戦闘攻撃なので、犠牲者を最小にする地上戦略が可能であるとも言えます。

この<先陣を切る戦略>は単なる戦争の世界においてだけでなく、経済界においても同様です。
多くの米企業のマーケティング戦略やキャンペーンにおいても、このような先駆者的営業部隊を
組織化する特徴があると言えます。

日本だと<道>を切り拓く<切りこみ部隊>や<先駆者(パイオニア)>は、自ら誇る者も少なく
成功しない限りは、世間的にもあまり存在価値も認められず、評価も高くないかもしれません。

しかし、どんなに素晴らしい【ビジョン:理想・夢・志】であっても、その実現のためには。
先ず少数精鋭の<先駆者・切り込み部隊>が<新たな道>を切り拓かなくては成功しません。

【主イエス】自身が、新たな【福音伝道】を始める時には、<切り込み部隊・先導者>として
少数精鋭のわずか<十二弟子(使徒)>を選定したことは【真理:神の愛の摂理】だと思います。

何事にも<道>を拓く<先駆者>の必要性は【神の愛の摂理】で成立している<天然世界>に
目を向ければ明らかです。

たとえば、花が開く時を観察すると、周辺の安全確認をするかのように、わずか一輪だけが
開花します。勇敢な<先駆者>の花が安全で問題ないと、後の多くの花が一斉に開花します。

●汝は王者なれば ただ一人征(ゆ)け 自由の大道を自在なる英知もて進め 
 その尊き偉業の報いを欲せず 自らが愛する思想の実をば結びゆけ(プーシキン)
●【ガンジーの名言・格言】
★偉大な人を見よ!彼らは常に一人立つ。
★勇敢な人は、一人闘うことを誇りとする。
★たとえ一人になろうとも、全世界に立ち向かい給え!
 世界から血走った眼で睨(にら)まれようとも、君は真っ向から世界を見すえるのだ。
 恐れてはならない。君の心に響く、小さな声を信じ給え!

小さな組織・集団でも、または地域社会・民族・国家においても、<新しい道>を切り拓く
少数精鋭の<切り込み部隊・先駆者>の存在意義を理解して、自他共に高く評価できる事が
【ビジョン:理想・夢念・大志】や【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従った<愛と自由>を
実現するために重要であると実感しています。

●諸民族を、その間違った道から神の信仰へ連れ戻すために苦難の時代が
 やって来なければならない場合に、普通神は先ず幾人かの個人に苦難をなめさせ、
 そのあとでこれらの人たちが、その他の人々に向かって自分達の経験に基づくゆえに
 確信をもって教え説くことができるように導き給う。そうすれば、この先駆者たちは
 一般の人々の苦難の時にも勇気を失う事なく、なお救われる見込みのある者を励ますに
 ちがいない(ヒルティ)
●君の呼びかけに、だれも答えないならば
 君よ、我が道を一人征(ゆ)け
 皆が恐れを抱いて沈黙するならば
 君よ、開いた心と恐れなき声をもって、ただ真実のみを語れ(タゴール「ひとり歩む」)
●暗い嵐の夜に
 だれも松明(たいまつ)に火をつける者がなく
 扉をたたく君に
 だれ一人として応じる者がいなくとも
 君よ、失望してはならない
 雷(いかずち)が激しくとどろくなかで
 我が心の松明に火をつけ
 一人、暗闇(くらやみ)のなかで火を燃やせ(タゴール「ひとり歩む」)

皆さんが【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を満足させる【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて、<新たな道>を切り拓く<先駆者・ 切り込み隊>として、時には涙する<愛の種まき>として、世界を舞台に【愛と自由の戦士:義勇兵・神の僕・忠義の愛子・光の子】に志願して活躍されること を心より応援しています!

●偉人の生涯は我々に教える
 我々もまた高貴な生き得ることを
 
 そして彼亡きあとには
 時の砂上に足跡を残すことを
 
 別の弱い、よるべなき兄弟は
 人生の荒海を渡りつつ
 おそらくそれを目に留めて
 新たに勇気を奮い起こすであろう足跡を(ヒルティ)
●涙とともに蒔く者は歓喜とともに刈取らん。
 その人は種をたづさえ涙を流して出で行けど
 束をたづさえ喜びて帰り来たらん(詩篇126‐5~6)
●「一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる」種を蒔く人も刈る人も共に喜ぶ
 (ヨハネ伝4‐36~37)
●キリスト・イエスの立派な善い兵卒として私と苦しみを共にして欲しい。兵卒に服している者は日常生活の事や生計を立てるための仕事に煩わされてはいけない。ただ、兵をを召集した司令官を喜ばせようとする(テモテ後書2-3~4)
●あなたの神、主は、あなたの内にいまし、救いの勇士であって勝利を与えられる。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によってあなたを新たにし安らぎを与える。祭りの日のように主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる(ゼパニヤ書3-17)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
■PJニュースのコメント欄閉鎖対応について考える。【PJニュース 2010年7月28日】
★★PJニュースhttp://www.pjnews.net/ の「オピニオン<検索番号698>」掲載記事に加筆★★

PJニュースが最近決断した「コメント欄」閉鎖の対応には疑問であり、誠に残念 です。起業精神であったはずの「市民ジャーナリズム&市民メディア」を実現するビジョンや社会的使命感やジャーナリズムの気骨が失われているよ うに感じます。

確かに、コメント欄があることで、私のオピニオン記事にも、一度だけ誹謗中傷に思える激しい批判コメントが数十件殺到することがありました。しかし、私個 人としては、せっかく世に発信しているのですから、全くの無反応よりも、罵倒・中傷でも批判コメントでも反応がある方が満足です。


PJニュースだけでなく、自分の言動を<最愛の我が子・我が分身>のように大切にしている言論者であるならば、どんなコメントがあろうとも自分の言論の真意を理解してもらうために、無理解や誤解・偏見と戦う覚悟があるはずです。


言論の自由のために戦う市民メディアの「PJニュース」に共感し賛同して参加しているのであって、PJ記者の多くは「コメント欄の完全閉鎖」には反対意見だと私は期待しています。


PJニュースサイト管理者から見て、批判的で誹謗・中傷・罵倒ばかりだから最初から発言の場所を閉鎖して「臭いものにフタをする」ような発想こそが、日本社会で前向きな激しい議論が根付かず、強い批判攻撃に屈してしまう言論文化を産み出しているのだと思います。


誹謗・中傷・罵倒の批判攻撃コメントによって、一日中立ち直れないような精神的ショックや憤りを感じる事もありますが、たとえ誤解・偏見だらけのコメントでも真意を読み取れば、傾聴すべき反論・異論・提言が示されています。


市民ジャーナリスト(PJ記者)の肩書きがあるから、熱烈な批判攻撃コメントもあるのであって、私のような稚拙で未熟な言論者にとっては、批判コメントのおかげで鍛えられ、磨かれるのであり、社会に通用する言論者を目指すために貴重な登竜門としてコメント欄は不可欠です。


もし、激しい批判コメントを恐れて記事を投稿したくない記者がいるというなら、「私はコメントを拒否します」と明記して彼等の記事だけコメント閉鎖して、コメント欄の閉鎖・開設については、記者本人の自由意志に任せることを切望します。


日本社会で激しい議論が飛び交う「言論空間」が成熟されるには、先ずは「PJニュースサイト」の小さなコミュニティで、誹謗・中傷・批判コメントに誠実に 正々堂々と受けて立ち、彼等に言論の自由の大切さを啓蒙啓発できるほど、言論の自由を愛し真剣勝負できる言論者を結集させることだと考えます。


●私の心の奥底には、私に敵対する者をはね返す闘志がみなぎっている(バイロン)

PJニュースサイト管理者がコメント欄を再開する勇気ある決断を心より応援しています!

●人から批判されることを恐れてはならない。それは成長の肥やしとなる(エジソン)

●批評せらるる者となれよ、批評する者となるなかれ(内村鑑三)
●我々は敵の鋭い監視の下に生活するときにのみ、克己、厳しい正義愛、自分自身に対する不断の注意といった大切な諸徳を知り、 かつ行うことを学ぶのである(ヒルティ)
●敵を作らざる者は、決して友を作らず(テニソン)
●進退きわまって四方八方敵だらけとなり、もう一刻ももちこたえられないという気持ちになっても、決してそこで手放してはいけません。情勢が一変するのは、まさにそれからなのですから(ストー夫人)
●世界中の誰もが自分を称揚しても、私は独り静かに満足して座っている。
 世界中の誰もが私を見捨てても、私は独り静かに座っている(ホイットマン)
●最も恐るべき敵は、過酷な境遇などではない。私たち自身の揺れ動く心です(ヘレン・ケラー)
●汝の最大の敵は、汝以外にはない(ロングフェロー)
●私たちにとって敵とは、「ためらい」です。
 自分でこんな人間だと思ってしまえば、それだけの人間しかなれないのです(ヘレン・ケラー)

●主は人の行ないを喜ぶ時、その人の敵をもその人と和らがせる
 正義によって得たるわずかのものは不義によって得た多くの収穫にまさる (箴言16-7~8)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい!
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
【2010年7月25日に作成した<第528回>に加筆】
◇◇【闇:敵対勢力】を使って【光:福音の勢力】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

●光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐5)
●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
 あなたには、闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
 あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)

■NHK「恐竜絶滅 ほ乳類の戦い」に示される【キリスト精神】について考える

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは。ご愛読に感謝します!

日本の国会で予算審議される唯一の公共放送であるNHKは「進化論」が大好きです。
以前は、私たち人類の先祖は「アメーバ」として「あなたの先祖」と連呼する番組を
放映したことがありますが、今回は「あなたの先祖」は「ねずみ」と連呼しています。

前後編の前編しか観られず、中途半端の理解なので誤解・偏見を覚悟の上で発言します。

今回の番組を観ると数千万年間、無慈悲な殺戮が繰り返される過酷な生存競争の毎日の
ように感じてしまいます。そこは【神の愛の力=隣人愛】【神の愛の方程式・摂理】は
皆無のようです。

しかし現在の自然界を観て、そのような無慈悲で残虐な殺戮行為は珍しいと思います。
肉食獣の代表格の百獣の王ライオンは、一週間に2~3日しか獲物を食べられないので、
おなかをすかさないように、昼寝やゴロゴロしているという話を聞いた事があります。
獲物に選ばれるのも、基本的に弱った者や子供を選び、子供を産む母親を狙う事は、
無いそうです。

この天然世界は、<強い者:能力を持てる者>は、好き放題に自分勝手に何をしても
許されるという権利も自由も与えられていないのが【神の愛の方程式・摂理】だと
私は実感しています。

つまりこの世は一見すれば、弱肉強食の過酷で悲惨な生存競争社会のように思えても、
たとえ私のように不潔で<不義・不忠・不実>の<真っ暗闇>の存在であっても、
その背後に光輝く【神の愛の力=隣人愛】に満ち溢れた【神の愛の方程式・摂理】を
発見できます!ハレルヤ!主の恵みに感謝します!栄光を主に帰します!アーメン!

●悪い事の中にもなにほどかの善の魂がまじっている。
 人が注意ぶかくそれをさがし出すならば(シェークスピア)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、むしろ悪から善を生じさせるように
 する方が善いと考えられたのである(アウグスティヌス)
●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
●事物の光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
 暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり。
 信者は  常に健康を祝し、成功を讃え、 聖徳をよろこぶ
 不信者は 常に疾病を語り、失敗をなげき、悪徳・罪悪を憤る(内村鑑三)
●神の恵みと助けとが示されているのは、特に困難な時期に、いつも我々の暗い運命の
 どこかある一点が明るくされることによってである(ヒルティ)

従って、一見すると【神の愛=主イエス】を認めぬ「進化論」も敵対勢力ではありません。
何故なら進化論者の理論を過去の<人類誕生>ではなく、私たち個人個人の<未来>に
向けて活用するならば、キリスト教や諸宗教より力強い【信仰精神】といえるでしょう。

例えば、強大な恐竜に支配され、どんなに過酷で不条理な境遇にあっても、降伏せずに
自己の生涯では実現不可能な【ビジョン:理想・夢念・大志】でも、常に未来に向けて、
望みを抱き続けて、アメーバでも小さなネズミでも人類にまで進化できるのですから、
私たちの思い願うような【ビジョン:理想・夢念・大志】ならば何でも実現可能です!

どこの宗教でも紹介される「不治の病が治った!」「危機的困難を克服できた!」など
の奇跡的ストーリや多種多様な「おとぎ話」でも、私たちは素直には認められません。
しかし「処女受胎」よりも荒唐無稽で遠大崇高な【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に
満ちた「進化論」の歴史物語は、馬鹿にされるどころか、正統の<歴史的事実>として
正々堂々と真面目に公共放送が放映できるのですから驚きです。

私たちは「進化論」の生命誕生や歴史物語に賛同できなくても、「進化論」が主張する
現実生活がどんなに過酷で世間的に<無一物>な弱小の存在であっても、現実不可能な
【ビジョン:理想・夢念・大志】を信じ望み大切に愛し守り育てるならば、未来に必ず
実現する!という【信仰精神】は<歓喜!感動!感謝!>で受け入れる事が出来ます。

●いささかも疑わず、信仰をもって願いなさい。
 疑う者は、風に吹かれて揺れ動く海の波に似ています。
 そういう人は、主から何かいただけると思ってはなりません。
 心が定まらず、生き方全体に安定を欠く人です(ヤコブ書1-6~8)
●その日には、あなた方はもはや、私に何も尋ねない。はっきり言っておく。
 あなた方が私の名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。
 今までは、あなた方は私の名によっては何も願わなかった。
 願いなさい。そうすれば与えられ、あなた方は喜びで満たされる
(ヨハネ伝16-23~24)

進化論者の理論は、ユダヤ民族が信じ望み愛し続けた結果、<救世主:神の子>として
預言通りに「処女受胎」して【神の愛=主イエス】として降誕した事を証明できます。
つまり「処女受胎」を疑っている神学者や聖職者よりも、「進化論」原理主義者の方が
遥かに【キリスト精神】の【同労者・同志】といえるでしょう。

●真心からの感謝を神にささげよ。あなたの誓いをいと高き方に果たせ。
 苦難の日には私を呼び求めよ。私はあなたを助け出そう。
 あなたは私をあがめ、私の栄光を輝かすであろう(詩篇50-15)
 <ロビンソン・クルーソー救霊の聖句>
●創造者、主、すべてを形づくり、確立される方。その御名は主。主はこう言われる。
「私を呼び求めよ。そうすれば、私はあなたに答え、あなたの知らない隠された理解を
 超えた大いなる事をあなたに告げ知らせよう(エレミヤ記33-2~3)
●苦しみ悩みのうちから、私の主を呼び求めた
 主は私に応えて、私を広いところに置かれた(Set me free)
 主は私の味方、私は恐れない
 人は私に何ができようか(詩篇118-5~6)
●主を呼び求める人すべてに近くいまし、まことをもって呼ぶ人すべてに近くいまし
 主を畏れる人々の望みをかなえ、叫びを聞いて救ってくださいます
 (詩篇145-18~19)

現代日本社会はあらゆる分野で戦後体制が崩壊して、乱世大変革期に突入しています。
毎日のように子殺し親殺しの事件や不義・不正・不祥事の報道が流れ、不景気・格差や
不平・不満が満ち溢れて、国家も社会も家族も分裂・対立状態のように感じます。

日本人の多くが精神的飢餓状態で「乾いた心」にあるので、今こそ「いのちの泉」である
【神の愛=主イエス】【聖書】について伝道できる絶好のチャンスといえるのですが、
日本では無牧師教会が激増して教会信者も高齢化して多くの教会が維持困難にあるので、
教会の外に向けての【福音伝道】の強化は恐らく望めないでしょう。

そこで【神の愛=主イエス】は日本の最も権威のあるNHKのゴールデン・タイムに
熱烈な「進化論者」を使って、【神の愛=主イエス】【神の愛の力=隣人愛】に通じる
どんなに過酷で不条理と思える境遇にあっても【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の
【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】が最も大切だと示してくれました!

●【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである。
 (テサロニケ前書5‐16~18)
●望みて喜び、患難に耐え、常に祈れ(ロマ書12-12)
●熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え
 望みを抱いて喜び、患難に耐え忍び、常に祈りなさい(ロマ書12-11~12)
●絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、目を覚まして、うむことなく
 根気よく全ての聖徒のために祈り続けなさい(エペソ書6-18)
●何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに感謝をもって祈りと願いとを捧げ
 あなた方の願い求めるところを神に打ち明けなさい(ピリピ書4-6)
●目を覚まして、感謝を込めて、ひたすら祈り続けなさい(コロサイ書4-2)

世間的弱小の【福音の勢力】からは敵対勢力の「進化論」<多数派・恐竜>に思えても
熱烈な教会宣教のような、力強い確信と【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に満ち溢れた
<求めよ!尋ねよ!叩け!>の【キリスト精神】を体感することができます!

●求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門をたたけ、さらば開かれん
 (マタイ伝7-7、ルカ伝11-9)
●誰でも求める者は得て、捜す者は見出し、門をたたく者には開かれる
 (マタイ伝7-8、ルカ伝11-10)
●求めよさらば与えられん、そしてあなた方の喜びが満ち溢れるであろう
 (ヨハネ伝16-24)
●祈りの時、信じて求めるものは、みな与えられるであろう(マタイ伝21‐22)
●何でも祈り求めることは既にかなえられたと信じなさい。
 そうすれば、そのとおりになるであろう(マルコ伝11‐24)
●聖書は祈りの歴史であり、祈りが答えられた記録(賀川豊彦)
●真の祈りはただの祈りではない。一種の預言である。
 即ち必ず成就すべき事を前もって語に表することである(内村鑑三)
●わが祈祷が聴かれないと言う時に、祈祷以上が聴かるるのである。
 祈祷が聴かれないのではない。我等が祈求むるところ、思惟うところよりもいたく
 過(まさ)りて聴かるるのである(内村鑑三)

今日現在が<患難辛苦>で最悪な境遇にあろうと、進化論のアメーバやネズミのように、
現実不可能に思える【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて
【救国:日本民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】に志願することによって、
【神の愛=主イエス】と共に勇進される活躍を心より応援しています!

●夕べに、朝に、真昼に、私が嘆き、うめけば、 主は私の声を聞かれる
 たとい私を攻める者が多くとも、主は私が戦う戦いから、
 私を平和のうちに救い出してくださる
 私と争い挑む者が多いから(詩篇55-17~18)
●いつも太陽を見ていれば 影は目に入らない(ヘレン・ケラー)
●全てが失われようとも、まだ未来が残ってる(クリスチャン・ボヴィー)
●夢は続いている限り現実である。そして、我々は夢の中で生きているのではないか
(テニソン)
●私は私の意見を述べる。それがよい意見だからではなく、私自身の意見だからだ
 (モンテーニュ)
●<軟弱信者に告ぐ>(内村鑑三)
 キリスト教を究めよ、キリスト教について聞かんと欲するなかれ。
 聖書を学べよ、宗教文学を楽しまんと欲するなかれ。
 神を信ぜよ、教会と教師とに頼らんと欲するなかれ。
 己の弱き訴うるを止めて自ら強からんことを求めよ、
 いつまでも信仰の乳をもって養われんと欲する信仰の赤子たるなかれ。
 堅きに耐え、神の信頼を値(ネウチ)する福音の戦士たれ。

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい!
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)



【2010年7月19日に作成した<第527回>に加筆】
◇◇乱世の時代にはウサギに導く【神の愛=主イエス】!◇◇
■激動の時代だからこそ、ウサギとカメの教訓について再考する【PJニュース 2010年7月19日】
★★PJニュースhttp://www.pjnews.net/ の「オピニオン<検索番号698>」掲載記事に加筆★★

ウサギとカメの教訓では、カメの生き方が正しくて、ウサギの生き方は否定されてきました。
しかし、戦後体制が崩壊する乱世大変革期に突入して、内外共に国難の危機に直面している
現代日本において、実直で損得利害を考え用心深いカメばかりでは、新価値を打ち立て、
新時代を切り拓き、「救国:日本民族精神復興&国家再建」に決起する者はいないでしょう。

これまでの常識を打ち破り、世間的批判や逆風も何のその、孤立無援の逆境も恐れず
歓び勇んで突き進み、ただひたすら崇高な「ビジョン:理想・夢念・大志」を目指して
走り続ける者はカメではなくて、「不屈の楽観・楽天主義」であるウサギだと理解します。

いつの時代も日本人に人気のある信長も竜馬も西郷さんも、カメではなくウサギのの
生き方を選び新価値を打ち立て新時代を切り拓くために突き進み活躍してくれたからこそ
現代があるのであり、常に大変革の時代には、常識的なカメではなく、非常識なウサギ
こそが不可欠だと思います。

ウサギの使命は、崩壊する現代社会は優秀なカメたちに任せて、混迷波乱の中に未だ見えぬ
新時代を見定める先駆者として前進あるのみ、ドン・キホーテの如く愚か者と嘲られようとも、
たとえ我れ独りとなろうとも、「救国:日本民族精神復興&国家再建」に決起して「ビジョン:
理想・夢念・大志」を<旗印>に高く掲げて、ただひたすらに<我が道>を突き進み、勝敗も成否も
全ての事はカメに託して、力尽きるまで、行けるところまで、走り続けることです。

●いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、
 いやしくも弱気を発してはいけない。
 たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ(坂本竜馬)
●大事を断ぜんと欲せば、先づ成敗を忘れよ(吉田松陰)

皆さんが激動日本において、実直で常識的なカメではなく、「救国:日本民族精神復興&国家再建」に
決起して、「ビジョン:理想・夢念・大志」を<旗印>に掲げる<不屈の楽観・楽天主義>のウサギとして
活躍される事を心より応援しています!

●大きな目標があるのに、小さなことにこだわるのは愚かです(ヘレン・ケラー)
●大胆、また大胆、そして常に大胆(ダントン)
●楽天主義者は、信じ、試み、そして目標を成し遂げる(ヘレン・ケラー)
●悲観主義は気分のものであり、楽観主義は意志のものである(アラン)

<追補>

ご存知のように【聖書】には「マルタとマリア」という有名な記事がありますが、
ウサギはマリアでカメはマルタだと実感できます。

姉妹のマルタとマリアと【主イエス】との交流は多くの個所で紹介されています。
ある日、マルタの招きでこの姉妹の家に立ち寄った時のことです。マルタはおもてなしを
すべく、食事や食卓の準備で忙しく立ちまわります。一方マリアは【主イエス】のそばに
座り静かに【主イエス】の話に聞き入っています。

【主イエス】をもてなすためにと準備に忙しくしていた姉マルタは、妹マリアの手伝わない
態度を目撃すると【主イエス】に向かって苦情を訴えます。

「主よ、私の妹は私だけにもてなしをさせているのを何とも思いませんか?」
 手伝ってくれるように言ってください(ルカ伝10‐40)」
 
【主イエス】は静かに答えられます。

●マルタよマルタ、あなたは多くの事に思い悩み心を乱している(ルカ伝10‐41)
●しかし、無くてはならぬものは多くはない、いや一つだけである。
 マリアはその善い方を選んだのだ。そして、それは彼女から取り去ってはならない
 (ルカ伝10~42)

私たちが【ビジョン:理想・夢念・大志】を受け入れる時の必要不可欠な態度とは、
わき目も振らずに真っ直ぐ【ビジョン:理想・夢念・大志】だけを見つめる事では
ないでしょうか。

【ビジョン:理想・夢念・大志】を目指すには、先ずは世間的条件や体裁を整え用意周到に
準備してからと考える態度が「マルタ<カメ>の態度」だと思います。完全主義であり、
結果重視の実践派の態度であるともいえるでしょう。

●先ず最初に一切を理解して、その後にそれに従って初めて実行しようという人は、
 結局、始めないことになる(ヒルティ)

一方「マリア<ウサギ>の態度」は<現在ありのまま>で世間体や事前準備など無用です。
先ずは【主イエス】の前にひざまずく態度とは【ビジョン:理想・夢念・大志】にだけに
忠誠をつくす態度であり、最優先する意志と決断を固めることであり、迷うことなく強い
信念で道を譲らない覚悟であると思います。

●たえず偉大な思想に生き、ささいなことを顧みないように努めなさい(ヒルティ)

皆さんが「ウサギとカメの教訓」にも【神の愛の方程式・摂理】を再発見することで、
乱世大転換期の激動日本で「ウサギ<マリア>」の如く【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて勇進されることを心より応援しています!

●わたしの考えは、いつも前進するということです。もし神が人間の後退をお望みならば、
 人間の頭のうしろに目を一つだけおつけになっていたでしょう(ユーゴ)

●目をまっすぐ前に注げ。あなたに対しているものに、まなざしを正しく向けよ。
 どう足を進めるかを計り、道筋に心を配るなら、あなたの道は常に確かなものとなろう。
 右にも左にも迷い出てはならない。あなたの足を悪から遠ざけよ(箴言4-25~27)
●進め。どこまでも進め。前途を疑惧せずして進め。倒るるも退(ヒ)くなかれ。
 明日は今日よりも完全なれ。
 明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、快活にして、謙遜にして、独立なれ。
 進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
 安全は退きて求むべきものにあらずして、進みて達すべきものなり。
 歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
 臆病者に平和あるなし。進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●<進まんのみ>(内村鑑三)
 進まんのみ、進まんのみ。
 褒めらるるも褒められざるがごとくに進まんのみ。
 謗(そし)らるるも謗られざるがごとくに進まんのみ。
 ただ一筋に神を目的(めあて)に進まんのみ。
 人は無き者と思うて進まんのみ。

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい!
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)



◆イエスの服に触れる女
 (マルコ伝5-21~43ルカ伝8-40~56、、マタイ伝9-18~26)
さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。
多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立た ず、ますます悪くなるだけであった。
イエスのことを聞いて、群集の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。
「この方の服にでも触れれば癒していただける」と思ったからである。
すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。
イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、
「わ たしの服に触れたのは誰か」と言われた。
そこで、弟子たちは言った。
「群集があなたに押し迫っているのをお分かりでしょう。
それなのに『だれがわたしに 触れたのか』とおっしゃるのですか」
しかし、イエスは、触れたものを見つけようと、辺りを見回しておられた。
女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、
すべてをありのまま話した。
イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。
もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」

上記の有名なエピソードには、肉体的・精神的・経済的・社会的に行き詰まり、死にかけるほどの絶望的状況に直面した時に、何が必要であるかを教え示している事が実感できます。

●私は耐え忍び、切なる思いで、主のみを待ち望んでいた。
 主は私の方に身を傾けて、私の叫びを聞かれた。
 滅びの穴、泥沼から私を引き上げ、私の足を岩の上に立たせ
 私の歩みをしっかりと確かにされた。
 主は私の口に、新しい歌を、我らの神への賛美を、授けられた。
 人はこぞって主を仰ぎ見、主を畏れ敬い、主に依り頼む。
 いかに幸いなことか、主に信頼し、
 高ぶる者や、欺きの教えや、偽りに陥る者たちの方に向かなかった、その人は。
 我が神、主よ
 あなたがなさった不思議な業と我らを思う御計りは数知れず多く
 あなたに並ぶ者はありえない。
 私が告げても、また語っても、それは多くて述べ尽くせない。
 あなたはいけにえも、穀物の供え物も望まず、
 焼き尽くす供え物も 罪の代償の供え物も求めず、ただ、私の耳を開かれた。
 (詩篇40-1~6)

たとえ私たちが、【神の愛=主イエス】でなくて世間に頼り切って、自業自得の結果として<無一物>になったとしても、最後の最後に【神の愛=主イエス】に助けを求めすがる【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】さえあれば、<神助:祝福・恩恵>と【神の愛の奇蹟】によって、人生大転換できることは<歓喜!感動!感謝!>です!

●神に従う人は七たび倒れても、また起き上がる。(箴言24-16)
● 主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される
(詩篇34-19)

【神の愛=主イエス】【聖書】に対する智識が無くても、日頃の戒律遵守や世間的善行が認められずとも、教会に通わなくとも、献金しようとしなくても、私たちが人生で直面する大小様々な<患難辛苦>の問題解決のためには、どんなに世間的に恥知らずの泥だらけで<不義・不忠・不実>の不潔な我が身のままで、「お父ちゃん!」と泣きつく子供のように、、【神の愛=主イエス】にまっずぐに助けを求める【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】を【神の愛=主イエス】は最も大切であることを私たちに教え示していると体感できます!

●主よ、私の言葉に耳を傾け、うめき、嘆きを聞き分けてください。
 私の王、私の神よ、助けを求める叫びの声に心に留めてください。
 あなたに向かって祈ります。
 主よ、朝ごとに、私の声を聞いてください。
 朝ごとに、私は御前に訴え出て、あなたを仰ぎ望みます。(詩篇5-2~4)

皆さんが心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を掲げることで、現実生活で直面する大小様々な<患難辛苦>によって肉体的・精神的・経済的・社会的に行き詰まった時には、<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】がいてくれるので心配御無用です!

●神が私たちに求め給うのは、わたしたちと共にいますこと、神に心を寄せる者を見出し、その心を神みずからの霊によってさらに育て、かつ生き生きとさせること、これ以外の何ものでもない(ヒルティ)
●私はあなた方に悟りを与え、行くべき道を教えよう。私はあなた方に目を留めて助言を与えよう(詩篇32-8)

皆さんが最後の最後には【神の愛=主イエス】に助けを求めよう!という【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】を大切に守り育てて、【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて活躍される事を心より応援しています!

●汝の道を主にゆだねよ、
 主に信頼せよ、
 主はそれをなしとげ
 光のごとく汝の義をあきらかにし、
 真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6)
●主は私の魂を生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれる
 (詩篇23‐3)
●信者の生涯は、
 始めは悪く終りは善くある。
 終りにちかづくほど、ますます善くある。
 生命(いのち)の夕暮になればなるほど、
 彼はなにものか、彼の心の奥深き所に結実しつつあるを感ずる。
 人あり、彼に、その生涯の中に最も愉快なりし時はいつか?と聞くならば、
 彼は常に今なりと答うるのである。
 そうして彼の最後(ラースト)が最善(ベスト)である(内村鑑三)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい!
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

◇◇ サッカー競技に観る【キリスト精神】◇◇【2002年6月3日に作成した<第251回>に加筆】2002年日韓ワールドカップ・サッカー大会に思うこと
●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ栄光は得られない(テモテ後書2-5)

世界情勢も日本社会も混沌腐敗の【闇】の中にあっても、【神の愛】である【光:自由・平等・寛容・博愛】を見出すのが【光の子】であると思います。

●神は光であって、神には少しの暗いところもない(ヨハネ第1書1‐5)
●私(主イエス)は世の光である。私に従って来る者は、闇の内を歩くことがなく、命の光をもつであろう(ヨハネ伝8‐12)
●光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい(ヨハネ伝12‐36)
●光の子として歩みなさい(エペソ書5‐8、イザヤ書2‐5)
●光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせる(エペソ書5‐9)

現在日本ではワールドカップ・サッカー大会がテレビ・新聞の話題の中心です。世界中で最も愛されているスポーツとされるサッカーにも【神の愛:光】を見出 してみましょう。
サッカー競技は見方によっては、【隣人愛】を実践する競技であると思います。ルールはとてもシンプルですが、心を一つに思いを一つにしたチーム・ワークが 必要不可欠です。

●喜ぶの者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい(ロマ書12‐15)
●キリストの名によって、あなた方勧める。みな語ることを一つにし、お互いの間に
分争がないようにし、同じ心、同じ思いになって、堅く結び合って欲しい (コリント第1書1-10)
●同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって私の喜びを満たして欲しい(ピリピ書2-2)

サッカーを実際にやってみた方ならご存知とは思いますが、手を使わず足だけでドリブルして敵をかわして、キックで味方にパスをすることは簡単ではありませ ん。実際に90分間の試合で、ゴールキーパー含めて1チーム11名の中で、たとえどんなスーパー・スターでも自分独りでボールを扱える時間は合計してもわ ずか数分でしかありません。

そして、わずか数秒の瞬時で、あの広いグランドのどこに誰がいるかを把握しながら、どこをドリブルで走りぬけて、誰にパスをするかを決定し実行するには、 味方選手と連携が不可欠であり、対戦相手の動きを読む想像力を必要とします。

そのためには【信じる心】が根底にあると思います。多くの選手が《十字》を切って祈りを込めて試合に出場し、得点すれば《十字》を切って神に感謝するのは 何故かと言えば、彼等にとって【信じる心】こそが重要な力であるからだと思います。

スーパー・スターほど【祈りと感謝】の態度を示し、謙虚な信頼の心があるので、どんな時でも自己の【タレント:個性・才能・可能性】を信じて最善発揮させ て感動的なスーパー・プレイができるのだと思います。

●神様は(お前)をあざむくことはない。あまり自信の強すぎる者が失敗するのだ。神は素直な人々の道連れとなり、身をへりくだる者に、自身をお現わしにな る(トマス・ア・ケンピス)
●私は自分を強くして下さった私たちの主キリスト・イエスに感謝する。主は私を忠実な者と見て、この務めに任じてくださったのである(テモテ第1書 1-12)

実力のあるチームは選手の動きを観ているとよくわかります。彼等は一丸となって相手のゴールに向かって一斉に前に向かって走ります。後ろからパスをもらう 時も後ろを振り返らずにパスがきっと来る事を信じて走り出すのです。

自分が《おとり(犠牲)》になることもあれば、無駄骨となる動きとなるのも覚悟の上で各自が味方を信じて得点する共通の目的に向かって自分ができるサポー トとは何かを考えて出し惜しみせず後悔しないために常に最善を尽くそうとするチームが栄冠を勝ちとると言えます。

●おのおの自分のことばかりでなく、他人のことを考えなさい(ピりピ書2‐4)
●今の時を活かして用い、外に人に対して賢く行動しなさい(コロサイ書4‐5)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである。 神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)

そして、サッカーにおける勝利とは、必ずしも試合結果の得点数が多い事だけではありません。それはどのスポーツに共通する事でもありますが、フェア・プ レーで、いかに最善を尽くすべくチーム一丸となってチャレンジしたかという紳士的行為で勝利を勝ち取る道もあるのです。

《記録》でなく《記憶》として心に残るような感動させてくれる本当に魅力あるチームとは敵を打ち負かすことでなく、味方がチーム一丸となって同じ目的 (ゴール)に向かい失敗を恐れず、最後まであきらめず何度でもチャレンジする信頼関係にこそあると思います。

●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。戦いに負けて負けるのではない。真理に反して負けるのである(内村鑑三)

70年代の西ドイツの名プレイヤーのベッケンバウアーは「皇帝」と称されましたが彼は技術と得点能力があるからでなく、常にフェア・プレーを重視して、相 手からどんな厳しいタックルを受けようとも倒れること無く、恐れることなく前に向かう勇気と気品に満ちていました。だから今でも「皇帝」と称され愛されて います。

●人を信じさせるものは経験である。自分も経験してみたいと言う願望と気分とを起こさせるものは、その経験をした人たちの証明である(ヒルティ)

各国のサッカーには極端に言えば民族性や社会構成の縮図が観ることができます。防御主体であるか、攻撃主体であるか、個人技に頼るか、組織力で突破するか は社会的正義や精神的価値観を反映しているともいえるからです。

たかがスポーツとみなすこともできますが、【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を揺さぶる力を
見せてくれる競技でもあると思います。

それは、信じ望み愛する心でチーム全体が一つになる【チーム・スピリット&チーム・ワーク】に
感動する時といえます。

ワールド・カップでは優勝候補が優勝せず、予想に反したチームが活躍する事が常です。例えば前回98年大会では、まだ建国したばかりの初出場のクロアチア が予想に反して活躍して見事に3位になりました。

長い民族紛争の時代を乗り越えて、新たな国家再建を目指す為の愛国心と使命感が彼等が自己を信じチームを信じる【ダイナミック・パワー】となったからとい えるかもしれません。

今年はアフリカ勢の活躍が期待されています。初出場のセネガルはご存知のように前大会の王者で今大会でも優勝候補のフランスと戦って見事に初戦で勝利しま した。

セネガルを栄冠に導いたのは、彼等は汚いファウルをせずフェア・プレー重視して得点後も時間稼ぎをせずに最後までゴールを目指して最善のチャレンジをし続 けた結果であったと思います。

私たち個人個人が【ビジョン:理想・夢・志】というゴール(目的)を目指す時でも同じことがいえるのではないでしょうか。目的を達成するために手段を選ば ないで損得や利害だけで勝利を目指す道もあるでしょう。

私たちが【ビジョン:理想・夢・志】を目指す時の<フェア・プレー>とは何でしょうか?

それは、【礼拝:★讃美★祈り★感謝】を主体として、自分は<アシスト>であって、ゴールを決めるのは【神の愛=主イエス】であることを忠実に守ることだ と思います。

●神の側に立とうと決心するがよい。次にはあなたの力と個性に合わせてあなたに個人的に下される神の命令に従え(ヒルティ)

そうです!私たちの心に抱く【ビジョン:理想・夢・志】を実現させる<競技>とは、【神の愛=主イエス】との【チーム・スピリット&チーム・ワーク】が必 要不可欠であり、【礼拝:★讃美★祈り★感謝】を通じて緊密な<コミュニケーション>をとりながら【神の愛=主イエス】による【神の愛の奇蹟】を起こさせ ることがファイン・プレーです! ★★ハレルヤ!栄光を【主イエス】に帰します!★★

●強いられてするのでなく、神に従って自ら進んで為し、恥ずべき利得の為でなく本心からそれをしなさい(ペテロ第1書5‐2)
●神の約束は、ことごとく主イエスにおいて「然り」となった。だから、私たちは神をたたえるため、主イエスを通して「アーメン」と唱えて神に栄光を帰する のである(コリント後書1-20)

<人間業>ならば不可能なことも<神業>ならばどんなことでも可能となります!
私たちが抱く【ビジョン:理想・夢・志】は【神の愛=主イエス】にゴールを決めてもらう<神の愛の事業>を目指そうではありませんか!

●人に少しも頼ることなくして、神にのみ頼ってなすことのできる事業のみが神の命じ給うた事業である。かかる事業に従事するを得て我等ははじめて独立の人 となるのである(内村鑑三)
●意(オモイ)を事業に注いで事業は成らず、眼を神に注いで事業はおのずから成る。
 神は事業の神なれば、我らは神を信じて無為の生涯を送らんと欲するも得ず(内村鑑三)
●おまえの不幸に打ち負かされるな。神に頼れ、そうすれば勝つだろう。洪水が襲ってきても、おまえは上にあって、溺れないだろう。苦し過ぎる重荷を負わさ れたならば、主なる神が既にお前の願いを聞き給うたのだ(パウル・ゲルハルト)

人生の【ゴール】を目指して【神の愛=主イエス】と共に、果敢に挑み、前進し続けましょう!

●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、私たちの参加すべき競争を耐え忍ん で走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
●前に進まんのみ、餓死を恐れず、単独を恐れず、失敗を恐れず、破滅を恐れず、前に進まんのみ(内村鑑三:シ出エジプト記14‐15)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与(栄光)を得ようと努めて いる(ピリピ書3-13~14)
●罪を忘れ、疾病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、神と生命と成功と愛とに向かって進まんのみ内村鑑三)
●なおも神の御手に御心に逆らわず、勇気と希望をすこしも捨てぬ。私は静かに耐えまっすぐに前進する(ミルトン)

皆さんが人生の《目的(ゴール)》を目指して、壮大な【ビジョン:理想・夢・志】を抱き【神の愛=主イエス】に信頼する素晴らしい<アシスト(神の僕・神 の器・兵卒>となって、【神の愛=主イエス】に《超ファインプレー:【神の愛の奇蹟】》のゴールを決めてもらうような《フェアプレー》で栄光を勝ち取るこ とを心より応援しています!Good luck & God bless you!

●あなた方はあわてて出なくてもよい。逃げるようにして去らなくてもよい。主があなた方の前に進み
 イスラエルの神があなた方のしんがりとなられるからだ(イザヤ書52‐12)
●正義と誠実(憐れみ)を追い求める者はいのちと正義と誉れ(尊貴)とを得る(箴言21-21)
●キリスト・イエスの善い兵卒として私と苦しみを共にしてほしい。兵卒に服している者は、日常生活の事にわずらわされてはいない。ただ、兵を募った司令官 を喜ばせようと努める(テモテ後書2‐3~4)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、人間のものではないからである(ヒルティ)
●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし善き業に歩むべくキリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
■新価値を打ち立て新時代を切り拓くために原動力となる逆風・逆境の意義について考える。【PJニュース 2010年6月29日】
★★PJニュースhttp://www.pjnews.net/ の「オピニオン<検索番号698>」掲載記事に加筆★★

政権交代も起こり、あらゆる分野で戦後体制 が崩壊しつつある現代日本社会は、内外共に国難の危機に直面した乱世大変革期に突入していると実感できます。

従って、戦後60年間の発展のために貢献してくれた敗戦利得勢力の価値観や成功体験に頼って将来を託す事は危険であり、現在直面する日本民族の危機克服の ために、そして新たな価値観を打ち立て新時代を切り拓くために、私たち在野の者でも「ビジョン:理想・夢念・大志」を<旗印>に掲げて決起す ることが必要だと思います。

ところで、私たちが戦後体制に決別しようとして新たな価値観や「ビジョン:理想・夢念・大志」を打ち立て決起する時には、世間的非常識とみなされ家族や周 囲の反対や世間からの批判攻撃による逆境に追い込まれ逆風に巻き込まれる事を覚悟しなくてはなりません。

しかし、この批判攻撃や孤立無援の逆境にも耐えるからこそ、「ビジョン:理想・夢念・大志」は鍛えられて力強い確信へと育ち、強大な逆風も追い風となって 光り輝く希望と共に高く飛躍できる事を実感できます。

皆さんが日本民族精神の復興のために、新たな価値観を打ち立て新時代を切り拓く「ビジョン:理想・夢念・大志」を<旗印>に高く掲げて、どん な過酷な逆境も強大な逆風も決起奮闘の原動力にして大活躍される事を心より応援しています。

●人から批判されることを恐れてはならない。それは成長の肥やしとなる(エジソン)
●批判される者となれ、批判する者となるなかれ(内村鑑三)
●戦おう!勝利は勇者のものだ!
 冷たく立ちはだかる逆境と無慈悲な運命の壁を突き崩し、飛翔せよ。
 そして、はるかなる栄光をつかみたまえ。
 群がる犬のような愚者の誹謗(ひぼう)など一笑に付し、決して恐れるな。
 翼を広げ、頂上を目指したまえ。
 コンドルだけが到達できる山頂を!
 あなたの心が抱く理想に命を吹き込み、旅立ちたまえ。
 私は祈る。あなたの船が善なる海風に恵まれるように。
 そして、常に順風満帆の航海であれ!―と(エスピノ)
●束縛があるからこそ 私は飛べるのだ
 悲しみがあるからこそ 高く舞い上がれるのだ
 逆境があるからこそ 私は走れるのだ
 涙があるからこそ 私は前に進めるのだ(ガンジーの遺言となった詩)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい!
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Good luck & God bless you!
◇◇ 我々が目指すべきもの ◇◇
【2001年1月14日に作成した<第57回>に加筆】
●我々は結局何を目指すべきか、世の中を知り、これを軽蔑しない事だ(ゲーテ)

最近のテレビ報道は惨殺事件、医療現場の不祥事、乳児誘拐などの様々な出来事で、不信感、不安感、憤りをあおることばかりのようです。これらの根底に共通 していることは【隣人愛の冷却】による無関心が蔓延しているといえるでしょう。

●多くの人がつまずき、互いに裏切り憎みあい、多くの偽預言者が起って、多くの人を惑わし、不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう(マタイ伝 24‐10~12)
●愛の反対は憎悪でなく無関心である(マザー・テレサ)

【隣人愛】である人間愛や人類愛や寛容と赦し、同胞への優しさ、感謝、礼節、人道的援助などは、
人間自身の力だけで充分発揮できると思う事こそが、傲慢であり忘恩であることを【キリスト精神】は
教えてくれます。つまり、【隣人愛】は<愛の本源>である【神の愛=主イエス】を愛することから与えられるパワーであるということです。

●イエスは言われた、
 『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、主なるあなたの神を愛せよ(申命記6‐5)』
 これが一番大切な、第一の戒めである。第二もこれと同様である。
 『自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ』
 これらの二つの戒めに、律法全体と預言者とが、かかっているこの二つの戒めに優る掟はない
 (マタイ伝22‐37~40、マルコ伝12‐29‐31、ルカ伝10‐26~28)
●【愛の順序(内村鑑三)】
 第一に神を愛すべし、第二に世界と人類を愛すべし、
 第三に国と国人を愛すべし、第四に自己と家族を愛すべし
●神への愛だけが、我々を徹底的にエゴイズムから解放することができ、また全ての本当の自己改善の
 始まりである(ヒルティ)
●いわゆる人間愛はすべて神に対する強い愛という根底がなければ単なる幻想である(ヒルティ)

ご存知のように、【聖書】には【主イエス】が教えられた「十人のおとめ(マタイ伝25-1~30)」という有名なたとえ話があります。そこでは、【隣人 愛】(善行)は≪ランプの光≫に、【神への信愛】を≪ランプの油≫にたとえています。

≪ランプの光≫なる【隣人愛】(善行)を熱く強く光輝かすためには、そして、【光】を絶やさないためには≪ランプの油≫である【信仰:神への信愛】と【礼 拝:★讃美★祈り★感謝】こそが必要不可欠であると解りやすく教えています。

現代日本社会が暗く冷酷に感じる人物・組織・社会は、≪ランプの油≫が不足しているだけであり、
もし<油>である【信仰】と【礼拝:★讃美★祈り★感謝】を強化させれば、活き活きと光り輝くので
心配ご無用!ともいえます。

以前の私なら、【信仰:神への愛】と【礼拝:★讃美★祈り★感謝】が不足した現代日本社会に対して
憤りと不満で一杯でした。しかし、様々な信仰体験を通じて、日本社会がキリスト教社会でなく、クリスチャンも教会も少ないので、【信仰】と【礼拝:★讃美 ★祈り★感謝】が不足している事を責めることは気の毒だと思うようになりました。

そして、【信仰】と【礼拝:★讃美★祈り★感謝】を増し加え強化したければ、簡単であることも知りました。そうです!先ずは私自身から【信仰】と【礼 拝:★讃美★祈り★感謝】を日々強化すれば善いのです!どうすれば強化できるか?【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】が自分も社会も明るくします!

●いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである(テサロニ ケ前書5‐16~18)
●あなた方は、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい(コリント前書10-31)
●この世における人間の主な目的は神の栄光をたたえ、永遠にわたって神をよろこぶことである。
 (クロムウエル時代の簡略教理問答書)

<超歓喜!超感動!超感謝!の大讃美!大絶賛!大称賛!>の【礼拝:★讃美★祈り★感謝】を
【神の愛=主イエス】が喜ばれることを学んだ私はこれまでの陰気くさい儀礼的・形式的を止めました!

●<感謝と祈祷>(内村鑑三)
 喜べよ。感謝せよ。しかしてさらに大なる恩恵を仰げよ。
 感謝は有効なる祈祷の要素なり。
 神は感謝なき祈祷にその耳を傾けたまわず。
 ★それ持てる者は与えられてなお余りあり。持たぬ者はその持てるものをも奪わるるなり(マタイ伝13-12)
 感謝は、「持てる」を証明す。
 感謝する者は、恩恵の上にさらに恩恵を加えらるべし。
 われらは聖父の前に貧困を訴えて
 彼の憐愍(れんびん)を乞わんと欲すべからず。
 むしろ富有を述べて、恩恵の加増にあずからんと欲すべし。

さらに気づかされたことがあります。いまだに【救世主】として正式に迎えられない日本社会は<旧約の時代>です。従って、早く来てもらうためにも、新約時 代を開幕させる≪ファンファーレ!≫が必要だと霊的に教えられたのです!【聖書】の「エルサレムの入城」の記述を思い出してください!

●大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた。そして、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。
 「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、我らの父ダビデの来るべき国に、祝福があるようにイスラエルの王に、祝福があるように。いと高きと ころにホサナ。」(マタイ伝11-9~10、マルコ伝21-8~9、ヨハネ伝12-12~13)
 ★「ホサナ」は元来は<救いたまえ>の意味で、後には<神をたたえる言葉>として典礼で使われるようになったそうです。

私たち日本でも【リバイバル(信仰復興)】を起こすには、聖歌隊の進軍ラッパによる歓喜の≪ファンファーレ!≫が必要だと思いませんか?ホサナ!ホサナ! ハレルヤ!

もう今までの「早く来てください!」「救ってください!」のような<悲嘆・直訴の祈り>は卒業しましょう。これからは、「喜んで楽しみにお待ちしていま す!ハレルヤ!」というような<歓迎・祝福の祈り>で迎えましょう!

●私は初めから、以上のことを確信し、思い巡らした後、こう書き残した。
 「主の御業はすべて良く、時が来れば、主は必要なことをすべて満たされる。」
 「これはあれよりも悪い」と言ってはならない。どんなものも時が来ればその良さが証明される。
 さあ、心から、声高らかに賛美の歌をうたえ。主の御名をほめたたえよ(シラ書〔集会の書〕39-32~35)
●何事でも神の御心に適うことを私たちが願うなら、神は聞き入れてくださる。これが神に対する私たちの確信である(ヨハネ第1書5-14)

欧米ではスポーツ界、音楽・芸能界、政財界でも、有名人がTV番組を通して、十字を切って祈る姿を目にします。勝利や成功して感謝する時にも、悲しみ苦難 に直面した時にも、人目を気にせずに、自然に身についています。彼等が【礼拝:★讃美★祈り★感謝】を実践しているのは、単なる形式的・風習・儀礼だけで はないと思います。

心から満足した<勝利者のポーズ>として、悲劇・苦難に心痛める<共感者のポーズ>として、美しく感動的です。彼らの【礼拝:★讃美★祈り★感謝】の実践 は、迫害・弾圧の2000年前から延々と続けられた殉教の上にこそ維持継続された<生き証人>なので、常に活き活きとしていて、素晴らしく美しく感動があ るのだと私は思います。

●ひとを信じさせるものは経験である。自分も経験してみたいという願望と気分とを 起こさせるものは、その経験をした人たちの証言である(ヒルティ) 
●父(神)を世に示さん為には隠るるなかれ。自己を世に示さざらん為に隠れよ (内村鑑三)
●神の力強い活動によって働く力が、私たち信じる者にとっていかに絶大なものであるかを、あなた方が知るに至るようにと、祈っている(エペソ書1-19)

日本では、たとえ正真正銘の「クリスチャン」でも、人前やTV番組を通して、十字を切ったり、神に祈る姿を目にするのは珍しく、葬式や教会内だけのように 感じます。クリスチャンや教会の無力を批判したり嘆くことも、社会のことを軽蔑することも無用です!

私たちの日本社会は、武士道を尊重する、いまだに<旧約の時代>だから、当たり前とも言えるでしょう。<旧約の時代>は【戒律遵守】なので世間体・道徳・ 倫理など自己の外に戒律がある<他人本位>の
社会であり、【戒律・基準・掟】が【キリスト精神】にならない限りは、掟破りとなってしまいます。

世界の歴史を観れば、ギリシャやローマなど、どんなに強大な帝国でも、言語も無いような未開の民族でも最後には【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】 を受入れて、掟だらけの≪旧約の時代≫を卒業しました。まして、素晴らしい歴史を持つ日本ならばこそ、【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】を受入れ ることは時間の問題です。

夜明けほど闇深くて冷え込むみます。さらに【光】が真昼のように近づけば、隠されていた陰(闇)もくっきりと明らかにされます。今こそ<新約の時代>到来 に準備する時ですね。

●正しい者の道は夜明けの光のようだ、いよいよ輝きを増して真昼となる(箴言4‐18)
●起きよ、光を放てよ、汝の光来たり、エホバの栄光汝の上に照出たり。視よ暗きは全地をおおい、
 闇は諸々の民をおおわん。されど汝の上にはエホバ照出たまいて、その栄光汝の上に顕わるべし(イザヤ書60-1~2)
●主をおのれの喜びとせよ。主に自らをゆだねよ、
 主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
 あなたの道を主にまかせよ。信頼せよ、
 主は計らい、主が成し遂げてくださる。
 あなたの義を光のように、
 あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる。
 主の前に静まり沈黙して主に向かい耐え忍びて主を待ち望め。
 おのれの繁栄の道を行く者や悪だくみをする者のことで心を悩まし、いら立つな(詩篇37-4~7)

日本の現状の腐敗やキリスト教会組織の無力を、批判することも、憤ることも、悲しみ嘆くことも簡単です。しかし、私たちは一歩前進して、【神の愛=主イエ ス】を喜んで歓迎するように準備しようではありませんか!

●絶えず偉大な思想に生き、ささいなことを顧みないように努めなさい(ヒルティ)

皆さんが得意分野で【ビジョン:理想・夢・志】を高らかに掲げて、来るべき<新約の時代>への準備として歓喜で歓迎する【礼拝:★讃美★祈り★感謝】を支 えとして、【聖書の御言葉】を世に語り伝えることで、活躍されることを心より応援しています!★Good luck & God bless you!

●偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語れ(エペソ書4-25)
●聞く人に恵みが与えられ徳を高めるように、その人を造り上げるのに役立ち益になる言葉を必要に応じて語りなさい(エペソ書4-29)
●恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。あなたには私が共にいるからだ。誰もあなたを襲って危害を加えるようなことはない。この町には私の民が大勢いる からだ(使徒行伝18-9~10)
●我はただ語る。人が聴いても語る。聴かないでも語る。我は我が歓喜を語らずにはいられない。我はヒバリがさえずるごとく人が聴く聴かざるに関せず語る。 我は黙するにはあまりに嬉しくある。それであるから語るのである(内村鑑三)
●ただ自ら慎み注意して、あなたの魂をよく守りなさい。あなたが目で見たことを忘れず、生涯心から離すことのないようにしなさい。あなたはそれらを子や孫 たちにも語り伝えなさい(申命記4-9)

先回紹介した「<特攻精神>に導く【神の愛=主イエス】!」の掲載元である「ライブドア・ニュース」で珍しく強力な反響コメントが複数投稿されました。興 味ある方は是非ご参照ください。
http://news.livedoor.com/article/detail/4812144/

まさに私たち戦後世代が受けてきた反戦・反軍の戦後教育の成果だと実感できる反応だと思います。

一方で、同時期に興味深い出来事がありました。皆さんもご覧になっているかもしれませんが、
NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の中では、戦争で悲惨な体験をした主人公や女房が
生活苦にも前向きに体当たりする積極的姿勢や覚悟の精神として、何度も「特攻精神」という言葉を使うのです。荒廃した戦後をたくましく生きた人々は、「特 攻精神」を大切に受け止めていた事がよくわかります。

徹底した反戦反軍のNHKでも、<真実の光>を隠す事はできない証明ですね。

●光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐5)
●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
 あなたには、闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
 あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
●光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせるものである(エペソ書5-9)

戦争や不条理な極悪犯罪など、世間的に見てどんなに闇深い出来事や悪名高い人物でも、この世に存在する万事万物には、常に【神の愛=主イエス】の【御心: 聖意・聖旨】が必ず光り輝くいていることを発見したり体感できる「善いものじは善い!」という是々非々の心意気でありたいですね。

●【どこに至るも真理を吸収する力:Universal Absorbing Power(内村鑑三)】
  ★すべて真実なこと、すべて敬い尊ぶべきこと、すべて正しき(公義な)こと
  ⇔【宗教的真理】<真>
  ★すべて純真(清潔)なこと、すべて愛すべきこと、すべて誉れあること
  ⇔【道徳的善行】<善>
  ★すべて愛すべき(人の心を引き付ける)こと、また徳といわれるもの、
  称賛に値する(耳に善き響きある)もの               
  ⇔【審美的美事】<美>
 それらのものを心にとめなさい(聞き捨てにおかず思想の材料とせよ)(ピリピ書4-8)
●事実の子たれよ、理論の奴隷になるなかれ(内村鑑三)
●神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり
 神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
●神の神たるは人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
 悪魔たるは人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり
●人の心を見て慈悲をもて、行いだけを見て責めるな(キングスレー)

皆さんが混迷波乱の闇深き現代日本にあって、【神の愛=主イエス】によって照らされる【神の愛の力=隣人愛】と【神の愛の奇蹟】に導かれて、【ビジョン: 理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げる【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】として勇進されることを心より応援しています!

●情け深い光よ、導きたまえ、あたりを包む 薄闇の中で我らを導きたまえ!(ニューマン)
●これは私たちの神の憐れみ深い御心による。
 また、そのあわれみによって、日の光が 上から私たちに臨み、
 暗黒と死の陰とに住む者を照らし、
 私たちの足を平和の道へ導くであろう
(ルカ伝1-78~79、詩篇107-10、イザヤ書9‐2・59-8)
●起きよ、汝の光を放て、主の光が臨み、主の栄光が汝の上に輝いているからだ
 見よ、闇が地をおおい、 暗闇が諸国の民をおおっている。
 しかし、汝の上には主が輝き、主の栄光の臨在が汝と共にある
 国々は汝の光の内に歩み、王たちは汝の輝 きに照らされて歩む(イザヤ書60-1~3)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい!
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!